作品「Fool on the hill」
Fool on the hill
あの頃
私は
休日の午後になると
いつも散歩に出かけていた
こげ茶色のスニーカーを履き
二時間以上をかけて
じっくり歩いていた
淋しげに鹿たちが暮らす
ささやきの小径
苔むした石燈籠が無言で並ぶ
春日大社
午睡にまどろむ奈良を一望できる
二月堂
三百年ほど時が凍りついたままの
東大寺裏道
最後に
何もない
飛火野(とびひの)
私は
飛火野のいつもの場所に腰を下ろす
丘の上の桜の下で
もの想いに耽るのだ
まわりでは
鹿たちが
一心に草を食んでいる
遠くでは
無数の小さな羽虫が
光の中で揺らめいている
一匹の蟻が私の背中を
行きつ戻りつ
さまよっている
私は
これらのことに
無関心なまま
丘の上で過ごしている
遠くの木々と空を眺めている
そして
少しずつ
私と風景の境界線が失われていく
日が西に傾きかけた頃
私は
おもむろに立ち上がり
そのまま
夕陽に
吸い込まれるように
帰っていった
そんな日の夜
私は
夢見ることも忘れて
よく眠ったものだった
『歩きながらはじまること』(七月堂)
『朝のはじまり』(BOOLORE)
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