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他に選択肢はなかった〜 #舞台BIRTHDAY 〜

新宿シアタートップスで、舞台BIRTHDAYを見てきました。

随分と時間が経ってしまいましたが、感想を書いて行きます。


作品情報

原題 BIRTHDAY (初演 2012年)
著者 Joe Penhall
翻訳 小田島創志
演出 大澤遊
主演 阿岐之将一、宮菜穂子、山崎静代、石山蓮華

あらすじ

舞台はイギリス。エドとリサは30代の夫婦。
2人は、2人目の子供(娘)を夫であるエドが妊娠することを選択した。
計画的に8ヶ月を過ごし、いよいよ出産のために2人は金曜日の公立病院に向かう。

促進剤を投与されたエドは苦しむが、いくら呼んでも助産師も医者もなかなかやって来ない。
エドとリサは出産の時を待ちながら、金曜日の夜を過ごすのだった。


他に選択肢はなかった (以下ネタバレあり)


──「僕が妊娠できるなら、僕に娘がいてもいい。」

私は子供を望んでいるが今だに子供のいない女なので、エドのこのセリフは心にとてもずしんと来た。

どうやらこの世界では『ヒヤマケンタロウの妊娠』のように男性が自然妊娠する訳ではなく、医療で男性の妊娠出産が可能になった世界らしい。

エドはあくまで自らの意思と選択により、女の子の受精卵を選び、計画的に女の子を妊娠したのだ。

しかし、(エドの言い分の通りが正しいのであれば)ホルモンの影響なのか、痛みのあまり不平不満が止まらないエド。

そんなエドに、妻のリサは「私立病院に行けばよかった」と言い放つ。

2人は治療費が高い私立病院ではなく、公立病院を選択して来たのだ。

イギリスの私立病院での出産といえば、キャサリン妃が第三子を出産したときに産後7時間のスピード退院をして話題になった。

あの時も「それが当たり前だと思われたら困る。あれはロイヤルファミリーが万全の医療体制で出産できるからだ。」という旨の意見がツイッターで盛り上がっていたのを記憶している。

どうやら、この夫婦はリサが働いていて、エドが息子チャーリーの面倒を見ているらしい。
エドも元々は働いていたが、そもそもリサの方が給料が高いことが会話の端々から分かる。

そう言えば、演劇には夫婦の対話劇が多いって授業でやったな〜と思い出したりした。

リサは「私立病院なら適切な治療をもっと早く受けれたはず」という旨のことをエドに散々言うが、エドは金銭的な理由で「他に選択肢はなかった」と言う。

「他に選択肢はなかった」

この言葉は、エドとリサの会話で何度も繰り返される。

私立病院ではなく公立病院にしたのも、リサではなくエドが妊娠したことも、他に選択肢はなかったと。

"There is no alternative."

サッチャーのこの言葉が、私の頭の中で響いた。

ちょっと調べてみると、NHSはサッチャー政権下で大改革が行われたらしい。

残念ながら、私は戯曲の原文に簡単にアクセスできる環境にはいない。
そのため、原文がどうなっているかは分からないが、この辺もおそらく意識されているのだろうなと推測する。


それにしても、他の選択肢って?

しかし、捨ててしまった選択肢がどうしても気になる。

どうやら、エドとリサの妊娠をめぐる選択には、口にするのも「おぞましい」選択肢もあったらしい。

どんな選択肢があったんだろうか。

結局、その選択肢について劇中で具体的に語られることはない。

ただ、私が想像するに、おそらくリサが再び妊娠するという選択だったのではないか。

最初は2人が話し合って決めたという風に取れるのだが、次第にリサが第1子のチャーリーを出産した際に病院の不手際もあり、子供を産めない身体になったということがわかってくる。

それとは別に、リサはエドが妊娠したメカニズムについて「人工の子宮に、人工の羊水を使って…」と表現している。

つまり、そもそも妊娠出産ができない男性が人工物を使って妊娠できるのであれば、子供が産めなくなった女性が「人工の子宮」や「人工の羊水」を使って妊娠することだって、技術的には可能なのではないか。

それは、確かに「おぞましい」、グロテスクな選択だろう。

この劇を見た後に、たまたまマリーケ・ビッグ著の『性差別の医学史 医療はいかに女性たちを見捨ててきたか』(双葉社、2023年)を読んだ。

この本は、医学がいかに男性の身体を標準と見做して来たか、女性の身体が医学の世界において妊娠出産という生殖行為に紐付けられて来たかを考察している。

ビッグは最後の章で、未来の医療技術について書いているのだが、その中で「人工子宮」について詳しく論じている。

もちろん、この劇のように男性の妊娠を中心にした話ではなかったが、人工子宮が現実的なものになれば、女性の身体は生殖のみに定義されることから解放されるのではないかという話に劇のことを思い出した。

ちなみに、この本は著者の経験も交えて書かれており、内容も女性であれば馴染み深いもので、大変読みやすく刺激的で面白い本だった。
自分の女としての身体を考える上でも、とても役立った。
こうした分野に関心のある人にはオススメの一冊だ。


演技について

内容について書いてきたが、演技についても触れておきたい。

石山蓮華さん目当てで行ったが、主演の阿岐之将一さんの演技がとても素晴らしかった。
(もちろん蓮華さんも、彼女のキャラクターに合った演技でとてもよかった。)

阿岐之さんの会場中に響き渡る怒りの声、うめき声の迫力。

一方で、特に妊娠出産をめぐり傷ついたリサの過去を回想し「あの時僕も死にたかった…」と涙ながらに告白する場面は、思わず泣いてしまった。

エドはずっと文句を言い、リサに八つ当たりをしているが、もう妊娠出産で彼女に傷ついてほしくないと切実に思っていることがよく伝わって来る演技だった。

他にも、ずっとエドを苛つかせていた助産師のジョイスと部屋に2人だけになり、心が一瞬通じ合うが、次の瞬間にはそれがパッと解けてしまう場面は、山崎静代さんの演技もあいまって、とても心に残った。

ちなみに、しずちゃんは背筋がピッとしていて、とても立ち姿が綺麗な人だった。さすがアスリートだ。

まとめ

石山蓮華さんが出演されるみたいだし内容も男性の妊娠、NHS制度についてしかも翻訳が小田島創志さんということで、「これは行った方が良さそう!!」と即予約。

勢いまかせだったので若干不安だったのですが、はじまってみれば大満足の1時間45分でした。

ただ、狭い劇場だったのでちょっと座り疲れちゃったのが残念でした。

でも、これに懲りずに、これからも気になったお芝居は積極的に見に行きたいと思います!

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