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ATSUGIの #ラブタイツ 炎上の本質

 バーチャル火祭りが連日行われ冬の寒さも吹き飛ぼうかという今日この頃、皆様はどんなインターネットライフをお過ごしでしょうか。

 11月2日「タイツの日」に合わせてタイツ・ストッキングメーカーのATSUGIがTwitter上で行った #ラブタイツ というプロモーションが炎上していますね。イラストレーターとコラボし、タイツを穿いた女性を艶やかに描いたイラストを大量にリツイートしたため、(一部の)女性の反感を買い一時「性的消費」「ATSUGI」「タイツの件」等がトレンドワードに上る騒ぎとなっています。経緯に関してはねとらぼの記事が比較的冷静で詳細です。

 この件に関し、特に「性的消費」というワードがセンセーショナルだった為に美少女イラストを好むオタクやアンチフェミニストが炎上に反発し更に火種が広がることとなりました。こちらに関しては主に大田区議の荻野議員が火付け役のようです。

 「性的消費」という単語が強く、また意味が不明瞭である為に議論が錯綜しているところがあるので、私なりに論点を整理します。

広告の評価基準「道徳・倫理」と「宣伝効果」

 まず、広告表現の是非を語る時、論点は二つあります。

 一つは、「道徳的な善し悪し」。今回「性的消費」「性的搾取」という単語で批判されているのはこちらの観点です。

 もう一つは、「宣伝効果としての良し悪し」。たとえフェミニストに批判されようと、メインの購買層が被っていなければ炎上のデメリットは少なく、むしろ知名度アップや新規顧客の獲得に繋がることもありえます。

 前者については後述しますが、この炎上が今までのラブライブポスターや献血ポスターの炎上と特に異なるのは後者の点です。今までの炎上では炎上によって失う既存顧客よりコラボによってリーチするオタク層のもたらす利益の方が多かったため、「フェミニストはそもそも客じゃないから」という開き直りが通用しました。特に献血に関してブランドイメージのようなものを考慮する必要性は薄く、たとえ炎上したとしても献血を多く集められたのであれば宣伝として成功だったと言えます。よって「性的魅力を強調する宣伝広告は道徳的に許されるか」という論点に絞られていました。

 しかし今回の炎上では、「タイツを性的に見られることに嫌悪感・恐怖感を感じる人たち」も既存の客層と被り、ブランドを構築する対象となっています。道徳的善し悪しはさておき、「既存の客層からのイメージが下がった」という時点でブランディングとしては失敗となります。対して美少女イラストを好む層の多くは男性オタクであり、既存客からのイメージを犠牲にするほどの利益があるかどうかは未知数です。今後の株価や売上の推移を見なければ効果を詳細に分析することは不可能ですが、ブランドイメージを構築するのは難しく、崩れる時は一瞬だということは覚えておいた方がいいでしょう。

 広告はブランドを作ります。ブランドは消費者の購買行動を左右します。「広告が好きだからあのブランド好き」と選ばれることもあれば、「広告が不快だからもう買わない」と避けられることも当然あります。そのこと自体は誰にも止められないのです。

問題視された「性的消費」とは

 さて、私としては「客に不評だから失敗」で話は終わると思うのですが、前者の「性的消費」に関してもあまりに飛び火しているので整理しておきましょう。

https://twitter.com/ogino_otaku/status/1323364096620728321?s=21

 私は基本的に「非実在キャラクターをどう消費しようが自由だろ」と考えている方です。実在のタレントやアイドルに性的な眼差しを向けるより、紙や画面を凝視して興奮している方がよほど人畜無害でしょう。

 ただ、今回のキャンペーンは使っているアイコンこそ美少女イラストですが、商品のユーザーは実在の女性(がほとんど)です。美少女イラストを使い、タイツを使う女性の艶めかしさを強調した上で「貴方も我が社のタイツを買えばこのように魅力的になれます」というアピールをしているのだから、「そういう目線で見られたくない」という反発を招くのも当然でしょう。漫画やアニメ等の非実在キャラクターの有り様をただ客体として眺め消費するコンテンツと異なり、商品のプロモーションでは「魅力的なキャラクターと自分も同一化できる」と思われることに意味があるため、「同一化した自分も性的に見られる」という感覚を抱くのです。

 これがたとえば実在のグラビアアイドルやタレントを使った場合でも同じです。というかフェミニズムにおける“性的モノ化”の議論は架空のキャラクターに限らず実在の女性を対象に行われてきたので、「二次元だからセーフ」「二次元だからアウト」と単純化できる問題でもありません。

 しかし、ここで一つ重要な点が「性的魅力のある女性を好むのは男性に限らない」という点です。

 過去、セクシーさを売りにした女性向け広告は多々ありました。また、現在でも「モテ」をキーワードにした女性誌は少なくありませんし、セクシーな美少女イラストを好む女性オタクもいます。一年前の記事によると、ATSUGIのTwitter担当者自身が女性であり、コラボしたイラストレーターよむ(こちらは恐らく男性)の熱心なファンであると見られています。Twitter上ではATSUGIの女性社員の少なさから因果関係を見出す声もありましたが、「男が多いから悪い。女の声が通ればこうはならない」と男女対立に持っていくのもまた不正確でしょう。

総括:今回の炎上とは何だったのか

 ・イラストレーターのファンである女性オタク社員がコラボを仕掛けた

 ・一部オタクには受けた

 ・そうでない顧客には嫌われた

 以上のことから端的に問題を総括するなら、「既存の顧客が見る場でオタクの内輪ノリを出してしまったやらかし案件」だと言うことができます。「性的消費」云々は「不快に思った人は何が嫌だったのか」の分析にはなりますが、「何故炎上したのか」の分析には足らないでしょう。

 振り返って見れば、昨今の炎上案件のほとんどは「インターネットがあらゆる階層の人間を繋いだため、内輪ノリが届くべきでない対象に届いてしまった」という風に纏められます。やはりインターネットは悪。




追記:「女性の性的消費=男性目線?」

 上に関連して、興味深いツイートを三つ挙げます。

女性への性的まなざしを「男性目線」と呼ぶような異性愛至上主義の無神経については、ちょっと注意を払ってもいいんじゃないですか。
だって「レズビアンが女性に興奮するのは有害な男性社会の価値観を内面化してるから」的なやべー論理に繋がるようなこと言いたくないでしょ
「男性向けにエロく描かれた女の子のイラストが好きで自分もそれを好んで描く女性」が知り合いにいるのだけど、最近のTwitterはこの属性の人がすごく生き辛いと愚痴をこぼしていて、同情する他に何もできなかった......。当然のようにいない人扱いされてしまうのは、まあ、辛いよなぁ。

 セクシーな美少女イラストを好むのは男性だけではありませんし、オタク女子が好む美少女イラストが「男性目線の性的消費だ」と批判された時、「美少女が好きな私らの存在は無視か」と文句の一つも言いたくなるでしょう。

 ただ、あえて反駁するとすれば、たとえ女性を性的に見るのが男女共にあることだったとしても、女性が日常的に晒され、心身の危険を感じるのは大多数が男性の視線だという点です。例えば男性がゲイの男性に感じる嫌悪感や恐怖感と女性がレズビアンの女性に感じる嫌悪感や恐怖感はイコールではありません。痴漢や盗撮の被害に遭う割合も男女で大きく異なりますし、「自分より体格の大きい人たちに性的に見られる」ということに恐怖感を抱く女性が「男性目線の性的消費」ばかり問題にするのも致し方ないでしょう。

 また、オタクだけでなくグラビアや性風俗産業が批判された時にもよく言われる「フェミニストが女性を叩くのか」という文句。はっきり言ってこれは一貫した考えの無いただの感情論です。

 逆に考えてみて下さい。フェミニストがもし女性を批判しなかったら。同じイラストを描いても男性なら批判され、女性なら許される。男性は性的搾取を批判され、女性なら許される。……そんなのただの「女性絶対主義」です。

 女性を批判すれば「フェミニストなのに女性を叩くのか」と言われ、女性を批判しなければ「ご都合主義のダブスタ」と叩かれる。あまりに理不尽でしょう。フェミニスト嫌いを拗らせて論理的思考ができなくなったとしか思えません。


 これはフェミニストにもアンチフェミニストにも言いたいことですが、男性にも差別的な人とそうでない人がいます。女性にも差別的な人とそうでない人がいます。フェミニズムが“女性絶対主義”でない一貫した思想であるならば、必ず女性と衝突することがあります。ゾーニングを徹底すれば、性的魅力を商売にしている人の食い扶持は減ることにもなります。一部の女性からは「女の敵」と見られることでしょう。それ自体は必然であり矛盾ではないのだという前提に立って、どうぞ自分の信念を賭けた殴り合いを続けて下さい。

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