西尾勝彦
『光ったり眠ったりしているものたち』と『なんだか眠いのです』に収録されている作品です。
自己紹介とイベントに関連する記事をまとめています。
小詩集『白い火、ともして』です。
なにも起こらない物語のような連作詩です。
2012年刊行の詩集『言の森』収録の全作品です。上の作品から目次順となっています。
お知らせです。 作品「言の森」が、中学校の国語教科書(三省堂)に掲載されることになりました。 巻頭の詩として載るようです。 令和7年度(2025年4月)から、全国の中学3年生が読んでくれることになります。 たくさんの若い人たちに読んでもらえることをうれしくおもいます。 実は、私の仕事は高校の国語教員です。 校種が異なるので直接教えることがなく、その点は、ほっとしています…。 このお話をいただいた時、とても驚きました。 私は詩人として、いわゆる詩壇といったものから
誰もいない 平日の昼間 小川ぞいのM公園には 誰もいない 少し古い じいさんが ほっとベンチに腰を下ろして 背中をまるめて パンを食べている 今日という日は すこしあたたかい 白いこぶしが ほろほろと 咲いている 桜は つぼみに 色を与えはじめた すずめたちは 鳴き声を 空に響かせている ここは ぽっかりと 何もない感じがしていて それが どこか心地いい じいさんは ずっとさがしていた 銀色の光をみつけたように 公園から また 誰もいなくなった
こたつ主義とは何か? いつだったか 友人Kが主宰する こたつ主義者の会合に よばれたことがあった ひなぎく荘という 古い木造アパートの 二階の部屋は 冬なのに陽あたりがよく すでにふたりの先客もあった こたつの上には みかんが積まれている おじゃまします と おこたに足を入れると 中から にゃーん と 猫のくぐもった声がした 会合では こたつ主義とは何か 理想のこたつ生活 こたつと本 こたつとコーヒー こたつとお茶 こたつとみかん こたつと猫 こたつと湯
純粋な空 むかし 男と女が むつまじく暮らしていた ある時 男は女に 何かほしいものはあるか と訊いた 女は 別にほしいものはないわ と言った 男が いや何かあったらうれしいものを と しいて言うと 女は じゃあ……純粋な空がほしいわ と言った 天井を見上げた男は 女の言っていることが分からなかった それなのに男は 分かった とだけ言って 外へ飛び出していった 男はいつまでも 帰ってこなかった 女はいつまでも いつまでも待っていた 男は 毎晩 つめたい星の ひと
バイエル 焼き肉の煙が目にしみる鶴橋の駅。ざわつく改札を抜け高架沿いの道を北に歩く。寿司屋、ドラッグストア、居酒屋、電器屋、囲碁サロン、ちゃんこ鍋屋、餃子屋、お好み焼き屋などを過ぎ玉造の町に入る。そして「日の出商店街」とはいうものの、ずっと日の出を待ち続けているような商店街に足を踏み入れる。しばらくシャッターが続きすこし淋しくなる。昭和風情のゲームセンターに惹かれつつ自転車屋さんを左に曲がる。するとポッと日が昇ったような丸いライトが目に入る。 それがバイエル。 日の
猫師 退屈するほど寝ているところを 猫師につかまえられ せまい古畳の部屋で 僕は尋問をうけた 猫師は見た目は人間だが 猫の親玉のような猫人間で おしりにしっぽがついていたりする 怒ると 髪の毛が逆立つかもしれない 猫師は僕に言った どうして猫をかわいがらないのか? かわいがっていますけど? どこがだ? どこがでしょう? どこ? どこ? にゃお? にゃ? お互いに疑問符を投げつけあって はなしは平行線のまま 物別れに終わった いったい 猫や猫師は 僕に何を求め
台湾の屋台 (老詩人の話 其の三) 気ぜわしい商店街を歩いていると 偶然 老詩人の姿を見つけた 老人は 前から近づいてくる 遠くを見つめている 僕は 目線を合わせようとする 声をかけようとする すれ違いざまに 「Kさん」と呼びかけたが 九十三歳の詩人は 僕に気づくことなく 過ぎていった 後ろ姿は ゆっくりと小さくなっていった それから二週間ほどして いつものように 詩人の家へ遊びに行った 商店街での話をすると 「たぶん 詩のことを考えていたのだろう」と言った 僕が 「そ
ゆらゆらとほん ため池や 水路や 電話ボックスに 金魚の泳ぐ大和郡山 このまちは 城下町なのに ゆらゆら のんびりしています 僕は ときどき 青い自転車にのって ゆらゆらしたまちの 商店街へはいってゆきます そこに ちいさな本屋さんがあるからです ぼんやり リュウキンの尾っぽの ゆらゆらとほんを ながめたり 店主のスナガワさんとほんの はなしをしたりして 一冊すくって 帰ります ゆらゆらしながら 帰ります
半笑い 僕は 日々 貧しい農夫のように 過ごしています そして いつも しずかに 半笑いなので よほどの人しか 近寄ってきません 近づいてくる人は なぜか 僕に 小瓶の日本酒 牛タンの佃煮 児童文学書 シーサーの置物 文楽のチケット ビルケンシュトックのトートバッグ 小さな詩集 古いウイスキー くまモンのバッジ などを ほいと 分けてくれます よほど何か困っているように 見えるのかもしれません 僕もお返しをしようと ごそごそしますが 何も見つかりません し
のほほん製作所 2 のほほん製作所のグッズは にほんじゅうの コダワリの 本屋さん 雑貨屋さん パン屋さん 駄菓子屋さん などに 置いてもらっているようだ 所長でカツラのオガタさんは かなりオカシナひとなので にほんじゅうの コダワリ いや ワケあり つまり オカシナ店主たちにファンがいるらしい そんな人たちに会うためか オガタさんは グッズをめいっぱい ふろしきに包んで 月の半分を 行商の旅についやしている そのあいだ わたしは のほほん製作所で しごととは名ばかりで 昼
のほほん製作所 1 やる気 明るさ不要 しずかな人歓迎 いっぷう変わった求人票に惹かれ 「のほほん製作所」の面接に行ってきた 猫しかいない露地の 長屋の一軒にたどりつき うすいガラス板の戸を われないように こんこんとノックしてみた けれど 誰もでてこない 朝顔のつるが狭い空に 指をのばしている さすがにやる気がないね と おもっていると カラコロと戸が開いて せのひくい べっ甲めがねで みるからにカツラのおじさんが いきなり「さいようです」と言ったので しんそこ驚いた
扇風機同盟の夏 梅雨の明けた七月 友人Kから 扇風機同盟結成せり いざ 来たるべし といった葉書が届いた 冬は こたつ主義で 夏は 扇風機同盟と なかなか忙しいKを ひなぎく荘に尋ねた この夏 一番の暑さにもかかわらず 彼の部屋には 一台の扇風機だけが カタカタと 音をたてながら首を振り 風を送っていた (以前の猫はいなかった おそらくもっと涼しいところを知っているのだ) いつも やる気がなく 怠け者ではあるものの どこか やさしいKと ふたりで ビールを飲みながら 扇
あなた 桜に 花咲く朝 小舟を浮かべて 眺めていた うすみどりに ゆれる水面 (みなも) 花を仰ぐ あなたの横顔 淋しさは 心のままに うつりゆく 春の匂いよ
夏の姿 ヒマラヤ杉をみつけたら その 木陰に入ってみてください できれば そこで横になって 木洩れ日を 仰いでみてください ミンミン蝉の声が きこえてきます 風にゆれる 大きなヒマラヤ杉の姿が みえてきます 目を閉じれば しゅう…… しゅう…… しゅうううう…… と 耳慣れない音が きこえてくるでしょう それは ヒマラヤ杉の 緑の針が 風と 遊ぶ声なのです しゅう…… しゅう…… しゅううううう…… 息を ふかく吸い込めば どこか懐かしく すずやかな薫りが 鼻を撲(う)つで
処世術 都会の オフィスで くまの プーさん のような人に 出会った 彼は いすに座って ふんふんふんふんと うなずいてばかり 目をつむって うなずいてばかり そうやって すべてを やりすごしている 分かっているようで 分かっていない 分かっていないようで やっぱり 分かっていない ひたすら ふんふんふんふんと うなずいてばかり そうやって すべてを やりすごしている ときどき 目を開けて ふふっと笑う たまに お尻をあげて おならをする
ひと呼吸 北は礼文島から 南は竹富島まで 日本中を旅ばかりしている友人がいる 彼は 旅先で得た美しい光を 黒い小箱に収めていた 彼によると 光には 風景と土地の匂いが しみついているらしい だから小箱は 写真とお土産を兼ねたものだそうだ その一つひとつには 場所と日付、時間を記した紙が貼られていた 「奈良の光はあるのかな」と訊くと 「暗い所で見るように でも一度開けたらおしまいだよ」と言って 一つ手渡してくれた ラベルには 場所:奈良市破石町(わりいしちょう) 日付:二