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最期の子 【800字小説】

 黄泉の国へ行きたいと願う
 そこがどんなところかも知らずに
 私の愛した人たちがいるだろうか
 私を愛した人たちがいるだろうか……

 ザザザ、ザザ、と画面にノイズが入るように記憶の断片が見え隠れする。
 私は、人類最期の子。

 滅びゆく世界をこの目で見た。
 巨大な船の中から、選ばれた百にも満たない人間たちと一緒に。

 彼らは人類の技術と知能の最先端を行く、エリート中のエリートだった。
 本当ならどこかの惑星ホシで、新しい人類のスタートを切るはずだったのに、他の宇宙船ふねは皆、そらで散った。
 私は運よく、技術者の娘としてこの船に乗っていたから助かったけれど、これっぽっちの人間で人類の再生など、叶うとは到底思えなかった。

 大人たちは船の中で、自らが作り出した人工知能を持つアンドロイドと共に生活を始める。目下一番に進めなければならないのは、新しい命の再生と住処の確保だろう。

「トワ、ここにいたのですか」
 声を掛けてきたのは私の母を模した姿のアンドロイド『パスト』だ。何もそんな名前つけなくても、と、父には言えなかった。

「そろそろ食事の時間です」
「わかった」
 私はパストに手を引かれ、食堂へと向かう。

 母に似せてはいるけれど、全然似ていない作り物の手。傷もささくれもない、滑らかでしっとりとした、温かい手。

 数年間は、それでよかった。

 現状を嘆きながらも、皆は精力的に働き、未来を創っていこうと躍起になっていたのだ。躍起になることで悲しみや不安を押し隠すことが出来た。

 けれど……、

 ある日、研究者の一人が病魔に侵される。今まで経験のない、未知のウィルスだった。
 そして次々に、命が尽きて行く。

「トワ……すまない」
 父もまた、私の元を去って行った。

 言いようのない孤独感と恐怖が押し寄せてくる。病に侵され死を待つのも、生き残り独りになるのも、同じくらい恐ろしい。

「大丈夫です。私がいます」
 微笑みかけてくるパストの顔は亡き母の複製。

 ──私は人類最期の子。
 人類の複製品。

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