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[小説]触覚伝達デバイス(ショートショート)

電器屋の店頭に踊る怪しい文字に目を奪われた。

“「触覚伝達デバイス」今なら無料お試し実施中!”

スーツを着た営業マンらしき男に話を聞いてみた。
どうやら、この装置を身につけると、離れた相手に“触覚”を伝えることが出来るらしい。
赤い色をした手にはめるグローブと、全身スーツ。
それに青色のグローブと全身スーツ。
二組で一セットのようだ。

赤グローブを身につけて赤のスーツを触ると、その感触が、青のスーツに伝達されるということらしい。

これは面白いと思って、さっそくお試しで持ち帰り、赤色の方を離れて暮らす彼女の元へ送ることにした。

彼女とは、もう長いこと会っていない。
東京で感染症が流行し、その不安から彼女は地方の実家に戻って暮らすことになったのだ。

ビデオ通話があるので、音声や画像はやりとりできるが、お互いに互いの体に触れあうことは出来ない。
実際に会えない苦しみを、この感染症の流行で痛いほど感じていた。

でも、これを使えば、疑似的とはいえ久しぶりに触れ合えるかもしれない。
僕はわくわくする気持ちで、彼女にLINEをした。

「今日、触覚伝達デバイスなるものを送ったよ!到着したら説明書見てみて😃」

「なにそれ、面白そう。わかった!着いたらさっそく使ってみるね👍」

翌日、青色の方を、試しに装着してみることにした。
スーツは思ったよりもしっかりした作りになっていて、着るのに一苦労した。慣れるまでは時間がかかりそうだ。

装着完了。
グローブをはめて、このグローブでスーツを着た自分の体を触ると、相手にもその感触が伝わるのだ。

ん。
ふと、何か左腕あたりに掴まれたような感触を覚えた。
あれ?まさか。

おっ。
今度は右腕。間違いない。
そうだ。彼女の元にデバイスが届いたんだ。
彼女もそれを装着して試してみたのだろう。

僕はお返しに、左腕を握ってみた。相手に触覚は伝わっただろうか。

お、握り返してきた。伝わっている!

今度は太もも。そこから足の指先に向かってなぞってみよう。右も左も一緒に。

彼女からの、両膝をさするような感触を感じ、僕は楽しくなってきた。彼女の反応が、手にとるように分かる。
言葉がなくても。表情が見えなくても。
コミュニケーションは可能なんだ。僕たちはテクノロジーでつながっているんだ!

腰を揉んでみる。お返しに触り返してくる。
自分で揉むのもくすぐったいけれど、彼女に触られるのはもっとくすぐったい。
あぁ。興奮してきた。

それから、僕はしばらくの間、繰り返し色んな部位を触ったり揉んだりした。
彼女はやはり同じ箇所を触り返してきた。

ひとしきり触り終えると、彼女に電話をすることにした。

「もしもし、よかったよ。触覚伝達デバイス楽しいね」

すると彼女はキョトンとしてこういった。
「え、なんの話?デバイスはまだ届いてないけど…」

僕もその反応にキョトンとしていると、電話口の奥から、彼女の母と思える女性の声が聞こえた。

「スーツ型のマッサージ機なんていつ買ったの?これ、いいマッサージ機だわ。ただ、なんか胸ばかり刺激が強いけど…」

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