見出し画像

「私の名前はルーシー•バートン」を読んで

「私」が長期の入院をした時に、母親が訪ねてきた思い出から始まる物語。

「私」のあいまいな記憶の中で、親子関係や夫婦関係などが淡々と描かれています。

貧しかった幼少期。
田舎から飛び出して都会に住むこと。
家族との隔たり。
通り過ぎていく、さまざまな人々

読書中は瞑想しているような、素晴らしい映像を見ているような心地よさを感じました。

一時期イギリスの作家は「意識の流れ」の手法で小説を書いたけど、理屈ではなく意識の移りゆくさまをなぞるのは、読み手の心を呼応させる力がある気がします。

江國香織さんが後書きで「滋味深い小説である」と言っているように、心にそっと響くものがあるのです。

こういう優れた小説を読むたびに感じるのが、
飾らない言葉、ふと出た言葉は、人々の記憶に残り、愛おしい気持ちにさせてくれるものなのではないかと。

だから実生活で、無理にカッコ良いことや、気を使いすぎたことを言うのは、あまり意味がないのではないかなーと思ってしまうのです。

画像1


ありがとうございます!これからもお役に立てる記事を投稿していきます。