見出し画像

部屋の片づけ地獄・ピアノからあげ天国

母親を介護したり、施設にあずかっていただき、何かあったときにサポートするという生活をしていた時期、まったく家の整理をしなかった。

しかも、東京は一年間のうち五か月近くは(私にとっては)酷暑、暑すぎてまずエアコンのない部屋に入れない。
1月、2月は、寒すぎて作業する気が起きない。
つまり一年間のうち、八か月は部屋の整理などできないのである。

そんなこんなで、プラケースを8個買い、自分の部屋の隣の、物置と化した部屋を整理し始めたが、ケースが8個でも足りなかった。
作業も終わらなかった。

自室の隣の部屋(仮に「隣部屋(りんべや)」と呼称す)にはずいぶんと長い間、入ったことがなかったがいざ入ってみると、まず「人間が立つ場所」を確保するのが大変だった。

この部屋を占拠しているのは、主に書籍、マンガ、同人誌だ。
ここで、私は最終決断を下すことにした。

「いまだに読んでいない本でも、今後読まないだろうと思った本は捨てる」

という決断である。

この辺、説明してもなかなか理解してもらえないのだが、若いうちは、
「こういう本も読んでおくべきではないのか」
「こういうむずかしい本にもチャレンジするべきでは」
と思い、買った本も多いのだ。

しかし、買って20年間読まなかった本は、今後20年間、読まないだろう。
というわけで、決断して捨てた本もあるが、結局はたいした数にはならなかった。

あたりまえだが、読むつもりのない本を買う人間はいない。必ず読むつもりで買ったわけで、それを「もう読まないだろう」と決断することは、これはもうはっきり言って、自分の人生に終末を規定しているということだ。

つらい。悲しい。涙が出てくる。

3月の陽気の不安定だし、花粉症はひどいし、まる一日使っても「隣部屋」の整理は終わらないし、プラケースも買い足さないといけないので、今日は何もいいことはなかった。

たったひとつ、荒れ果てた土地に、一輪の花が咲いているのを見たこと以外は……。

おしまい



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?