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【400字小説】医学

「こんな仕打ちってあるかよ」とノゾミは
認知症と診断された父のことを思って泣いた。
コロナ禍に大腸がんになって摘出したと思ったら、
1年後に肺にがんが転移して、また手術。
痛い痛いと言っていた術後の
父の弱々しさを見なかっただけ良かった。

そして、やっと体調が落ち着いてきた矢先の今回。
「これからはMDの時代だぞ」と
たった5年前に言っていた頃の天然さとは
比べ物にならないくらいの重量感で、
現実はノゾミを押し潰そうとした。

母は不安で怒り狂っている毎日。
そんな母ではなかったのに。
余裕のなさが人を変える。

スーパーに行っても父は足取りも不確かに
ノゾミたちのあとをついて来るだけ。
「酒は買ったのか」と缶ビールを握りしめながら
言う姿には、疲労感を覚えた。

父がそんなんだし、母の機嫌が悪いから、
家を出て行きたかった。
病院はすべてにおいて頼りにならない。
「ここはどこだ?」と待合スペースで父が言う。
涙は出なかった。
もう泣けるだけ泣いたのだ。

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