空き巣と強盗 その19
火葬場には、猫の家族がいた。後ろ足で頭を搔く母猫の周りに、三匹の子猫がまとわりつき、少し離れたところで、父猫が所在無げに目を細めていた。バンパーを破損した霊柩車が、車体を揺らしながら駐車場に入った。
何処だ?
明信と明孝は、左右のドアを開けて下りた。この道に先はない。火葬場のロータリーを回ってまた戻るのが唯一のルートだ。途中、下って来る車両はなかった。彼らは、この敷地に潜んでいるはずだ。明孝は、緑に囲まれた構内を見回し、「ノリちゃんも、ついでに焼いてもらうか?」と言った。
バスが到着した。警察も現れた。山口兄弟も親族たちも足止めされ、尋問されることになった。
ただ、火葬の時刻が迫っていた。山口弘美には何の容疑もないから、予定通り焼く。親族らは控えの間で、焼き上がりと尋問を待つ間、精進落としをすることになった。明信が臨席し、明孝は構内を回って神山らを探した。
明徳の死はまだ知らされなかった。運転手が撃たれたところは何人かが見ていたが、顔が見えなかった。入院中のはずの彼が霊柩車を運転しているなど、想像の範囲外だ。
「本来なら、主人がご挨拶するべきですが、」
明徳の妻が、喪主に代わって挨拶した。
「気の利かないことに、昨晩腰を痛めまして、救急車で運ばれてしまったんですね。親の死に目に会えなかったばかりか、葬儀にも参列できないという、不孝に不孝を重ねまして、つくづく運のない男でございます」
親族の間から苦笑いが漏れた。
「神葬祭は、亡き義母の希望でした。本来なら、山口の家系は浄土真宗ですが、なんですか、真宗の葬儀は簡単すぎて味気ないと申しまして。まあ、近頃は無宗教の葬儀も流行っておりますし、お墓も、面倒を見たがらないご遺族もおありだそうで。うちはもちろん、墓もございますし、末永く供養いたします。自宅に神棚を設けました。氏神様とご一緒に、お母様もお祀りいたします。そうしたらうちの主人、これが本当のおかみさんだ、なんて申しましてね。罰が当たったんですね。脚立から落ちて、腰を打ったんです」
親族は笑いに包まれた。
神主が、巫女を連れて現れ、上座に掛けた。
明信は、呆然と兄嫁を眺めた。本来なら、自分が挨拶するはずだ。口上も考え、メモにして上着のポケットに入れてあった。彼女は、事故の後騒然となった親族たちを毅然と宥め、娘ともどもここまで率いて来た。その流れで、明信、明孝をすっ飛ばして、喪主を代行した。
「では、お飲み物も行き渡ったようですから、乾杯いたしましょう」
彼女は明信に会釈した。彼は立ち、「えー」と言ったが、後が続かない。義姉の口上が上手すぎて、何を言っても白けさせてしまいそうだ。彼は、二つばかり咳払いした後、ようやく「では、僭越ながら、」と挨拶した。
「全員、動くな!」
神主が立ち上がった。天井に向けて銃弾が放たれた。巫女が走って、広間の入口を全て閉めた。「神山!」と叫んだ明信に、神主は銃口を向けた。
白の狩衣に烏帽子。懐には笏。どこから見ても本職の神主だが、顔は、まごうかたなき、連続強盗殺人事件の主犯、神山太一。白衣に白袴をつけた巫女は、安見亜美。そもそも、葬儀の時にはいなかった巫女がここに現れたことに、誰も不審を感じなかった。白い着物のマジックだ。彼らは、一足先にこの火葬場に着き、同様に、自家用車で先に来ていた神主を襲って着物を奪った。
「見ての通り、強盗だ」
神山は、巫女から銃を受け取り、明信に向けて座らせた。
「全員、テーブルの上に財布を出せ」
「お前はもう、逃げられないぞ」
「黙れ!」
神山は、明信の心臓を撃ち抜いた。彼は椅子の上で跳ね上がり、白目を剥いて崩れ落ちた。
親族たちは、次々と財布を投げ出した。亜美は、末座から駆け上がって財布を集めた。老若男女三〇人余り。百万近くになりそうだ。
だが、もう一人がいない。一番若い男。
ためらっている暇はない。財布の束を、神主から奪った白風呂敷に包むと、神山は亜美を連れて控えの間から駆け出した。
祭壇や大幣、玉串、神饌などを積んだ軽バン。神主が出張祭典で使う自家用車だ。警察は、ロータリーの出口に検問を敷いていた。
若い警官だった。せいぜい二〇歳程度かと思われた。気の毒なくらい緊張していた。
「この先で事故がありまして」
神山は、自分の免許証を見せた。顔は同じだ。しかしその姿は、白衣に白袴。火葬場に神主が入るのは不思議ではない。
「次の御祈祷があるんですよね」
神山はさらりと言った。
若い警官は、何やらメモを取りながら、「え、なんですか?」と聞き返した。
「だから、」神山は苛立った。「次のお祓いに、行かなきゃならないんですよ」
「すぐですから。お待ちください」
免許証は返してくれたが、なかなか離れてくれない。前にも二人、いや、三人。踏み倒して行くわけにも行かない。
「急いでるんですけど?」
「なんですか?」
「だから、早くして欲しいんですよ」
警官は、怪訝な面持ちだ。聞こえないのか、聞いていないのか。「すぐですから」とだけ言って、何を待たされているのかは言わない。
「早くしろよ!」
助手席の亜美が切れた。神山は左手で彼女の膝を叩いた。
急いでいるときほど、慌ててはいけない。
「ご協力願いたいんです。こっちは、慎重にやっているんですから」
若い警官は、開き直った口調で言った。
「分かったから、急いでよ」
「急いでいるじゃないですか!」
感情的に言われ、神山は鼻息を吹いた。
「手続きがあるんだから、急げったって無理ですよ。出来る限り、早くやってるんですよ」
「分かったから」
フッと警官の姿が消えた。
は?
思わず身を乗り出すと、首を掴まれ、胸まで外に引き出された。
警官と入れ替わりに立ち上がった明孝が、神山の顔面を強かに膝で蹴り上げた。
二度、三度。四度、五度。眼窩が砕け、黒々と血が滴った。
亜美が銃弾を放った。
(つづく)
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