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なぜ時代小説が苦手なのか考

 昔からなくならない時代小説だが、書くにも読むにも敷居が高いやら低いやら、何が原因なのかを突き詰めなきゃいけないな……と思案したという塩梅です。
 いま現在、実は公募用に時代小説を書いているのですが(記事:プロットの書きよう考)、文壇の先達である筑前助広先生が、時代小説を読んで貰うためにいろんなことをしていたのを思い出し、ことさらに構えず、しかし術に則ったことを心がけてみようかなと思いました。

歴史・時代小説の何が苦手か

 僕の中で、読む上でも書く上でも何が苦手かを書き出してみました。
1:登場人物が多い
2:登場人物の名前(呼び方)が複雑
3:登場人物の繋がりが多い
4:時代考証が難解
5:口調が難しい
 とまあ、「面白くなる部分でもあり、苦手とする部分でもあり」なとこが。こういったクセというものは旨みと隣り合わせ表裏一体なので、好悪が分かれる部分だったりしますよね。
 ファンタジー苦手な人も、カタカナ名前が覚えられないってのがけっこうあるみたいですし(ほんとけっこういらっしゃいます)。

それじゃあ、と開き直ってみた

 ライト層とか、本格層とか、そういった人らを意識せず、紙面の先に「時代小説とか意識していない、面白い話を読もう」としてるひとがいると仮定し、舞台が昔なだけで、語り口などは現代チックにしようと思いました。
 なので、豊臣秀吉が殿下といわれていようが関白さまと呼ばれていようが、まとめてみんな「秀吉さま」って呼ばせております。秀吉も、登場人物を「小早川秀秋」とか「伊達政宗」とか、通りのいいような呼び方に統一させました。
 セリフの中身も方言など使用せず、みな少し現代風な話し方で、ともすれば「あ、これ三谷幸喜脚本っぽい」とか思ったりしますが、どうやらこれは僕にあった書き方のようです。

 キャラクターの数も減らしました。群像劇も歴史時代物の楽しみのひとつですが、史実というパンチにむけたフックとして利用するため、人物同士の絡み合う因縁などを利用しますが、今回は全きシンプルな陰謀を解決する柳生剣士のエンタメとして、必要最低限の配役にし、そのぶん濃さを増す方向で肉付けいたしました。
 1冊完結に、書きたくなるような小ネタはかえって雑味になるかもしれないという、普段書かないジャンルに向かう自分の取捨選択を試すかのような開き直りであります。

皆さんどんなところが苦手ですか?

 いやはや、こんな書き方でも時代小説ではあるかもしれませんが、歴史を扱うなら……やはり歴史というものを面白さの主軸にするべきなのかも。なので、今回の雑味は、存在しないはずの真新しい古刀というオーパーツ。
 はてさて、どうなることやら。
 皆さんは時代小説どうですか?
 皆さんはファンタジー小説はどうですか?
 苦手とするジャンルの何が苦手なのか、こっそり教えていただけると幸いです。

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