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博士のアルバム 10話

 先生のところに来て一年が経った。私は自分の過去を打ち明けようと何度も言いかけては止めた。先生は私にいろんな話をしてくれた。穏やかで決して人を悪く言わない先生。打ち明けたかった。誰かに言えば楽になれるとずっと思っていた。それでも言えなかった。信頼関係が崩れるのが怖かったからだ。

 私の母は家庭におさまるタイプの女性ではなかった。
私が幼稚園に通い始めた頃からだ。パートに出た母は浮気に走った。
父は冴えない男で、稼ぎが悪いと母は言った。
「あんなのと結婚するんじゃなかった」と毎日私に愚痴をこぼした。実際、父は何度も転職していた。その度、母は父に怒りをぶつけていた。父の言い分は「仕事が合わない」「人間関係がうまくいかない」といった子供じみたものだった。そうであったにせよ、子を持つ身。どこに就職しても、すぐに仕事を辞めてしまう父に対して母は呆れていた。私は、そんな父を物心ついた頃から嫌うようになっていた。

 小学生になると、父は毎日家にいた。私が学校から帰ると、父はリビングのテレビの前でゲームをしている。 「おかえり」 振り返って言う父。「一緒にゲームするか?」と私を誘う。
前に父と一緒にゲームをしていた時、仕事から帰ってきた母がものすごい勢いで父に怒鳴った。
「この子は宿題があるんだからゲームに誘わないで!」
それから私を部屋に連れて行くと母は言った。
「お父さんと同じようにしてたらだめ。頭が悪くなっちゃうから。あなたは勉強していい大学に行くのよ」
「でも、お父さんが働いてないからお金ないんでしょ。大学のお金払えないんじゃない」 「あなたは心配しなくていい。お母さんがなんとかするから」
母は私のことを大切に思ってくれる。
この日から、私は父と口をきくのを止めた。



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