【書評】イノベーションのジレンマ 増補改訂版 Harvard business school press
クレイトン・M・クリステンセン
2001/07/03
翔泳社
リベラルアーツシリーズとなります。原著自体は超有名本ですね。ビジネス関わっている人であれば、タイトルくらいは聞いたことあるのではないでしょうか。若い頃の職務範囲では泥臭い営業活動が中心であり、イノベーションなど別世界の単語でした。そもそもいわゆる販売代理店としての側面が強いため、何か製品やサービスを開発するという仕事自体が社内には無いものと考えていました。そのため特段手にしたことはありませんでしたが、恥ずかしながらようやく目を通すことと相成りました。立場が変われば見える世界も考えも変わるもので、他社のサービスを仕入れて販売するとしても、イノベーションとして考えることは多々あるものと実感しております。今回目の当たりにしている新規事業提案なんかはもろです。
著者はHBS卒のMBA、BCG、独立というエリートコンサル王道パターン。その後HBS博士課程に入学し、2年で博士まで取得されている秀才です。偉大な企業が破壊的イノベーションに巻き込まれ、市場を失い、その分野での競争力を無くしてしまうという現象。通常の漸進的な市場の成長からは考えづらいプロセスが、克明に分析されています。ちょっと世代的に最後の方しかわかりませんが、HDDの分野ではかなり頻繁にプレイヤーが入れ替わった時代があったらしく、その他建設機械(バックホウ)やインクジェットプリンター業界などと共にその変遷事例が紹介されています。リアルタイム性をもってわかりやすいのは、iPhoneの躍進でしょうか。経済界のエリートたちが失敗すると酷評したiPhoneが、フィーチャーフォンはおろかカメラや音楽プレイヤーまで侵食します。さらにその経験を踏まえた上でも、再度失敗すると評価したiPadがPCのシェアを奪っていく様は、大学~社会人にかけてリアルタイムで目の当たりにしました。
実際に推論されている一流企業が破壊的イノベーションに追随できない理由は、確かに明らかなものでした。何となく感覚的にこうだろうと思っていたことが、具体的な理論と実際の事例をもって体系的に語られ、腹落ちが良いです。すごく端折って結果だけ一言で言うと、「新しくて既存市場が無く、評価が出来ないから」となるのですが、これはとてもインサイトのある事柄だと思います。一流企業が市場を見落としたというのはまぁわかります。なぜか。これは顧客側もその新しい技術の必要性や、どういうシチュエーションで活かされるのか、顧客体験が向上するのかを理解していなかったためです。
ガラパゴス化が叫ばれて久しい日本製品ですが、営業現場でも上記ジレンマは非常に強く実感することとなります。顧客のニーズは正しい。ニーズに応えることにより製品は良くなり、営業は売りやすく、高値が付く。そのスタンスを崩してはいけませんが、実際には多様で大小様々なニーズがあります。結果引き算をすることが出来ず、あれもあったほうがいい、これも無いよりはあったほうが、それは他社も付いてるからみたいな感じで、ゴテゴテのコンセプトが磨かれていないプロダクトが出来上がる。一方顧客も顧客で、実現したい事や自身の正確なニーズを把握しきる前に製品情報を漁り始め、星取表で機能の多寡とコストを比較する。私自身シンプルにならずに重箱の隅を比べる日本製品が好きになれないのは、こういったきらいがあるからです。今でこそ経営学に「顧客機能の頭打ち」という言葉がありますが、それを知った上でも、現場ではこういう価値の低いしのぎの削り合いがまだまだあるわけですね。
ではそうならないために、企業は、経営者はどう振舞うべきか。破壊的イノベーションは頻繁に生まれるものでは無く、ほとんどの場合において優秀な経営者の判断は正しく、持続的イノベーションを続けることで企業は安定的な成長を手に入れていくものです。ただし破壊的イノベーションの種となる技術、市場、現場の声を見落とさない事。そしていざ破壊的イノベーションに対応する、自社で実装する場合には、既存事業との兼ね合いが、正にジレンマとなり、最大の阻害要因となることを認識するべきです。
どおりで最近の大企業はベンチャーと提携したり出資したり合同会社作ったりするわけですね。破壊的イノベーションを得るには、会社(既存の資源・プロセス・価値基準)の外でやるしかないわけです。今回の新規事業についても、新会社を立ち上げての実装を提案するつもりでいますが、その確たる理由は自分の中でも定まっていませんでした。対外的なブランド面?社内での評価やモチベーションが期待できない?優秀な人材が得られず、ポンコツの寄せ集めになる? 従来の社内事情を見てきたうえで感覚的にこんなことを考えていましたが、この言葉でしっくりきました。今の組織では資源が得られず、プロセスが異なり、価値基準が異なるから失敗する。新しい企業としてスピンオフしてやるべきだ。ですね。
新規事業案のために選んだ本ではありませんでしたが、結果としては得られるものの多い本となりました。また、やはり知識を多面的に吸収することで、自身の表現力が立体的になっていることを実感します。体系化して学び、自分なりに構造化・再構築して知識として落とし込むことで、異なるカテゴリや意図しないところからも洞察が得られる人間力が形成されるのだと思います。ビジネス書としてはもはや古典の部類だと思いますが、名著ですしまだまだ使える知識です。おススメ。
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