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売られたヤクザ その32

 包囲網は一段下がっていた。先刻の、マンションからの銃撃に驚いたのだ。山口に銃があることは想定外だった。防弾チョッキは総員着用しているものの、ヘルメットがない。銃撃戦になれば、犠牲者を出しかねない。
「武装してますよ!」
和田の肩を掴んで佐原が言った。
「南条を殺した銃だ。宇佐美も、奴が追い詰めたんだ」
「南条殺害犯は確保してますよ」
「奴が主犯だ。それでいいんだ!」
和田は激しく息を吐いた。窃盗犯一匹。これほどの大動員をして、空き巣一人が獲物では見合わない。銃声はむしろ好都合だ。武装したマフィアを掃討したと報道されれば、国際的にも県警の評価は上がる。
 自分の評価も上がる。
 枯淡の域に達し、もはやつつがなく定年を迎えるだけと目されていた和田だが、この功を逃すつもりはなかった。けだし、男というものはそういうもの。『死者からのメール』事件の犯人にして、二つの殺人の容疑者、山口明夫を検挙して、次年度の人事で昇格だ。
「津久井は?」
佐原が無線を使って津久井と連絡した。
 津久井刑事は、手勢の田代追跡班を率い、麓を固めた。フェンスを引っ剥がしてマンションに侵入し、警備用の懐中電灯で前を照らしながら、非常階段を上がっていた。
「玄関の様子は?」
無線で佐原の連絡を受け取り、津久井は尋ねた。激しい銃撃の後、階上は静まり返っていた。
『少年が出て来た。こっちは銃撃停止だ。』
「了解。キツツキ戦法だ。裏から突こう」
『頼んだぜ』
その時、天地を裂くような爆音が鳴り響いて、津久井以下五名の捜査官は、階段を六段も転げ落ちた。
『おい、どうした? 何の音だ』
取りこぼした無線から、佐原の叫び声が聞こえる。
 丈二は非常階段の踊り場に立ち、二丁の銃を同時に撃った。安物の銃だが、音は上等だ。コンクリートの壁に反響して、爆発音を立てた。
 窓が割れて、ガラス片が飛び散った。
「撤退しましょう」
「バカ言うな」
津久井は配下の捜査官を叱責した。「敵は二人だ。怖がるな」
「しかし、我々は、盾もヘルメットもありません」
防具がないので戦えない、というわけだ。明かりのある彼らは、狙い撃ちされる。
 そこへ、第二の爆発音。捜査官たちは上官を捨て、ほうほうのていで階段を逃げ下りた。
「ま、待て!」
津久井も彼らを追った。
 丈二は、踊り場の窓から外へ出、藪を潜って麓へ下りた。パトカーのトランクを開けて防具を取り出す警官たちを尻目に、住宅のすき間を駆け、空き家のガレージに止めておいたバイクにまたがった。
 ヘルメットを被り、天を仰ぐ。
 廃屋の上に、月が昇っていた。
(つづく)

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