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世界に対して誠実であれ

雪が降った日の朝、私の家の裏庭に積もった雪はレフ板の効果で、太陽からの明かりを反射して、室内がかなり明るくなっていた。あまりにもその光が眩しくて、私は驚いて目を細めた。
家の前の道は雪で凍結していた。運転初心者の私は迷わず、徒歩で勤め先の農園まで行くことを決める。前日に急いで購入したワークマンのスノーシューズを履いて、一歩づつゴリゴリと音を鳴らしながら歩く。氷を踏んでいく音をこんなにしっかり聞いたのは、きっと初めてだろう。まだまだ冬は始まったばかり。これからどんな事が起こるのか、ワクワクとドキドキが入り交じる、そんな移住して初めての冬。

12月下旬にもなると、今年一年を振り返る機会が多くなる。1月に修士論文を書き終えて、怒涛の新居探しに突入。縁にも恵まれて、新居は早々に見つかり、そのまま引っ越しと会社員としての生活を4月からスタートさせた。結局、会社員生活は4ヶ月ほどで終わったが、会社に行かなくなった次の日から農園で働くことが決まるスーパーミラクル展開が発生。11月には自分が住んでいる集落で個展を開催した。
驚くほどに周りに恵まれ、運にも恵まれた一年だったと思う。だからこそ、農園の人たちや集落の人、実家の家族であったり色んな形で関わった人たちには感謝の気持ちでいっぱいだ。

今年一年は愚直に進み続けた一年と言えるかもしれない。生活をしていく中で、どんどんと私という受容体の反応を素直に受け取るようになった。
特に農園に勤め始めて以降は、私自身が剥き出しでいる事が加速化したと思う。自然は常に結果だけを私達に突き付ける。集落ではあらゆる場面において自分自身を見られている事が多い。どちらにおいても、ワンクッション置く必要もない。隠したり、溜め込むことの方が大変なのだから、一層オープンにしてしまった方が楽でいて最強だったのだ。
11月に個展を開催した時、外で紅茶を飲みながらボーッとしていたら、軽トラに乗った色んな人が手を振ってきた。その時は、ほとんどがどこの誰なのか、判別がついていなかった。後日、同じ集落に住む農園の職員さんに「この前、外にいるの見たで。だいぶ(集落に)馴染んできたな」と言われた。その時、きっとこれが自らがオープンであることに対する応答なのだと感じた。

農園に勤め始めたばかりの夏の日、早朝からの作業にも関わらず、汗が止まらなかった。しゃがんだ状態から立ち上がった瞬間に一瞬、視界が真っ白になった。その日は、朝バタバタして朝ごはんを食べていなかったのだ。慌てて、私は水分補給と塩飴をなめた。その時に私は人間は無理をすると死ぬことを知った。農作業においても、体力のあるなし以上に自分の状態に実直であることが重要だったのだ。
初めての冬は雪との付き合い方について、日々考えさせられる。それでも冬至以降、徐々に日が長くなる事を感じたり、冬の匂いを感じられる生活はとても贅沢なものある。
私はこの一年で、自らに実直であることをの術をあらゆる場面において獲得したのだろう。おかげで私は人様以上に前向きに楽しんで生きている。
とは言え、楽しいだけでは生活が出来る訳でもない。現実問題として、収入の事やアーティストとしていかに活動を継続していくのか、課題は常に尽きない。難しいものだなぁ、と感じることも多々あるが、それでもアーティストとして走り続けることが何よりも重要なことだと思う。

秋の終わり頃に隣のおばあちゃんから自家製のたくあんを頂いた時、「大変やから、今年はもうやらん」と言っていた。それが年末になって、おばあちゃんは来年分のたくあんを漬ける作業をしていた。その時におばあちゃんは「毎年大変やからやらんって言いよるんやけどな、結局やるねん」と言っていた。習慣とは大変根強いものである。
この場所も、いわゆる限界集落と呼ばれる場所なのかもしれない。集落にあった古家の片付け作業で、空き家に入る機会があった。ピタリと時が止まった様子で、日本にはこれが10軒に1軒あるのだと思うと、ゾッとした。こんな場所が徐々に増えて、いつしか時がピタリと止まったように、人間の時代は終わるのかもしれない。そうしたら隣のおばあちゃんの作ったたくあんは誰が食べるんだろう、と不覚にも考えてしまう。そんな事を考えるような場所であっても、近所の人達や自然を通して、私は沢山の学びを得た。

自然はあまりにも大きな力で、私がどれだけ追い付こうと思っても追いつけないのだろう。しかし、そんなに肩肘を張らずに、流れに身を任せて生きてみると、想像以上に色んな世界が見えてくる。きっと私に出来ることは、世界に対して誠実であることなのだ。それは社会的な立場とか、人としての礼儀、振る舞いのような問題ではなく、自らが開けっ広げの状態になることを徹底することだ。

結局、私の見たり知ったりしたものでしか世界は構築されないからね。たまには畑で叫びながらも、愚直に前進していきたい。

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