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毛玉の家のレビュー:マダミスとホラーが融合した良作

マーダーミステリーとホラー、どちらも死や負の感情を取り扱っているので一見すると親和性が高そうに感じるのですが、根本的な部分で方向性が異なっているため、実は併存させるのが非常に難しい題材です。
実際、これまでにもホラーを題材にしたマーダーミステリー作品はいくつもありますが、ホラーとマダミスを両立させているのは絶無でした。
しかし『毛玉の家』は見事にホラーとマダミスを融合させて1つの作品として昇華しています。
また対面マダミスにもかかわらずプレイ中にウズアプリを利用しますが、それによって没入感とプレイアビリティをも両立させています。

ホラーの怖さとはなんでしょうか。それは想像力による不安がもたらす緊張であり、非合理性の中に怖さが存在しています。
お化けに襲われるかもしれないという不安、いつどこで出てくるかわからない不安、襲ってきたモノの得体が知れないという不安、これらのジレンマによって緊張状態が生み出され、それが恐怖につながります。
押入れを開けたらお化けがいる"かもしれない"という蓋然性が怖さの元であり、正体がわからないからこそ想像の中で恐怖がいくらでも膨れ上がっていきます。ところが正体がわかってしまうと想像の余地はなくなります。
人間には対処できない怪物と対峙するという実存的な恐怖は残りますが、ホラーとしての恐怖はもはやありません。暴漢に襲われる、猛獣や怪物と遭遇するのも「怖い」と表現しますが、それは生命の危機であってホラーではありません。
つまりホラーによる怖さは現実と非現実の狭間、非合理性の中で生まれ、成長するものです。

一方でマーダーミステリーの犯人探しは合理的な思考が求められます。
客観的な証拠からアリバイや凶器を探り出し、蓋然性を絞っていきます。そこには曖昧さは存在せず、感情ではなく論理が優先されます。
魔法や怪異といった超自然的な存在があっても良いのですが、それらにも一定の論理が必要です。さもなければミステリーとして成立しないでしょう。
アリバイや凶器など関係なく、不条理に怪異に襲われて被害者が死んだという結末では、ホラーでは成立してもミステリーでは納得性がありません。そこに論理的な推理の筋道が存在しないからです。
だからこそ京極夏彦氏らのホラーミステリーでも、ミステリーとして成立させるために京極堂が言うところの「憑物落とし」という論理的な解明が存在しています。
ホラーに求められるのは曖昧さであり不条理性である一方、マーダーミステリーでは1つの事実と合理性が求められ、それぞれが対極にあります。
プレイヤーが犯人探しを推理しているとき、真逆のベクトルである怖さは同時に感じられません。
それゆえに既存のマーダーミステリー作品は、ホラーテイストではあってもホラーにはなり切れていませんでした。

ではホラーとマーダーミステリーが両立しないのかというと、実はそんなことはありません。自分ごととして感じられるかどうかがポイントになります。
既存のマーダーミステリー作品に欠けているのはこの点です。
マーダーミステリーは没入感を大事にしているとはいえ、プレイヤーとプレイヤーキャラクターの間には第四の壁が存在しています。そしてプレイヤーとしての推理の思考とプレイヤーキャラクターとしての恐怖が正反対であるからこそ、両立しえないのです。
Jホラーが怖いのは観客の日常の生活空間に作品が侵蝕してくるからです。観終わった後も観客の想像力によって疑似的にイマーシブさを体験できます。
もしかしたら映画で見たお化けに自分も襲われるかもしれないという感覚です。

『毛玉の家』では作者の古い一軒家へプレイヤーが招かれ、過去に起きた実在の未解決事件を題材にしたマーダーミステリーをプレイする、しかも一軒家を歩き回って探索することになります。
その一軒家も昭和感が漂うけれん味ある建物で、いかにもという雰囲気を醸し出しています。ホラーで重要なのは雰囲気づくりで、ゲームがスタートする前からそれに成功しています。
そこではゲームとリアルの境界が曖昧になっています。だからこそ、自分ごととして恐怖を感じることができます。

そしてウズ上で1週間で公開停止になったというのが、ウズをプレイ中に使用する理由付けになっています。ウズを利用することでゲームのプレイアビリティとリアリティが両立できています。
プレイヤー自身が作品世界に没入する作品ではLINEアカウントを使って情報収集するものがありますが、正直なところプレイアビリティが高いとはいえません。
情報の見やすさ、検索性、他人との共有性に著しく劣っているからです。
その点、ウズであればマーダーミステリーをプレイするためのアプリであり、情報の入手や整理においては快適にプレイすることができます。
対面のマーダーミステリーではバインダーやカードといった紙が使われていますが、この点でいえばほかの対面作品でもウズを取り入れることでプレイアビリティが向上するものはありそうです。

マーダーミステリーという観点では、難易度はかなり低いといえます。歴戦のベテランでホラー耐性があるプレイヤーであれば物足りないと感じるかもしれません。
ただ、怖くて推理に集中できないという方もいるでしょうし、ホラーとマーダーミステリーという2つが融合した体験と捉えれば不満ということはありません。むしろ初心者でも楽しめるでしょう。
あえていえば世界観で少しわかりづらい点がありますが、少し想像すれば補える程度です。
またプレイ中はずっとウズを使うことになるので、スマホの電池残量は注意する必要があります(現地で電源はお借りすることができます)。

マーダーミステリーとホラーを両立させた作品というのはいままでなく、また体感型コンテンツとしても楽しめるという点で、また1つマーダーミステリーの新たな境地が開かれました。
こうした体感型マーダーミステリーがもっと出てくることを期待しています。

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