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#29 可変と不変を見分ける知恵を

こんにちは。にわのです。

障がいのある子どもたち・重度心身障がいのある方たちの支援をかれこれ17年してきました。

今日は働いてきた中での「座右の銘」
常に自分に言い聞かせてきた言葉について書きます。


ニーバーの祈り

神学者ラインホールド・ニーバー(Niebuhr, Reinhold)による祈りの言葉です。

変えることのできるものについて、
それを変えるだけの勇気を

変えることのできないものについては、
それを受けいれるだけの冷静さを

そして、

変えることのできるものと、
変えることのできないものとを、
識別する知恵を与えたまえ。

ラインホルト・ニーバーの祈り

社会福祉主事の資格講座で中央福祉学院の授業を受けた際、「心の平和の祈り」として先生が紹介されていました。
私自身はキリスト教徒ではありませんが、本当にその通りだな、と感じて、ずっと心の真ん中にある言葉です。

変えることのできるものについて、変えるだけの勇気を

過去がどうあれ、「いま・ここ」の自分がどう振舞うかは常に変えることができる。
支援する中で力や知識が足りないと感じたら、勉強するなり人と会って教わるなりして成長するための努力をいつでも始めることができる。

「子育てで時間がない」とか、「疲れているから」とか、つい頭の中に聞こえてくる言い訳に打ち勝って一歩行動を起こすために必要な力を ”勇気” と呼ぶことでエネルギーをもらえる気がします。

また、
・自分自身の職場にある不合理なルール、非効率な習慣
・障がいへの理解のなさから来る、子どもに負荷を与え続ける大人の振る舞い
・障がい福祉をめぐる制度や社会のあり方
といった広いレベルの事柄に対しても、「自分には何もできない」と諦めてしまえばそこまで。
意見を表明したり、提案したり、投票もそうですが、はっきり意思表示を行う勇気を持ち続けることで「大きなもの」が変わることもあります。

惰性や臆病や現状維持バイアスを自覚して、何か行動を起こす「勇気」を持っていたい。

変えることのできないものについて、受け入れるだけの冷静さを

天気や自然は「変えることのできないもの」の代表です。

学生の頃キャンプリーダーとして野外活動をしていた際に実感しましたが、どれだけ企画して準備しても、当日の天気次第で実現しないことも多々。できる限りの準備をしたら、あとはその日その場の天気や自然の状態に自分たちが適応していくしかありません

子どもたちの振る舞いもある程度そうした部分があると思っています。
「子どもの行動を、大人がコントロールできる/すべき」と思ってしまうから、強圧的な態度が当たり前になってしまうのではないでしょうか。

子ども自身の心は、他人が簡単に「変えることのできないもの」
その上で、何かをさせたり、やめさせたりしたいなら、変わる必要があるのは関わる大人の側の振る舞いや行動です。

自分が何も変わらないままで、相手が思い通りにならないからといって声を荒げたり強い力による手段に出ることがないよう、戒めとしてこの言葉を頭に浮かべるようにしています。

叱る怒鳴る制止する、といった短期的で誰にでもできる手段をいかに避けれるかが腕の見せ所。その日その場の子どもたちの様子に支援者側が適応して、自分の中の引き出しを探し続けることが必要だと思っています。

可変と不変を見分ける知恵を

これが一番欲しいです。ほんと。

変えられるなら、勇気を持って行動し続ければいい。
変えられないなら、全て受け入れてあげられる器を持つことを目指す。

どっちなのかわからないと、自分がどう振舞うべきかは決められない。

本来変えられないものを「自分なら変えることができる」と思い込んでしまったり、
実は変えられるものを「どうしようもない」と諦めてしまったり、
様々な苦しさや痛みがこうした「思い違い」から生じていると思います。

発達支援場面での一例として、児童精神科医の本田秀夫先生による、子どものかんしゃくに関する説明を引用します。

突然起きるかのように見える「かんしゃく」の仕組みについて解説した部分。

「こだわり」→「理解してもらえない」→「不快感の集積」→「かんしゃく」

子ども自身の中には、こうした流れが起きているといいます。
そして、

この4つのうち、「障がい特性」と呼べるのは、最初の「こだわり」だけ。
あとの3つは、周囲の環境や大人の関わり次第で止めたり、予防することができます。

と続いていきます。

本当にその通りで、他にも色々な場面でこうしたことだらけ。
「障がいがあるので」人を叩いてしまう子です、とか、
「障がいがあるので」集団活動は苦手です、とか。

いやいやちょっと待ちなよ、そんなことないよ、といつも思います。

「障がいがある」ことは不変だとしても、その子が見せる行動は可変です。
障がいを安易な言い訳にせず、自分たち大人側の関わり方や環境の整え方に「もっとできることはないか」と探し続ける心を忘れないようにしたいです。


以上、対人支援の際、常に心の真ん中に置いている言葉について、でした。

ではでは。

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