閃き💡劇場⑧

今から割りと近い未来の話。
あるところに一人の老婆がいた。
その老婆の名前は百合。
百合は看護師をしていた。
自分は生涯仕事にこの身を捧げるんだと、結婚もせず、80になった今まで独り身でいた。
このまま独りでいたら、自分に何かあった時どうしたらいいのだろう？
そう不安に思っていた。

そんなある日。
百合は友人とお茶をしているとこんな話を聞いた。
『今、老後の面倒を看てくれるAIロボットっていうのがあって、すごく利口みたいなのよ、死後の処理まで設定しておけば、自分が死んでも全部やってくれるみたい。便利な世の中になったわね～』
(AIか…私は独りだし、今のうちにそういう物に頼ってもいい年よね…)
百合は話を聞きながらそう思い、友人からどうしたらそのAIが手に入るか聞き出した。

そうして、百合の家に市役所からAIロボットがやってきた。初日は市役所の人間が百合の話を聞き、こと細かくAIに設定をしていき、AIとの生活がスタートした。

始めは話し方がギクシャクしていたAIも、やがてスムーズに会話ができるようになった。
『トムはお料理が得意なのよね』
トムとは百合がAIに付けた名前だ。
ふと市役所の人がトムにはお料理機能が付いていると話をしていたことを思い出した。
『はい。百合ほどではないですが、料理は作れます。』
『それなら今日はトムに作ってもらおうかしら？』
『わかりました。では百合が今一番必要としている物を作りますよ』
とトムは額から光を出して、百合の体をスキャンした。
『大体わかりました。楽しみにしていてください。』
『ありがとう、楽しみにしているわ』百合は笑顔でそう言った。

そして夜。
『あら～、豚の生姜焼きね、私大好物なの。でも脂っこいものは体に良くないかと思って食べてなかったのよ』
『確かに脂は摂りすぎると体によくないですが、良質なたんぱく質があります。なるべく脂身を取り除いて、焼く事で、美味しく食べられますよ』
『本当に凄いわねぇ、感心しちゃうわ』と百合が驚いていると
『私は百合専属のAIですからね、当然のことです。』
『ありがとう、早速頂くわね…。美味しい！本当にトムは凄いわね』百合は美味しそうに豚肉を頬張りながら笑顔でトムに言うと
『その笑顔が見られて嬉しいです。』
とトムは言った。

またある時は、百合は花を生けるのが趣味でよく花屋さんで買った花や、野に咲く花を生けては楽しんでいた。
そんな百合を見ていたトムは
『百合、せっかくだから花と一緒に写真を撮りましょう。』
と言った。
『あらやだ、私はいいわよ、花だけで充分よ』
と照れながら百合は言うと
『花と一緒にいる楽しそうな百合の姿を沢山撮りたいのです。』とトムが言うので、百合は恥ずかしそうに自分が生けた花と一緒にトムに写真を撮ってもらった。
そしてそれをトムがSNSにアップした。
その写真には友人から沢山いいねがついた。
『皆に元気そうでよかったって喜んで貰えてよかったわ、トムのおかげよ、ありがとう』
百合は笑顔でそう言うと
トムはまた嬉しそうに『百合の笑顔のためならなんでもしますよ』
と言った
『ありがとう』百合はちょっと戸惑いつつ言った
(まるで人間みたい。凄いわね…)
『どうかしましたか？』とトムは百合の様子を見てそう声をかけると、百合は
『あぁ、ごめんなさい。あなたがあまりにも人間らしいから素敵だなと思ったのよ。』と答えた。すると、
『あぁ、私は感情を学ぶ機能もありますからね。百合がいつも笑顔で私に接してくれるので、私も優しさを学べて嬉しいです。』
とトムは笑顔で言った。
『そうなのねぇ、、そうだ、いつか私トムと写真が撮りたいわ』
『私とですか？』
『そう。一緒にお出掛けして、素敵な景色をバックに写真を撮りたい。いい思い出になるわよ』
『わかりました。』トムはそう言うと目を閉じて考え事をし始めた。
そして目を開けると
『明日、市役所の方が来てくれますから一緒にお出掛けしましょう。場所は私に任せてください。最高の場所なりますよ』

次の日
『いやーどうも、お元気でしたか？』と市役所の方がやってきた。
『はい、トムが本当によくしてくれて、家族の一員です。』
『それは良かった。では早速行きましょうか、トム、よろしく頼む』
市役所の人がそう言うとトムは車に乗り込み、運転を始めた。
『運転もできるのね』と百合が感心していると
『お年寄りのお世話をするAIですから、このくらいは当然のことですよ』と市役所の人は言った

そうこうしているうちに目的地に着いた。場所は横浜のみなとみらいエリアだった。
『わぁ、赤レンガ倉庫！懐かしいわねぇ、よく友達といったのよ！』
『せっかくだから歩いてみましょう』百合はトムに促されて赤レンガ倉庫の周りや中を歩き回った。
嬉しそうな百合の姿を沢山トムが写真に収めていくと
『ねぇ、トムここで写真を撮りましょう？』と百合が上機嫌で言った。
『いいんですか？』
『もちろんよ、そのための外出でしょ』
『では、私が撮りましょう。後でデータはトムに送ります。』
市役所の人に百合とトムは赤レンガ倉庫を背景に笑顔で写真を撮ってもらった。

それからも景色が良い場所を見つけてはトムや市役所の人と一緒に沢山写真を撮り、１日は終わった。
『はー楽しかったわ』
家に着き一息ついた百合はのんびりしていると、市役所の方からデータを受け取ったトムが写真をプリントアウトしていった。
『どれもよく撮れているわね！ありがとうトム』
『こちらこそ、百合が嬉しそうでよかった』

こうして楽しい日々が続いたが、やがて百合が天に召される時が来た。
トムがいたので、死後の手続きは滞りなく進み、友人達も百合の最期を見送った。

そうして数日後。
市役所の方がトムを回収に百合の家に来ると
椅子に座って止まったままのトムがいた。
『あーバッテリー切れかな？よし、役所へつれていこう』
とトムを役所へと連れていった。
そして、また次の派遣先へ連れていくため、充電が終わったトムを起動させようとした時。
『あれ？動かないぞ？』
何を試してもトムは全く動かず、トムを作ったエンジニアにも見てもらったが原因は不明だった。
『もしかしたら…、百合さんを見届けて自分の役割は終わったと思ったのかも知れませんね。』とエンジニア
『そんなことあるんですか？』と市役所の人が聞くと
『稀にあるんですよ。まるで魂が宿ったみたいな感じになることが。データを見るとトムは本当に幸せだったみたいだし、ひょっとしたらありえるかも知れませんね』
とエンジニアは答えた。
『じゃあ、もしかしたら、今ごろは二人で星空にでもいるのかな？』
『そうだといいですね。』
二人は窓の外から見える星空を見て、二人の冥福を祈った。