八重歯


僕にはおばあちゃんがいる。


僕のおばあちゃんはこの世で一番優しい人だ。


歯並びが悪いのがコンプレックスで悩んでいた中学生の僕に「八重歯かわいいね。」と言ってくれた。


それから僕のコンプレックスはひとつ無くなった。



上京してからはおばあちゃんに会う機会も減ってしまった。


東京で生活するようになって3~4年が経ったある日お母さんから連絡が入った。


「おばあちゃんが認知症になって施設に入所したから一度顔を出してほしい。」


僕は東京から地元の愛知に帰った。


お母さんが近くの駅まで車で迎えに来てくれた。


施設に向かう道中、お母さんは言いづらそうに僕に言った。


「認知症がかなり進んでいてもしかしたら賢太の名前を覚えていないかもしれない。」


僕は覚悟して会うことにした。


施設に着き、個室へと案内され数年ぶりの対面。


「東京からわざわざ来てくれたの、賢太くん。」


僕のことをしっかり覚えてくれていた。


少し痩せてしまったけど元気そうで安心した。


それからしばらく談笑し、あっという間に帰る時間になった。


帰り際、突然おばあちゃんに呼び止められた。


「賢太くん。」


僕は「どうしたの?」と聞いた。


おばあちゃんは答えた。


「ここに来た時からずっと上唇のところにキャベツの芯挟まってるよ。」


僕のかわいい八重歯の事は覚えてくれていなかった。


コンプレックスがひとつ舞い戻ってきた。


へぇ〜、コンプレックスって舞い戻ることあるんだぁ〜と思った。




























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