「食のデザインリサーチ」を味わう会をやってみました。
こんにちは。MIMIGURIのリサーチャーの西村(@a_praxisnohito_)です。
1.はじめに
「現状を望ましい状況に変えていくことを目指す行為の指針を考案する者は、みなデザインを行っている」
ノーベル経済学賞を受賞したSimonのこの言葉は、誰しもがデザインという「行為」の実践者となりうる価値観を広く浸透させた言葉です。また学部時代の専門がデザインとは遠かった自分が、デザインに導かれるきっかけになった言葉でもあります。
この立場に依拠するならば、いろんな「現状を望ましい状況に変えていく」行為の指針を考えることがデザインとして説明できることになります。例えば、「今晩の食事をより望ましいものにする」という観点では、食もデザインの定義に内包されうるといえないか、とも考えられる訳です。
実際に食生活のデザインを扱う「フードデザイン」という科目について高等学校の学習指導要領内に記載も見られています(文部科学省、2009)。
また学術研究においても、料理におけるデザインがサービスに大きな付加価値を与えていることに着目し、京都の料理店の献立デザインについて観察した研究(山内、2012)や、未来の人間・地球社会における食文化をデザインすることを目指した研究(緒方・水野、2022:この本には著者自身が2か月フード3Dプリンタ生活を行った記録が!)なども見られてはいます。
とはいえ、「食」をデザインという観点から捉えることは、まだまだ一般的ではないようにも思えます。どちらかというとデザインといえば、グラフィックやプロダクト、サービスなどがイメージとして先行してしまいます。
しかし、もし食をデザインに内包できるという前提をとった場合、世界中で食に関するデザイン実践者は少なくとも一家に一人いるし、さらにプロのデザイナーも町に溢れているわけで、ひょっとすると世界のデザイナー人口で最も多いのが食領域ではないかとも言えてしまうわけです。
そう考えたときに、あえて「食」をデザインとして捉えることによって、より先進的・本質的な視点を獲得できるのではないかと考えました。
また、ここからは自分の関心にも深くかかわってきますが、UXリサーチやデザインリサーチに主な関心を持つ自分は、自然と「食(デザイン)の体験を向上させるリサーチとはどういうものか」という問いが芽生えました。もしも、食領域で「リサーチ」が効果を発揮している事例があるならば、そこから新しいデザインリサーチを考えるきっかけになるのではないか。
というわけで(9割僕の趣味的なところがありますが)「食のデザインリサーチ」を味わう会をやってみました。
2.舞台
「食のデザインリサーチ」を味わう会の舞台は、日本橋の小料理店「食の會 日本橋」さんです。
このお店の面白さは、オーナーが食文化研究家(リサーチャー)であり、実際に大学院で食文化史を研究していて、日本の食文化が大きく変わった明治期の「食」を当時の料理書や、古書などからレシピを分析して復刻・再現するというコンセプトがある点です。
例えばメニューには以下のものが・・!
明治時代に食べられたアイスクリーム
福澤諭吉が好んだ牛鍋
日本の洋食の導入・普及に一役買ったカレーライス
実はオーナーと自分は大学院ゼミの先輩・後輩で関係であり、まさに日本食の歴史を紐解いて、修士論文化するまでの過程も間近で見てきて「すごいなぁ・・」と思っていました。そして大学院修了後は、その調査・研究の成果を「料理(デザイン)」に昇華しています。
ここまで飲食店のあり方として、「リサーチ」が前面にあるといえるお店は珍しいのではないかと考え、今回の舞台に設定しました。
今回の「食のデザインリサーチ」を味わう会では、「食の會 日本橋」で夕食を実際に楽しむ中で、「食文化のリサーチ」によって、いかなる食の体験が特別なものであったかを内省する趣旨としてみました。
3.事前準備
3.1 参加者の募集
私一人で食べに行くことでも良かったのですが、せっかくなので、自分以外の他者がどのような食事の体験をしているのかも観察してみたいと思いました。またその方からもデザインという観点での感想も聞いてみたいと思い、デザインリサーチャーやUXリサーチャーをお呼びすることに。
まず、今年5月に開催された、日本初のUXリサーチ・デザインリサーチのカンファレンスである「RESEARCH Conference 2023」で知り合ったスタッフ(企業でのデザインリサーチ/UXリサーチ実践者)に広く呼びかけました。自分も当日スタッフ(受付)をやって仲良くなった方もいたので、各企業で情熱的にリサーチに取り組まれているスタッフの方ともっと交流したいと思っていたところでした。
また、RESEARCH Conference 2023で素晴らしい登壇だったが故に、運営スタッフ内にファンが爆増していた、小野薬品工業株式会社のデザインリサーチャーである和田あずみさんに呼びかけました。和田さんと西村が食事をする際はいつも何らかの「おもしろがある」場になってしまうこと多く、今回も「今回も何が起きるか楽しみにしてます~」とOKいただきました。
すると、和田さんがいらっしゃることをRESEARCH ConferenceのスタッフSlackに流してみたところ、和田さん効果で、かなりの運営スタッフからの参加者が集まりました。
ある程度人数が集まり、「食の會 日本橋」のオーナーである長内さんに、「7~8人くらいの予約で考えているんですけどこれ以上いけますか?」と相談したところ、「もっと多くいけますよ!」という心強いご返信を頂いたこともあり、折角なので、他にもゲストを募ってみることにしました。たとえば・・・
『コ・デザイン —デザインすることをみんなの手に』の著者である専修大学の上平崇仁教授
厚生労働省のロゴタイプを制作された東海大学の富田誠准教授
『ビジュアル思考大全 問題解決のアイデアが湧き出る37の技法』の著者で、株式会社グラグリッドの三澤直加さん
日立製作所の研究開発部門で、SFプロトタイピングを用いたデザインリサーチの研究などに取り組まれている物井愛子さん
他にも何人かお声がけしましたが、日程や距離などの都合によって今回ダメだった方もいらっしゃり・・。最終的には14名になりました。
このキャスティングがなかなか楽しかった。
というのも「あの人とあの人は今回初めてのはずだけど、面白い話がここで生まれそう」という妄想や期待が膨らんでしまうからです。あるテーマに基づいた食事会を企画し、各方面にお声がけするのは、まるで明治時代風にいうところの晩餐会を主催している気持ちにもなってきました。
3.2 場づくりの工夫
場づくりをするにあたって、せっかくの晩餐会なのでお互いを深く知り合える場にしたいとも思ってました。そのために参加者同士で、新規のコミュニケーションが生まれるにはどうすれば良いかも考えました。
というのもResearch Conferenceのスタッフは企業におけるデザインリサーチャーやUXリサーチャーであることが多いですが、今回参加するゲストは大学の研究者や、企業の研究開発職の場合もあり、お会いするのは初めてという可能性もあったからです。そこで一番避けたかったのは「いつも話している人」同士が固まってしまって、会話が滞ってしまうことでした。
これを防ぐために、入場時に席選び用のクジを引いてもらうという仕組みにしました。クジは近くのコンビニでクロッキー帳を購入して1~14番までの番号を振り、また席にも同様に数字を振っておくことで、クジで選ばれた席に座ってもらうという仕組みにしました。これで完全にランダムに座れるはずです。なおこの仕組みにもかかわらず「いつも話している人」同士の塊ができてしまったことは完全に誤算でしたが、適宜席替えタイムを設けることによって課題はクリアされました。
4.実施結果
4.1 当日の様子
着物を着ている女性がオーナーの長内あや愛さん。
皆が本日のコースメニューを見ていますが、コースメニューの一つ一つに食文化史的背景が・・!一つ一つのメニューにどういう背景があるのかを長内さんが丁寧に説明してくれています。
メニューがレトロに凝って作られているのも「食の會 日本橋」の特徴。
最初のかまくら漬けは鎌倉時代。アダムペリーのジュリエンヌスープは江戸時代、近江薬食い牛の味噌漬けや、日本人がはじめて食べたカレーライス“コルリ”は明治時代と、コースが進むにつれて現代にタイムトラベルしていくという仕組み(なにこれ楽しい)
今回のコースでは、一品一品配膳する度に、その品にはどういう背景があるのかをボードを使って解説していただきました。このボードは人物絵だったり、貴重な文献史料だったり。ある参加者は「この食文化史解説が、実際の料理に比肩するほどの価値があった」とまで言ってました。
その食文化史の説明を興味深そうに聞いている『はじめてのUXリサーチ』著者の松薗美帆さん(中央左)と、その横でめちゃくちゃ笑顔のnote株式会社のUXリサーチャー仙田真郷くん(中央右)
江戸時代に日本橋の魚河岸では、鯛などの白身魚は「醤油などにつけると白身魚が汚れるから野暮である」として、煎り酒で食べるのが「粋」な食べ方だったと史実に残っているらしい。
今回の目玉は、最後の「日本人がはじめて食べたカレーライス“コルリ”」です。こちらの「コルリ」については、プレスリリースが出ていたほどに注目を集めていた一品。
4.2 参加者の反応
5.考察
今回の「食の會 日本橋」で行われているリサーチとは、日本の食文化史にかかわる史料を用いた調査であり、史実を踏まえ、現代の一皿に再現するという特徴があるお店でした。
そう聞いてみると、たとえ歴史上の味覚を再現したとしても、現代の人間の味覚に合わないのではないかという考えもできてしまいます。
しかし実際に「食の會 日本橋」でいただいたときに、確かに現代の私たちの味覚でも非常に美味しいと感じ、また「鯛の刺身を煎り酒でいただくのが通だった」のようなストーリーを知ると、なぜその味が当時の人物にとって「通」と感じられたのかについて、当時の人々と繋がっている(同じ感覚を持っていること)に気づかされます。現在の自分でも、過去の方々の味覚と繋がれるのだという不思議な体験が得られました。
ともすると、「食の會 日本橋」が史実のリサーチを通じて探究しているのは、「過去から未来にかけて日本人が普遍的に愛する味覚とは何か」という問いではないかと感じました。
つまり、現在を生きるオーナーが、過去をリサーチすることによって、過去・現在・未来という時世に絶えず向かい続ける「私たち(日本人)」を普遍的に知ることができるともいえます。オーナー自身が味覚の普遍性を探究し続ける存在だからこそ、現在の私たちにとって美味しいと感じられる味覚を「再現」できているお店なのだと感じました。
よりデザインリサーチに近づけて解釈すると、「食の會 日本橋」で行われている史実のリサーチとは、過去に生きた人々にユーザーインタビューをしにいくような行為でもあるように感じます。
つまり過去の人々にユーザーインタビューを敢行し、その歴史をまたにかけた対話を通じて、普遍的に愛される味を探索し、“コルリ”などの一品(デザイン)に落とし込んでいると解釈できるわけです。私はこれもデザインリサーチの一つの在り方だと思います。
現在のデザインリサーチやUXリサーチの手法は「現在の人間」が「現在の人間」を対象に定性/定量調査を行う場合が多く、過去・現在・未来という時制の越境が前提に置かれているリサーチ手法は、まだまだ珍しいです。
とはいえ最近では、一部SFプロトタイピングといった、非連続な「未来」を構想するデザインリサーチの手法が見られるようになりました。例えば今回のRESEARCH Conferenceにおけるソニーグループ株式会社さんも「未来」志向なデザインリサーチの事例だと思います。
こうした「未来」志向の事例に比べると、「過去」を遡るという形式のデザインリサーチってあまり語られることは少ないです。しかしデザインにおいても料理と同様に「過去」は存在する訳で、絶え間なくデザイン観がアップデートされ続ける、混沌化した現代だからこそ、過去に遡っていくことを通じて、人間社会の「普遍」を問い直していくリサーチも重要になっていくような感覚が得られました。
今回の「食のデザインリサーチ」を味わう会を通じて、過去に遡っていく行為によって「過去・現在・未来を通底する普遍性」という視座が得られうることを知りうるという観点が得られました。その視座をデザインリサーチの方法論に活かしていくことができないかと思い始めています。
謝辞
美味しいひとときを頂戴しました「食の會 日本橋」さんありがとうございました!料理はもちろん、空間、体験に至るまで凝られていて、特にサービスデザイナー、UXデザイナー、UXリサーチャー、デザインリサーチャーなど、快い「体験」に日々向き合っている人々の感性を刺激するようなお店だと思います。ランチ営業もやっていますが、おすすめは夜営業です。食事だけでなく日本酒も美味しいので、ぜひとも食事会や、イベントの打ち上げなどで、足をお運びください。
今回の「食のデザインリサーチ」を味わう会にご参加いただきました皆さんもありがとうございました。ご参加できなかった皆様につきましては、別の機会を作りますので、その際もご参加よろしくお願いします!
素案ですが、次回は埼玉県の寄居町にある共創スナックに行く会でもやろうかなと思っています。
参考文献
Herbert Simon(1968)“The Sciences of the Artificial” Cambridge: MIT Press.
文部科学省(2009)「高等学校学習指導要領」
山内裕(2012)「料理のデザイン:ー新しいイノベーションの理論モデルに向けてー」http://www.design.kyoto-u.ac.jp/pdf/publication/no013.pdf
緒方胤浩、水野大二郎(2022)「FOOD DESIGN フードデザイン 未来の食を探るデザインリサーチ」ビー・エヌ・エヌ.
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