見出し画像

〈ラグジュアリー! 香港〉在宅映画祭 vol.8 野玫瑰之戀

野玫瑰之戀 The Wild, Wild Rose


1960年/キャセイ/モノクロ/128分

製作=鍾啟文、監督=王天林、脚本=秦亦孚(チャン・イクフー)、撮影=黃明、美術=費伯夷、包天鳴、編集=王朝曦、音楽=服部良一、姚敏

出演=葛蘭、張揚(チャン・ヤン)、王萊、蘇鳳、田青、沈雲(シェン・ユン)、劉恩甲


[あらすじ]
 ナイトクラブで人気絶頂の歌手、鄧思佳。「野生のバラ」という渾名をもつ彼女は、多くの男を手玉にとるが、心は誰のものにもならないと噂されていた。思佳は、バンドの新しいピアニスト、梁漢華(張揚)に興味を抱く。ベーシストの蕭柳(田青)は彼にフィアンセがいることを伝えるが、思佳は逆に10日以内に漢華を落としてみせると賭けを挑む。思佳と漢華が打ち解けたころ、刑務所から出てきた思佳の前夫、独眼龍が突然姿を現す。漢華は思佳を守ろうと独眼龍を殺してしまい、逮捕。出所後、ふたりはいっしょに暮らし始めるが、漢華は思佳が歌手に戻ることを許さず、ふたりの生活は困窮する……。


[コメント]

 葛蘭が『曼波女郎』とはうって変わって、ファム・ファタールを演じます。作品全体にも、単なるメロドラマだけでなくノアール的な雰囲気が漂っています。下敷きになっているのは、『カルメン』と『嘆きの天使』(1930)。情熱的でセクシー、気まぐれだが義にも厚いという役柄を見事に演じ、女優としての代表作となりました。張揚を誘惑しようとするシーンなんかは、もうゾクゾクしますね。作中では「カルメン」はじめ、さまざまな国の歌が歌われますが、クラシックの歌唱を勉強していた葛蘭の実力が遺憾なく発揮されています。

 華やかなショーの世界の一方で貧しい生活がしっかり描かれているのは重要で、この恋愛がどちらにとってもギリギリのところでつむがれていること、社会の片隅に追いやられることの切実さが伝わってきます。王天林の傑作といえるでしょう。

 音楽を担当しているのは、服部良一。タイトルバックでは「作曲 服部良一 音楽 姚敏」となっていますが、「カルメン」のアレンジなどは服部良一が手がけています。めちゃくちゃインパクトのある「說不出的快活」こと「ジャジャンボ」はもともと笠置シヅ子に提供した曲で、日本ではパッとしなかったものの、香港では大ヒットを記録しました。


[キャスト/スタッフ]

 葛蘭は、本作発表の翌1961年に結婚、64年には芸能界から引退します。しかし、その後も『月夜の願い』(1996、監督=陳可辛、李志毅、香港)、『HOLE-洞』(1998、監督=蔡明亮、台湾)や『Our Sister Mambo』(2015、監督=何蔚庭、シンガポール)、『クレイジー・リッチ!』(2018、監督=ジョン・M・チュウ、アメリカ)など、彼女にオマージュを捧げる映画にはことかきません。

 張揚は、当時のキャセイを代表する二枚目俳優。本作でもクライマックスの演技には鬼気迫るものがあり、彼の代表作の1本となりました。
 本作で脚本を担当しているのは、女性脚本家の秦亦孚。もともとは女優でしたが、脚本に転身、本数は多くないものの、『星星月亮太陽』や『啼笑姻緣』(1964)といった大作を手がけています。作品を観ると、やはり女性としての視点が生きている気がします。

 ここまでも何本か音楽のクレジットに名を見せてきた姚敏は、上海時代に服部良一の教えを受けたことでも知られる大作曲家。服部良一に香港での仕事をもちかけたのは、姚敏です。姚敏は、香港時代曲(歌謡曲)のパイオニアのひとりでもありましたが、映画音楽も数多く手がけており、その仕事量とクォリティには驚くばかり。残念ながら1967年に心臓の病で急死してしまい、それをきっかけとするかのように、キャセイも時代曲も往時の勢いを失ってゆきます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?