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〈ラグジュアリー! 香港〉在宅映画祭 tidbits vol.1

 というわけで、〈ラグジュアリー! 香港〉在宅映画祭、無事終幕を迎えました。ごらんいただきました皆さん、どうもありがとうございました。
 ここでは映画紹介の中では書ききれなかったことを、ちょこっとずつ拾っていきたいと思います。

 ツイッターとかでは書きましたが、実はもう第2期のラインナップも自分の中では決まってるんですよ(笑)。まあ、これはまた機会があったら発表させていただくということにします。
 今回の第1期でも、本当はこれに加えてもう1本、参考上映枠として『香港の夜』(1961)を入れるつもりだったんです。『香港の夜』は東宝とキャセイの合作で、宝田明と香港の人気女優、尤敏(ユー・ミン)が共演しています。惜しむらくは、僕が観ていないということで(苦笑)、詳しくはこちらをどうぞ。


 そう、第1期のラインナップには、この尤敏さんが主演した作品が入っていないんですよね、これは我ながら残念なんですが……。
 これはなぜかといいますと、尤敏さん、いい作品はいろいろあるんですが、日本映画に出たときは(『香港』シリーズ、『社長洋行記』正続)クール・ビューティでカッコいいんですが、香港映画では意外とけなげだったりめそめそしてたりする役が多くて、あれれ、という感じになっちゃうんですね。今回の企画としては、あんまりそういう映画は推したくなくて……。
 もちろんそういうけなげ系の中でも佳作はあって、『小児女』(1963)なんかは、監督=王天林、脚本=張愛玲(!)と、とってもいい映画なんですよ。

 ところが、いまYouTubeに上がっているのを観るとですね、なんか背景がグニャグニャしちゃってて(たとえば、6:00〜)、何じゃこりゃ? という感じになっちゃうんですね。これでは申し訳ないけれど、胸を張ってオススメできない……。なんでこんなことが起こるんでしょうねえ。こういうことが善処されたら、またいろいろ考えてみますね。
 
 また、自国の外ではシャキッとした女性像を演じつつ、自国では控えめな女性像を演じる、という構造も考えさせられるところがありますね。自国の中では自国向けの道徳という重力が働いてしまうのでしょうか。
 逆にこちら側から見ると、日本の女優がアメリカ映画に出るときに、日本女性のステレオタイプを演じさせられるというのとは逆の、「開かれた女性」像を投影している観さえ感じます。
 逆のパターンはどうだろうとも思うのですが、今回取り上げた1950〜70年くらいまでの香港映画では、日本人スタッフが仕事をすることはあっても、主演女優を日本人からキャスティングするということは李香蘭以外にはほとんど見当たらず(『山下奉文宝蔵』[1957、監督=何沢民、出演=水戸光子]、『青春万歳』[1969、監督=井上梅次、出演=新井茂子]くらいかな。しかも李香蘭が主演した香港映画のほとんどは、現在DVDやYouTubeでは観られません)、あまり参考にはなりそうもありません。この非対称性も気になるところです……。

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