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赤い秋

 銀杏並木がとても綺麗な季節になった。そういえば銀杏並木ってのはとても人工的で、不自然なものだ。
 桜並木もそうか。
 並木とつくもののほとんどは人工的なものなのかな。それでも吉野の山の桜のように不自然ではなく、山一面が桜という場所もあるが、不自然ではなく銀杏が一面に広がる景色を僕は知らない。

 そこまで考えて、やっぱり銀杏並木は不自然で人工的なものだと思った。

「街の秋は黄色くて、山の秋は赤いんだよね。」
「久々に赤い秋が見たいなぁ。」

 むかし、陽子がそう言っていたことをふと思い出した。僕は赤い秋は少し怖いと思った。

 僕と陽子は田舎の出身だった。田舎が嫌で仕方なかった僕と違い、陽子は田舎は田舎でいいところがあるという感じの子だった。その1つとして、「田舎には色がある」と四季を色に例えて話すのが好きだった。

 桜が咲く春はピンク。草木が生い茂る夏は緑。紅葉の季節の秋は赤。雪が降る冬は白。誰もが思いつきながら、言葉にしないことを陽子は言葉にしていた。僕は驚きもせず、その当たり前を無言で聞くだけだった。

 高校を卒業し、それぞれお互いの進路に進んだ。僕は大学。陽子は専門学校。高校時代はただのクラスメイトだった僕らはお互いの進路を知ることもなく卒業し、都会に出た。
 田舎が嫌で仕方なかった僕は都会にいるだけで何かできるようになった気になり、毎日が楽しかった。大学生という肩書きを持ちながら、毎日やることはアルバイトと飲み会、デート。一昔前の映画で描かれている大学生活を僕は一生懸命謳歌した。

 ある夏の日、たまたまカフェにあったフリーペーパーについていたクーポン券を持って行った美容室に陽子がいた。
「陽子?」
「智?」

 僕らはお互いのLINEを交換し、その日からLINEのやりとりが始まった。最初は特に色恋の会話はなかったと思う。というか、僕は彼女がいたし、田舎の同級生というだけで陽子にそんな感情を抱かないと思い込んでいた。

 陽子が何を考えていたかは分からないが、結局陽子が僕を「好き」ということは無かった。

 毎日のLINEを楽しみにし、毎日毎日送るのも「ハマっている感じでカッコ悪い」と1日置いてみたり、前回は僕が送って陽子から返信がないまま中断したので、陽子から送ってくるまで待つ。逆の場合は少し焦らして?「おはよう!」と送ってみる。
 そんな過ごし方をするとやっぱりハマるのは僕の方で、3ヶ月を待たずに「付き合ってほしい」とLINEで送ってしまった。
 陽子からは「い〜よ〜」というそっけない返事が来たが、陽子は絵文字もあまり使わないし、これまで「〜」ではなく「ー」しか使ってなかったので、僕は少しテンションが上がった。
 本当に馬鹿馬鹿しい。

 僕はらは夏に再開し、LINEを交換して、秋に付き合いはじめた。最近は秋の色が付きはじめるのが遅く、あっという間に冬になる。
「なんか、日本の四季って冬→夏→冬。みたいな感じだよね?小春日和とか、初夏とかむかしはもっと細かく四季ってあった気がするなぁ。」
僕は陽子と並んで銀杏並木を歩きながらそう言った。

「街の秋は黄色くて、山の秋は赤いんだよね。」
「久々に赤い秋が見たいなぁ。」
僕の言葉に対しての回答なのか、全く関係なくなのか陽子はそう答えた。

 赤い秋が見たいという陽子の願いがどれくらいのものなのかは分からなかったし、赤い秋の期間も短かったため、僕が陽子を赤い秋の場所へ連れて行くことがないまま、白い冬がやってきた。

 その頃から陽子は少しうつむくことが増えたように思っていたが、特に鬱だとか、病んでいるだとか、悩みがあるとか、とにかく大きな問題には思えなかった。今日と同じ明日が来て、明日と同じ明後日が来る。僕はそう思って陽子と過ごしていたと思う。

「白い冬っていうか、灰色なんだよね。」

この言葉を最後に陽子はふっと居なくなった。働いている美容室にも行ったが、もう随分前に辞めているということだった。

 その日、朝から僕は2人分のお弁当を作り、大きすぎる鞄にお弁当とお茶を入れ、赤い秋を目指した。
 多分、陽子が言っていた赤い秋はテレビや雑誌に載っている紅葉スポットではなく、どこの田舎でも見ることができる緑と赤の秋なんだと思う。
「本当は田舎に帰ればいんだろうけど。」と呟きながら、僕らの田舎ではなく、都会から少し離れた誰の田舎かわからない田舎へ向かった。

 僕は大きな鞄を持ちながら、少しだけ景色が開け、赤い秋が感じられる場所を探した。思っていた以上に早くその場所は見つかった。

 レジャーシートを広げ、お弁当を並べ、鞄から毛布にくるまった陽子だったものを取り出した。

 そう、あの日陽子は「智といても、カラフルじゃなかった。秋も冬も灰色。きっと春も夏も灰色なんだと思う。」というと続けて、「別れよう。」と行った。

 ほら、僕と一緒にいてもカラフルな四季はあるだろう?赤い秋はあったろう?冬も灰色じゃなくて、きっと白いと思うよ。とつぶやいた。

 あぁ、そうか僕が赤い秋が怖いのは陽子の血の色と同じだからかと納得をした。

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