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何故ベガルタ仙台は「這い上がれなかった」のか


世の中にはこんな格言がある。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」

ドイツの偉人ビスマルクの言葉で、すなわち利口な人間が過去の歴史や周囲の話から学び、事前に回避できる事態を、アホは自身が痛い目に遭うまで学ばない、という意味合いの言葉だ。
では、歴史からも学ばず、そして自身の経験からも学ぶ事なく何度も同じ失態を繰り返す人間は何者なのだろうか。

正解は大馬鹿者である。

というわけで、今日は13年ぶりにJ2の舞台で戦うこととなったベガルタ仙台が、過去に過ごしたJ2で痛いほど学んだはずなのに同じ失敗を繰り返した––––ではなく、過去の失敗以上の大失態を犯した2022年シーズンの備忘録を、今季の42試合全てを視聴したベガルタ仙台ファンの自分が記していこうと思う。

過去の遺産

2008年の入れ替え戦敗退時

備忘録を残すに当たって、まず最初に紹介したいのは2004年から2009年までJ2の地獄を経験したベガルタ仙台が何を学んだか、である。
当時のベガルタ仙台はJ2の中では屈指の観客動員数を誇っており、スポンサー収入も安定していた。
何度J1昇格を逃しながらも、J1クラブからのオファーが相次いでいたチームの主力選手たちを残留させることに成功したのが、その尤もたる証拠だろう。
では、何故ベガルタ仙台は降格からJ1復帰までの6年もの時間を要したのか。
答えは単純明快で、我慢耐性の低いフロントが毎年のように監督を取っ替え引っ替えしたからだ。
2004年のベルデニック氏、05年の都並氏、06年の親方、07年の望月氏、そして08年から監督に就任し2年でJ1復帰を勝ち取った手倉森氏と、J2の6年間でおこなわれた監督交代は5度に渡っており、昇格を果たした手倉森氏以外は全て一年でクラブをお払い箱となっている。毎年昇格争いに加わっていながらも、だ。
監督が変われば戦術やシステムは変わり、それに伴って当然選手の入れ替わりもおこなわれる。
ようは一年かけて築き上げたクラブをゼロに戻し、翌年また一からクラブを作り直す行為を、あろうことか5年間も繰り返してきたのだ。
サッカーのみならず、何事においても継続・積み重ねは大事な要素である。
ましてやプロの世界はたった一年で都合良く結果を出せるほど甘い世界ではない。
だがフロント陣はそれを軽視し、怠った。J1昇格を逃した事実だけを見ては監督を更迭し続け、その結果、手倉森氏が就任するまでの4年間で殆ど積み重ねをすることなく無駄な時間だけを過ごしてきたのだ。
その愚行にようやく気が付いた2008年、入れ替え戦の末J1復帰を逃すも手倉森氏の続投を決断し、翌年にはJ2優勝とともに昇格を果たしたのだから、ベガルタ仙台の関わる全ての人間はこれまでの一年おきの監督交代劇が得策ではなかったこと、そしてやはり積み重ね・継続はサッカーにおいても大事な要なのだと思い知らされることとなった。
それがベガルタ仙台が6年にも及ぶJ2生活で得た、1番の学びである。

魔境J2

13年ぶりにJ2に挑むこととなったベガルタ仙台

時にサッカーファンの間でJ2は「魔境」「底無し沼」と称されることがある。
そう呼ばれる所以はジェフ千葉や東京V、甲府らの近年の成績を見ると分かるように、一度J2に落ちてしまうとなかなか抜け出せなくなってしまうからだ。

末恐ろしいことに、J1から降格したクラブが一年で再昇格できる可能性は39%であり、それ以降はもっと少なくなるというデータが世の中には存在する。
では、何故1年目を逃すと再昇格の確率が減ってしまうのか。
その尤もたる要因の一つとして、J1からJ2に降格することで生じる、クラブの収入が大幅に低下する資金的問題が挙げられていた。
降格2年目以降はサッカー協会からの分配金も目減りするだけではなく、降格によってファンやスポンサーの関心が離れれば、必然的に入場料収入やスポンサー収入も減ってしまうのが世の定理。
お金がなければ当然年俸の高い選手、すなわち能力の高い選手を引き止めることができず、次第に補強は新卒のルーキー頼りになり、仮にルーキーを手塩にかけて育てても中心選手になる頃にはJ1のクラブから安値で買い叩かれ、それを引き止める財力もない。
このサイクルにはまると抜け出すのは容易くはなく、待っているのは地獄そのもの。
例えるならJ2にいればいるほど、大富豪の大貧民状態が永遠と続くこととなるのだ。
なので基本的にJ2の底無し沼を回避するには、前年度のJ1と同等の分配金が得られ、かつJ1を戦った選手が多く残るであろう降格1年目で復帰する他ないのは上記のデータにもハッキリと現れている。
もし一年目での復帰を逃したら最後、待っているのはJ2の過酷かつ地獄のような世界で、その負の連鎖の恐ろしさを松本山雅や大宮アルディージャらが身を呈して証明し続けているだけに、ベガルタ仙台にとって1年でのJ1復帰はクラブの今後を占う上で大きな意味を持つ、まさに至上命題とされていた。

本気の準備

2022年のスローガンは「這い上がる」

2021年のJ1リーグで19位になり、13年ぶりのJ2降格が決定した冬。
フロントは迫るJ2沼をいち早く脱出すべく、近年稀に見る仕事ぶりで着々とクラブ編成を進めていた。
前任であった手倉森氏を引き継いだ原崎監督の続投を早々に発表すると、J1を戦った前年のメンバーを軸に、鹿島の遠藤や水戸の得点王中山、J1経験者のデサバトやサガン鳥栖の内田ら実績のある選手を加え、韓国年代別代表の経歴を持つキム・テヒョンや福島の鎌田、昨年まで新潟でプレーしていた中島など、若くて勢いのある選手が続々と加入。
ベガルタ仙台らしからぬ金目を厭わない補強だったが、かつてJ2の底無し沼を経験したクラブとして、多少のリスクを負ってでもどうにかして一年でJ1への復帰を果たさなければと、そんな本気ぶりが伺える補強でもあった。
むしろこの的確な補強ぶりはクラブ全体の覚悟の現れでもあり、直近2年間の惨敗ぶりで離れていったファンの関心を、再度手繰り寄せる点でも成功したと言える。
かくしてJ2では最高峰の戦力を揃えることに成功したベガルタ仙台。
クラブ史上最大のお笑いシーズンが幕を開けた。

序盤の快進撃

序盤の勢いは確かなものだった……気がする

こんなにしっかり補強できるならJ1にいるうちからやっとけよ、なんて内心思ったファンも多いはずだが、ともかく同カテゴリーでは圧倒的な戦力を揃えた以上、久しぶりといえどもJ2での失敗は許されない。
目標はJ2優勝、最低でも自動昇格圏内確保、プレーオフ進出なんて弱気な目標を口にする関係者はシーズン開幕前には誰一人として存在せず、J1で毎年瀕死状態で残留を目指してきたクラブとはまるで違ったポジティブなムードで2022年J2シーズンに突入。
開幕戦こそホームでアルビレックス新潟とスコアレスドローで痛み分けをするも、2節のアウェイ水戸戦では2−3の殴り合いの末、今季初勝利をゲット。
その後群馬、岩手、山形と続いた開幕からの5試合を3勝2分で乗り切り、首位の横浜FCと勝ち点差2の2位につけていた。
序盤戦は前線からプレスをかけてサイドで囲い込み、高い位置でボールを奪ってとにもかくにも氣田や中山、遠藤に富樫と前線の選手が個の力で殴って殴って殴り続ける攻撃的なサッカーが功を奏し、昨年の得点力不足が嘘のように得点を量産。
その一方で失点が多く、とりわけセットプレーやサイドからの攻撃に弱さを露呈していたものの、そこはもうノーガードで撃ち合うことで相殺し、なんとか勝ち点を積み上げ続けていた。
そもそもの話、原崎監督はプロクラブを指揮するのが今回が初で、監督としてのキャリアは全くの皆無で実力も未知数。
故に試合中の修正力の乏しさは経験値の少なさから考えると致し方ないこと。
それはもう場数を踏む他に改善する方法はなく、フロントも監督の伸び代を考慮して多少は目を瞑らなければならない点でもある。
大崩壊を喫したアーノルド体制を引き継ぎ、ものの見事に蘇らせただけではなく、天皇杯決勝まで導いて魅せた渡邊晋氏が突然変異だっただけで、間違っても未経験の監督に多くを期待してはいけないのだ。

6節の町田、7節の大分の2連戦で連敗を喫すも、すぐさまチームを立て直し、シーズンの折り返し時点では勝ち点40の2位。
首位のアルビレックス新潟、3位の横浜FCと激しい昇格争いを繰り広げた前半戦は、新人監督にしては上出来すぎるくらいの大健闘である。
この当時から選手の個の能力に頼ったサッカーや失点数の多さに疑問を呈するファンもいたが、結局のところサッカーで大事なのは勝敗であり、内容ではない。
素晴らしいサッカーでJ1でも戦えるチーム戦術を構築し、なおかつJ1昇格を果たすのが究極のJ2卒業スタイルなのだろうけど、それはあくまで理想論。
降格一年目のベガルタ仙台にそんな理想を追い求める余裕も、ましてやJ2に長居して基盤を整えられるほど十分な資金も、それに付き合ってくれる優しいスポンサー様も、全くない以上は何がなんでも一年でJ1に返り咲かなければならないのだ。
目的が一年でのJ1復帰だと単純明快な以上、どれだけ面白くなかろうが、勝てば良いのだ勝てば。

その点を踏まえれば、監督一年目でJ1復帰といった難易度高めのミッションに挑んだ原崎監督の成績は見事なものだった。
加えて成績だけではなく、公平な選手選考とその人柄で選手たちも原崎監督を慕っており、多くの選手が不満を抱いていた手倉森体制とは打って変わって選手たちは伸び伸びとプレー。
守備面での脆さを筆頭に、ハイプレスで押し込む相手に対策を打てずに苦しめられる試合も散見されたが、この時は原崎新人監督を選手・フロントが支え合い、クラブ一丸となってJ1復帰を目指す最高の雰囲気も出来上がっていた。
チームスポーツである以上クラブの結束力は非常に大きな意味合いを持ち、熾烈な昇格争いにおいて大きなアドバンテージにもなる。
いくつかの不安点はあったものの、チーム状態を加味しても原崎体制の前半戦の評価は100点満点中80点を上げてもいいほどに、ともかく順調な滑り出しを見せていた。

だが、この最高の雰囲気はコロナのクラスターを皮切りに、あっという間に崩壊の一途を辿っていくこととなる。

コロナクラスターと天下分け目の長崎戦

長崎戦の敗北から一気にチームは崩壊

リーグ後半戦が始まって6試合が経過した時のこと。
勝ち点差3でアルビレックス新潟と横浜FCを順調に追随していたベガルタ仙台に、最悪のタイミングでコロナウイルスの魔の手が襲来する。
7月23日に控えていた肝心の4位長崎との大一番直前に、クラブ内で相次いでコロナ陽性者が続出。
幸い陽性者は6名で済んだものの、濃厚接触者と認定された選手3名もチームを離脱することになり、一気にクラブは野戦病院と化してしまった。
だがリーグが規定する公式戦延期の条件はギリギリ満たしておらず、また愛知の某J1クラブのようなズル賢い思考も金も持ち合わせていなかったベガルタ仙台はその事実を淡々と受け入れ、長崎戦を予定通り開催。
特別指定で加入が内定していた大学生を急遽ベンチ入りさせるほどに逼迫した厳しいチーム状態のまま、長崎を迎え撃つこととなった。
肝心の試合は入りこそ悪くなかったものの、前半12分にエジカル・ジュニオの手にボールが触れていながらも審判がハンドを見逃し、その隙に失点。
猛抗議をするベガルタ仙台サイドだったが、お金のないJ2ではVARが導入されておらず、審判の見逃しを訂正できるシステムは存在しない。審判が見てないと言っちまったら、いくらDAZNでリプレイが流されようが、声出し禁止のスタンドから野次が飛ぼうが、判定は覆らないのだ。
厳しいチーム状態と、明らかな誤審で失点する最悪な試合展開で、完全に歯車が狂い始めると肝心な大一番なのにかかわらず前半12分以降徐々にチームが崩壊。
クサビが入らず、簡単な横パスがズレ始め、攻撃は連動性を失い、守備陣もまた安易なマークの受け渡しミスを連発。
次第に押し込まれる時間帯が長くなると、後半には今季開幕から全く改善されないセットプレーから2失点目を喫して万事休す。
終了間際にPKで中山が1点を返す(この判定もめちゃくちゃ際どかった)も、その直後に長崎FWの都倉と小競り合いを起こし、その様子を見てブチギレたサポーターが試合後に都倉に対してSNS上で犯行予告を行うなど、長崎戦は試合開始前から試合後まで終始険悪な雰囲気のまま幕を閉じた。
そしてこの長崎に敗れた夜を境に、ベガルタ仙台は急速に失速。
加えて過去に学んだ教訓を無視したフロントの愚行により、2022年は早くも終了を迎えることとなった。

夏の大失速とフロントの大失態

とにもかくにも夏場は勝てない

ベガルタ仙台は夏に弱い。
これはもうヴィッセル神戸がどれだけ補強をしてもJ1優勝を成し遂げれないのと同じくらい世間に周知されている事実である。
まぁ東北の涼しい土地を拠点にするクラブが灼熱の西日本のクラブ相手に走り負けてしまうのは仕方のないことであって、毎年夏の失速は想定内。
もちろん、夏場でも勝ち点を積み重ねられたらいいものの、こればっかりはどうしようもない問題なのだ。
どうしようもならない問題をどうにかしようと悩む時ほど、無駄な時間の使い方はない。
だからこそ、この夏の時期は引き分けで勝ち点1を地道に拾うだとか、最悪黒星を付けられてもせめて連敗はしないだとか、そういった消極的な戦い方に舵を切らなければならなかった。
それと同時に万が一連敗が続いたとしてもファン、フロントはボロカス言いたい気持ちをぐっと我慢をし、苦しいチームを支える必要があり、間違っても試合後にバスを囲んだりSNSで辛辣な言葉をかけ殴って、ただでさえ暑くて勝てない中で下降してる選手の士気を更に下げるようなことはしてはならない。
ベガルタ仙台関係者にとって毎年夏の時期はまさに結束力の真価が問われる正念場の時期なのだ。
そのはずなのに、あろうことかフロントはこの夏の大失速を理由に、とんでもない大失態を犯してしまう。

案の定というかやっぱりというか、2022年も例に漏れず夏の到来と共にベガルタ仙台の戦績は悪化。
それも疑惑の長崎戦を境に失速したのだから、チームの雰囲気は前半戦からは想像もできないくらい最悪なままで、さすがに原崎新人監督も、この困難な状況を打破できる術は持ち合わせていなかった。
おまけにコーチ陣も皆監督経験のない素人ばかり。この正念場を迎えた原崎新人監督に助言する補佐も、新たな試みを提案する分析官も、誰一人としてクラブは用意していなかったのだ。
そして極め付けは、まさかまさかの夏の補強ゼロ
昇格した2009年でさえFWサーレスをシーズン途中に獲得したのにかかわらず、2022年のフロントは全くテコ入れをしなかったのだ。
シーズン折り返し地点を過ぎると、どのクラブも対戦相手のスカウティングが整い、前半戦ほど安易に勝ち点を伸ばせなくなる。
加えてシーズン中は怪我人や選手の不調などといったイレギュラーな事態が発生するだけに、夏の移籍期間で如何にチームをテコ入れできるかが昇格を占う鍵とまで言われている重要要素の一つであった。
今季に関して言えば首位で昇格したアルビレックス新潟は補強を行わなかったが、夏の時点で成績とチームの完成度はリーグ内でも群を抜いており、今更何も補強をする必要がなかったので例外として、2位の横浜FCは積極的に外国人助っ人やJ1から選手を補強。
サガン鳥栖から加入したFW石井はすぐさまフィットし、チームのJ1昇格に大きく貢献している。
その一方でベガルタ仙台は長崎戦以降チームが崩壊の一途を辿っていたのにもかかわらず、全く補強をしなかった。
これに関しては選手枠の問題があったとも言われているが、そもそもの話開幕時点で枠を全て埋め尽くす補強をしてしまったことが大失敗であり、完全にフロントのミスである。

原崎新人監督を助ける有能なスタッフも、そしてチームに起爆剤を与える新加入選手も、誰一人として救世主が現れなかった結果、ベガルタ仙台の失速は歯止めが効かず、なんと8月13日の第31節大宮戦から、群馬、千葉、水戸と続いた4試合で4戦全敗。

そしてこの4連敗で自動昇格圏内の2位以内の確保が困難と判断したフロントは、あろうことか原崎新人監督をシーズン途中で解任。
シーズン中のテコ入れも、なんなら新人監督を支えるスタッフの準備すらも怠ったフロントが、前回のJ2時代でもしなかったシーズン途中の監督解任を、半ば全責任を監督に背負い込ませるかのように決断したのだ。
完全なスケープゴートにされた原崎氏が仙台を去り、その後クラブはどうなるのか。
残り少ないシーズンでベガルタ仙台を待ち受けていたのは、クラブ史上類に見ない大崩壊である。

秋田の地で終戦

原崎氏が解任された同日、伊藤彰新監督の就任を発表。
伊藤彰監督は数週間前までJ1ジュビロ磐田を指揮しており、成績不振で解任された直後だった。
ということは少なくとも原崎氏が4連敗を喫するよりも前から、水面下で伊藤彰新監督の招聘が話し合われていたことになる。新人監督の窮地に手を打つこともなく、僅か2〜3敗した時点で更迭を考えるのだから、だいぶというかかなり酷い話だ。
誰も予想していなかったタイミングでの監督交代をおこなったフロントが伊藤彰監督に課したミッションはプレーオフ圏内の死守及び、プレーオフを勝ち抜きJ1復帰を果たすこと。
この時ベガルタ仙台は勝ち点55で4位に転落、残り8試合で自動昇格圏内の2位アルビレックス新潟とは勝ち点差が10にまで開いており、数字上はまだ可能性が残されていたが既に自動昇格の夢は風前の灯となりつつあった。
一方下に目を向ければ7位Vファーレン長崎が2試合消化が少ないものの勝ち点50で迫ってきており、その下には勝ち点49でモンテディオ山形と町田ゼルビアが虎視眈々とプレーオフ圏内を狙っている。
この際もう4位だろうが6位だろうが、なんでもいいから、ともかく残り8試合でプレーオフ圏内の6位以上を死守し、奇跡的にプレーオフを勝ち抜きあわゆくばJ1復帰––––、なんてご都合主義満載の未来を信じなければならないほど、ベガルタ仙台は追い込まれていたのだ。

余談ではあるが、不思議なことにこのサッカー界には「解任ブースト」といわれる前任者へのリスペクトのカケラもクソもない現象が時たま起こることがある。
これは監督が解任されたことで選手が奮起したり、はたまた前監督の戦術上思うようなプレーができなかった選手が躍動し、これまでの不調が嘘のように勝ち星を積み上げる現象のことを指しており、現にベガルタ仙台も2014年のアーノルド体制に早々に見切りをつけ渡邊晋氏を監督にした瞬間、ものの見事にチームが軌道に乗り残留を果たした……なんて嘘みたいなことも経験していた。
しかしそれはかなり稀なケースで、だいたいは新監督就任後数試合のみに解任ブーストがかかり、その後は対策され始めて次第に勢いが減っていくのが通例である。

では、ベガルタ仙台に解任ブーストは炸裂したのか。
結論から言うと、

解任ブーストは一ミリも発生しなかった。

それもそうだ、選手たちの多くは原崎氏を慕っていたのだから。
原崎氏の解任を受け、選手たちのSNSでは別れを惜しむ声が次々とアップされた様子を見ても、選手たちは本当に原崎氏を慕い、そして共に昇格したいと意気込んでいたのだろう。
それなのにフロントは一才の手助けもせず、数試合負けが込むと監督だけに責任を押し付け一方的に解任、そんもでって次の監督が内部昇格ならまだしも全く関係のない他所からやってきたのだから、そりゃ不満に思う節はあるわな。

その結果どのような現象が発生したかと言うと、ピッチ上の選手たちの士気が明らかに低下し、覇気が全くなくなった。
伊藤彰新体制の1試合目、アウェイ大分戦はもう何も語る内容がないレベルで圧倒され0−1で完敗、2試合目の18位栃木との一戦は1−0で勝ちきり流れを変える兆しが見えたかのように思われたが、その後の37節から続いた“昇格争い最終戦線”で徳島に1−1、岡山に0−3、東京Vに0−2、そして首位新潟に0−3と、守備陣崩壊&圧倒的得点力不足で完膚なきまでに叩きのめされ、完全に死体蹴り状態。
伊藤彰監督になってチームが好転するどころか、むしろ戦況は悪化する一方で空中分解寸前だったチームは見事なまでに崩壊してしまった。
勝てない、守れない、おまけに原崎氏の時は奪えていた得点も取れない地獄の三銃士で選手たちメンタルもズタボロ、この時のベガルタ仙台は淡々と試合をこなし、淡々と負けるだけの週末を繰り返すだけ。もう完全に選手たちの心ここにあらずの状態だった。
ライバルチームとの勝ち点差もなくなっており、4位で今後のプレーオフ圏内死守が伊藤彰監督就任時の目標だったはずが、いつしか「プレーオフに出れるギリギリの6位以内に入ること」が最終ミッションになっている時点でもうお察しである。

間違っても伊藤彰監督が悪いわけではない。むしろ彼のこれまでの実績をみれば、今後ベガルタ仙台をより良い方向に導くことができる人材だということも十分に理解できる。
だがいかんせん監督就任までの流れが悪すぎた。
最悪のタイミングで原崎氏解任という最悪な一手を打ってしまった時点で、もう誰が監督をやっても結果は変わらなかったのだ。
そう考えると、むしろ伊藤彰監督もある種の被害者なのかもしれない……。

41節のホーム最終戦で熊本を相手にロスタイムの劇的勝ち越し弾で勝ち点3を奪い取り、辛うじて最終節まで6位以内に入り込む可能性を残したが、翌週の秋田で行われた2022年シーズン最終戦は今年一年の迷走ぶりを象徴するかのような試合内容でスコアレスドロー。
夏の大失速以降、想像もつかないスピードで降下していったベガルタ仙台は、J1復帰を至上命題に挙げたシーズンを7位というプレーオフ出場圏外で終えることとなった。

何処で道を踏み外したのか

自動昇格はおろか、PO出場も叶わなかった

そう問われれば、間違いなく原崎氏の解任がターニングポイントだったといわざるを得ない。
あそこが間違いなく大きな分岐点になっており、そこで誤った選択をしたことで考えうる限り一番最悪な着地点を迎えてしまった。
この判断ミスが致命的な命どりになってしまったのは言い訳のしようがない事実なのだ。

最初にも紹介したように、ベガルタ仙台は過去のJ2時代で積み重ねの重要さを痛いほど学んでいたはずだった。
それなのに、自分たちの歴史と経験から学んだ教訓を蔑ろにし、それどころか前回のJ2時代ですらやらなかったシーズン中の監督交代をおこなったせいで、チームはあっさりと崩壊してしまった。もう自業自得としかいえないザマである。
それも過去の歴史を知ってるであろう元サポーター団体出身の佐々木社長が率先してやっちまったんだから、なおさら笑えない話だ。

何もシーズン中の解任が全面的に間違っていると言いたいわけではない。
既述したように過去にシーズン途中でアーノルド氏を解任して渡邉晋氏を監督に据えたことで、劇的に戦績が改善された成功体験もあるし、Jの長い歴史を見ても解任ブーストで劇的な残留・昇格を勝ち取ったクラブも多いのは確かだ。
だが、今回に関しては確実に原崎氏を解任すべきではなかった。
夏場に失速したのは否めない事実ではあるが、それはベガルタ仙台のある種の風物詩であり、事前にある程度予測がついていたこと。むしろ夏の失速を予測できたのに関わらず、コーチングスタッフの整備と戦力補強を怠ったフロントにも少なからず非があったはずだ。

おまけに原崎氏は非常に選手からの人望が厚かった。
その原崎氏を想定内の連敗を理由に解任すると、その後残された選手が何を思うのか。
間違ってもその作用がプラスにならないことくらい、クラブ内情を詳しく知らないファンでさえ容易に想像ができていたのだから、それをフロント陣が「知らなかった」はずなんてないのだから。

ちなみにだが新たに招聘された伊藤彰監督が、即席で結果を残せる監督ではないのは前情報として知れ渡っていたはずである。
甲府や磐田での様子を見てもある程度の月日をかけてチームを構築し、熟練度の高いサッカーを植え付けるタイプの監督であって、シーズン途中に低迷したクラブを即座に立て直し、J1昇格を勝ち取るためのピンチヒッターとしてスクランブル起用すべき人材ではないのだ。
結果論ではあるが、何もあのタイミングで原崎氏を強引に切り捨て、伊藤彰監督を招聘する必要はなかった。
今季は原崎氏を最後まで引っ張り、伊藤彰監督を迎えるのはシーズンの結果次第でも良かったのではないか。
そもそもフロントは即効性のない伊藤彰監督をあの状況で監督に選んだ時点で、本気で今季中にJ1昇格を狙う覚悟があったのか、それすらいささか疑問である。

アテのない「今回こそは大丈夫」は大丈夫じゃない

サッカーに限った話ではないが、今まで何度も同じ過ちを犯しているのに関わらず、「今回こそは大丈夫」とアテのない直感を信じるのは、非常に危険な行為である。
「勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし」といった言葉があるように、基本的に何においても負け・失敗には明確な理由や原因があり、その理由から目を背け続け、何度も同じ過ちを繰り返す人間は冒頭で述べた通り、歴史・経験からも学ばない大馬鹿者なのだ。
今回ベガルタ仙台は過去に学んでいたはずの積み重ねの重要さを軽視した結果、J1復帰という至上命題を完全な絵空事と化してしまった。
付け加えると原崎氏は前任の手倉森体制時にコーチとしてチームに携わっていたのもあって、手倉森前監督のベースを軸にチーム作りに着手しており、今回それを全く関係のない伊藤彰監督が引き継いだ形になる。
チーム内に新たな風が吹き込んだ事で、おそらく手倉森・原崎氏が積み上げてきた2年間のベースは丸々なくなってしまうことになるのだろう。
降格したとはいえJ1で培ってきた基盤をなかったことにするのは、かなり勿体ない気もするが、それが今後吉と出るか凶と出るかは、今はまだ誰にも分からない。
こればっかりは伊藤彰監督の今後の手腕と、残された選手たちの躍動、そして何よりフロントの立ち回りに懸かっているのだから。

繰り返しにはなるが、伊藤彰監督は即席で結果を残せる監督ではない。
それ故にフロントもファンも、今後も結果が出るまではある程度の我慢を強いられることは覚悟しなければならない。
その耐えの時期がどれほどの期間になるのかは分からないが、フロントは手堅いサポートをしつつ辛抱できるのか、そして選手たちもまた伊藤彰監督を信頼し、J1復帰に向けて一致団結できるのか。

間違っても過去の失態を都合良くなかったものにし、「今回は大丈夫だろう」などといった希望的推測だけを頼りに同じ過ちを繰り返すことだけは避けていただきたいとファン一同は思っているはずだ。

2023年シーズンはもう始まっている

最終順位を7位で終えたことで、プレーオフにすら出場することなく2022年のシーズンが幕を閉じた。
だが無理やりでもプラスに捉えれば、ここまで崩壊したクラブでプレーオフに進んだところで結果は明白、万が一天変地異が起こって運良くJ1に復帰できたとしても待っているのは2014年の徳島ヴォルティス、2015年のモンテディオ山形のような1弱+17強豪地獄であって、どうせ地獄を見るのなら早々にシーズンを終えて1週間でも早く来季のクラブ編成に取り組んだ方が何倍も有意義な時間になるとも言えるはずだ。
2022年シーズンはいくら悔いても既に終わってしまったことで、いくら嘆こうが後悔しようが原崎氏とJ2降格一年目のチャンスは戻ってはこない。
このnoteを通じて何度も書いてある通り、大事なのは失敗から何を学び、そして未来に生かすかである。
来季もJ2で戦うことが決まった2022年最終戦の翌日、クラブはすぐさま伊藤彰監督の来季続投を発表。
既にクラブは来季の戦いを見越した編成に着手しており、続々と契約更新選手、そして契約満了選手の発表がおこなわれている。
今後どのように選手の入れ替わりが発生するかは分からないが、結局のところどれだけの選手が集まろうがフロントと現場に見解の相違があればクラブは機能はしないことをベガルタ仙台に携わる全ての人間が理解しているはず。
それが過去の歴史を振り返っても、そして今季の大失速を見ても明確で、補強云々の前に最も今のベガルタ仙台に欠けていた要素なのだ。

もっとも、ここまで痛烈に書き殴ってはいるが佐々木社長の腕前は決して悪いものではなく、それどころか歴代の社長の中ではかなり上位に位置する仕事ぶりだ。
J2に降格したのに関わらず新規スポンサーを獲得し、長年の問題であった赤字も解したのだから、本来ならばもっと賞賛されるべき手腕である。
だがいかんせん重要な監督問題の面で過去の失敗を繰り返す致命的なミスを犯してしまい、結果1年でのJ1復帰という悲願を自爆する形で潰してしまった。
戦力と前半戦の成績を見ても、今季昇格を逃したのはあまりにも勿体無いすぎた感が否めない。それも自分たちの迷走が決定打となったのだから、なおさらである。

だが社長も言ってしまえば一人の人間であり、人間である以上誰しも失敗・過ちは犯すもの。
今年一年の失敗を糧に、どうにか来年こそはベガルタ仙台をJ1復帰に導いてほしいと願うばかりだ。

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