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美を求める心【芸術の秋】

どうも。日刊【書くメシU30's】土曜日担当の西嶋(@ultrarunnerman)です。

さて、秋シリーズということでこれまでにスポーツ、読書というテーマで書いてきました。今回は、芸術です。

自分と芸術について。そして最近であった芸術についてざっくばらんに書いていきたいと思います。

私と芸術

皆さんは、定期的に美術館に足を運んだりしますか?

私はというと、高校生ぐらいまでは芸術にまったく興味がなかったのです。
ただ、大学生の時に所属していたサークルで紹介された『考えるヒント3』という小林秀雄氏が書かれた本のなかの美を求める心という章にハッとさせられたのがキッカケで鑑賞に目覚めました。

見るとか聴くとかいう事を、簡単に考えてはいけない。……頭で考える事は難しいかも知れないし、考えるのには努力がいるが、見たり聴いたりする事に何の努力が要ろうか。そんなふうに、考えがちなものですが、それは間違いです。見ることも聴くことも、考えることと同じように、難しい、努力を要する仕事なのです。

これまで絵にしても音楽にしても、考えることと違って見るや聞くは受動的なものになっていたことに気付かされた一節でした。耳に入ってきたり、目に入ってきたものをそのまま受け入れてじっくりと味わうようなことをしていなかったなと。

言葉は眼の邪魔になるものです。例えば、諸君が野原を歩いていて一輪の美しい花の咲いているのを見たとする。見ると、それは菫の花だとわかる。何だ、菫の花か、と思った瞬間に、諸君はもう花の形も色も見るのを止めるでしょう。諸君は心の中でお喋りをしたのです。何んだ、菫の花だったのかとわかれば、もう見ません。これは好奇心であって、画家が見るという見る事ではありません。画家が花を見るのは好奇心からではない。花への愛情です。愛情ですから、平凡な菫の花だと解りきっている花を見て、見厭きないのです。

これはもうズバリでした。美術館に行っても絵の隣にある解説文を読んだ瞬間に興味を失っている自分がいました。もっとそこにある美しさ、作り手が伝えようとしていた感動や愛情に近づいていくためには、わかったつもりにならずにただ、そのものを見続ける必要があるなと思いました。

そこから旅行のときには、近場に美術館がないか探して興味があるものには足を運ぶようにしていました。

写実とは何か?

つい最近ではあるんですがホキ美術館×ヨーロッパ近代美術館 日本とスペインの現代写実絵画を楽しんできました。

これ写真やないと?
って思えるほどの作品がズラリ。

写実絵画だけをじっくりと観たのは初めてでしたが、写生との違いを絵画やギャリートーク等を通じて少し体感できた気がします。

とある、画家さんが写実についてこのように述べられていました。

写実とは、物が存在するということな全てを二次元の世界に描きとろうとする一種無謀ともみえる絵画制作のあり方。物がそこに在るということを見える通りに、触れる通りに、聞こえる通りに、匂う通りに、味のする通りに描きとろうとする取り組み。

見える通りに、聞こえる通りに、匂う通りにとはいっても、どこかでその描き出し人の主観が入ってくるはずです。その画家さんが見えている色や音色、味はみんなが同じように感じているものだとは言い切れないからです。

ただ、その主観が少し入り混じっているからこそ写真とは違う要素が混じって面白いのではないかと感じました。

とにかく画家さんの観察力に驚きを隠せませんでした。

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観るということ

余談ですが、ギャラリートークの時に島村さんがされて興味深かった。

島村さんが学生の時に教鞭をとっていた美術教師は、生徒の12色の絵の具から黒を抜きとっていたらしいのです。

なんででしょうか?

それは、安易に黒を使えると観なくなってしまうから。
影はしっかり観ると黒ではないし、境目も黒ではない。

ただ、一瞬観ただけで、私たちは黒と判断してしまうのです。
小林秀雄さんの話ではないですが、わかった気になってしまうとそれから影はずっとその人にとっては黒のままです。

この話は他の何かにも置き換えられるような気がしました。

例えば、人。

その人は青(冷たい人)だな。と決め込んでしまうとずっと何か大きな出来事がない限りそのイメージは払拭できないでしょう。

私達は、いま見ているもののことをどれだけわかっているのでしょうか?

私の心は美を求めていたし、そんな問いが心地よく感じる芸術の秋でした。

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