【400字小説】円
究極の円を描きたいと
丸を書きまくっているタサエは腱鞘炎。
昨夏のことは忘れてしまって
「寒い寒い」と連呼するのは都合が良過ぎる話で、
暑さがやって来る気配は当然のことながらない。
コツコツと足音を刻んでやってきたのは助教授で、
彼はタサエの円への執着心に一目を置いていた。
「何か夢中になれることは素敵だ」が口癖だから、
いくら描いても一円にもならない行為を
永遠に続けるように見えるタサエを尊敬もしていた。
タサエは助教授とは16歳年が離れているから、
恋愛の対象にならない。
そもそも助教授も結婚をしている。
宣言するが、これは恋愛の話ではない。
恋は歪んだ円だ。
だからタサエは恋愛に興味がない。
好きになった人はひとりもいなかった、22歳なのに、一切。
円の魅力に取り憑かれている。
極められた円をタサエに見せることができたら
タサエはその人物に惹かれる?
いや、ただ愚直に自分なりの美しい円を
描くことにこだわる。
腱鞘炎は治らない。
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