作品「純粋な空」
純粋な空
むかし
男と女が
むつまじく暮らしていた
ある時
男は女に
何かほしいものはあるか と訊いた
女は
別にほしいものはないわ と言った
男が
いや何かあったらうれしいものを と
しいて言うと
女は
じゃあ……純粋な空がほしいわ と言った
天井を見上げた男は
女の言っていることが分からなかった
それなのに男は
分かった とだけ言って
外へ飛び出していった
男はいつまでも
帰ってこなかった
女はいつまでも
いつまでも待っていた
男は
毎晩
つめたい星の
ひとつひとつを数えているうちに
純粋な空になってしまった
それから
女の姿を
声もなく見守っていた
女は
日に日に
透明になっていく空に
それと気づき
天を仰いで言った
ごめんなさい 許して……
すると
空から
青い
青い雨がふりはじめた
女は
それに応えるように
深く森に入っていき
そのまま
湖になってしまった
そして
男の涙を
一粒ひとつぶ
しずかで
うつくしい波紋に変えていった