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二月三日、三段リーグの退会が決まった日

僕の将棋人生の感想戦をたくさんの人にお読み頂き、温かい言葉も頂いて大変嬉しかったです。おかげさまで次に向かって歩み始めることができました。
皆さんありがとうございます。

今回は退会が決まった日について当時の気持ちが残ってるうちに書き残したいと思います。ようやくこの日についてちゃんと向き合える状態になりました。ぜひよろしければお読みいただけますと幸いです。



2024年2月3日。

連敗したら退会という状況で、この日を迎えて対局に臨んだ。奨励会生活の15年間が、終わるかもしれない。そういう可能性がある日だった。

朝6時に目が覚める。軽く外を散歩する。家に戻って、その日の作戦の概要を再確認。
7時40分家を出る。
自転車を漕いで関西将棋会館に向かう。
8時に三階の棋士室に着き貫島三段とウォーミングアップで早指しを一局指す。いつものルーティーンだ。20分ほどで一局が終わる。少し話す。
8時45分。5階の対局室に向かう。
ここずっと変な緊張をしており、気持ちがずっと悪い。連勝するしかないと心に言い聞かせる。
盤の前に座る。盤の前では、いつも何故か気持ちが落ち着く。緊張が解け集中をする。
9時になって、一局目が始まる。
中盤で千日手になった。
すぐ指し直しを始める。
苦しくなる。
藻掻くが、負ける。
終局が遅いのもあって感想戦は短め。
次負けたら退会という状況になる。

次の対局は40分後と幹事に告げられる。3階の棋士室で、支給された弁当をかきこみ、机に一人頭を突っ伏して寝る。いつも通りで、二局目の前は、負けても悔やむ感情は起きないし、暇もない。次に備えて休む。しばらくして宮田三段が棋士室にきて、何か話した気がする。次の対局の相手の事とかだろうか、あまり覚えてはいない。

14時40分頃二局目が始まる。
序盤で千日手になる。
指し直しが始まる。
優勢になる。
勝ちがある局面になる。
チェスクロックを見る。自分の残りの持ち時間は15分、読み切れれば勝てる局面。読み切ろうと、じっと考える。
何故か頭に負の感情がよぎる。

どうせこれも負けちゃうんじゃないか。

ここの所連敗をする夢を頻繁に見ており、その積み重ねが心に溜まっていて、極限状態で弱気な気持ちが頭に漏れた。
歯を食いしばり、集中し直す。勝ち筋を見つける、が、指そうと思ったら、その手の先の変化で嫌な変化がある事に気付いた。他の代案を探す、残っていた15分がなくなってきて時間が切迫する、中々決断ができない。最初の案の、嫌な変化の先が案外難しい気がしてきて、その手を決断した。案の定向こうは的確に嫌な手を指してくる。お互い持ち時間を使い切って、一手60秒の、秒読みに入る。
そこから泥試合になって負けた。
感想戦をする。その時は何も感じなかった。

感想戦が終わり、5階の対局室を出る。そのまま誰にも会わずに階段を降り、無意識で自転車に乗り家に着く。ドアを開ける。一人暮らしなので誰もいない。布団が敷きっぱなし、物が散らかったまま。布団に倒れ込む。
ここで気持ちが溢れてきて、この日初めて泣いた。

終わった。消えたい。怖い。消えたい。

三段リーグを戦っている時は退会したら消えて無くなれば良いと思ってたし、それが楽だと思っていた所もあった。でも、実際消えるのを考えると怖くなってくる。しかし、恐怖より消えたい気持ちが強く溢れてくる。自分が何だか不味い感情に支配されてきていると、危機感を持ち始めた。


自分自身に、消えるか、それとも自分に抗って生きるかの二択を突きつけられた。


放心状態で考えていると、何となく台所に目がいく。本能的にヤバいという感情がおきる。心が限界を迎えてる。もう残り時間は余り無さそうだ。生きるなら、早く決断をして、何か行動をしないといけない。生きる為に疲弊しきった頭をもう一度必死に働かす。今一番やりたくない事を考える。キツイときこそキツイ事をすれば乗り越えられるという奨励会生活の知恵があったからだ。
その時一番やりたくないと思ったのは結果の報告だった。
退会が決まった現実をはっきり自分に認めさせるからだ。連絡方法はラインを用いて文で送るか、電話かの二択。
文で送るより、電話の方が相手の声も聞くし、何か話さなければいけない。身体全身がハッキリと拒否をする。
身体の反応を見て、これしかないと確信をする。これが駄目でも、最低電話をしている間は生きていられる。
でも今より更に、しんどい思いをしないといけないのか。流石にもう心が耐えられる気がしない。
やっぱり消える方が楽か。
自分の気持ちに飲み込まれそうになった時、昔の楽しい仲間との思い出が蘇る。それと同時にここまで藻掻いてきた悔しさも湧いてくる。

抗うか。

発信ボタンを気合いを込めて押す。
師匠に連絡した。

今日で、連敗で退会になりました。今までありがとうございました。

泣きながら報告をする。師匠から悲しい声が返ってくる。と、同時に師匠との思い出が頭に浮かぶ。
親に連絡する。申し訳ない気持ちで、いっぱいだった。それと、本当に今までありがとうの気持ちしかない。声を聞いて、子供の頃の思い出が浮かぶ。
発信ボタンを目の前にして、常に押すか迷いながら重い指をエイっと動かして、お世話になった人にどんどん連絡をする。声を聞くとやっぱり、その人達との昔の思い出が浮かんでくる。
段々と全身に力が戻ってくる。
しばらくして、何だかお腹が空いてきた。コンビニでラーメンを買いに行く。食べる。美味い。元気になった。涙が引いた。
少し前まで、生きる気力も無くなっていたはずなのだが、元気になった。それから親しい同年代の仲間のラインのグループに、電話をする。楽しく会話ができた。

いや、酷いんだよラーメンを食べたらもう元気になっちゃってさ 単純すぎるんだよ。才能か?
明るく話す。

仲間も笑う。いつも通りだ。

いつも通りに戻った。抗いきったんだ自分は。
自分は関わってきた人に、思い出に、また、助けられた。
これまでの奨励会生活でも辛いことはたくさんあった。
そのたびに、人に、思い出に、助けられてきた。
感謝しかない。

勝負師は完全に孤独で、本当の自分の気持ちは周りには分からない。
そう考えていた時期もある。
実際のとこ、本当の気持ちは、周りには分からないと思う。
でも間違っている部分がある。完全に孤独は嘘である。勝負師の前に一人の人間だからだ。盤上では孤独だ、それは本当だと思う。でも人生は違う。本当に追い詰められて、本当に一人でどうしようも無くなった時、人は、周りの人の力に助けられるし、助けを求めることができる。盤上では反則だが、人生では反則ではない。


これからも、この気持ちをずっと忘れずに生きていたいと思う。


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