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私は鳥とキスをする

4月から会社員として街中に毎日出勤する日々が続いている。そんな中、急遽今日から在宅勤務となった。

元々在宅勤務を希望して入社した会社であったが、半年ほどは出社するという事で合意していた為、少々突然の事に戸惑い、午前中はずっとソワソワしていた。
将来的に在宅勤務に移るにあたって、ゆくゆく準備しようと思っていた事が急に押し寄せる。椅子がない、照明が暗い、窓を見れば、緑。あまりにも世界観が違いすぎる。今日も畑で誰かが作業をしていて、鳥たちが鳴く声が聞こえる環境がすぐ傍にある中で、急に目的や生産性と言われても、ピンと来ないのも無理はない。ひとまず開いたPCを目の前に漠然と「私は何をしたら良いのだろう…」と感じてしまった。
しかし、社内でも在宅勤務に移行した事による混乱は発生しており、対応に追われている先輩たちの目からは多少の戦々恐々さを感じ、そんな人たちに向かってぼんやりと「私は何をしたら良いのだろう…」なんて言う事も出来ない。

とにかくやるしかない、と思い、業務にあたるものの、目に入るもの全てがソワソワの要素として降りかかる。あれがない、これがない、なにか違う…。何をやっても、何を考えても落ち着かない私は、しびれを切らして早めの昼休憩を取った。
とにかく気分転換だ、と思って一度も電源を入れた事のないテレビを付けようとしたが、付かない。仕方なく、お茶を持って一階でゆっくりとする事にする。

自然や緑の力は凄まじく、見た瞬間に今まで感じていたソワソワやモヤモヤが吹き飛んだように思えた。縁側でお茶を飲んで、ホッと一息をついた時、ふと庭にあるサクランボの木になったサクランボを取ろうと思った。
こんな些細な事でも、心はワクワクして、午前中に感じていた事は全て吹き飛んだ。やっぱり自然の力は凄い。

サクランボを取っていると、何かにかじられたようなサクランボをいくつも見付けた。そして、今朝、窓からサクランボの木に留まっていた鳥を思い出した。そうか、彼らが食べたのか。美味しいもんなぁ、サクランボ。

そこで、私はふと「この鳥がついばんだサクランボを私が食べたら、私は鳥と間接キスをしたことになるのではないか?」と考えた。今までは考えもつかなかった事だが、緑あふれる環境にいると、少しづつだが確実に他の生き物たちと交じり合って生きている事を実感する。

飼っているウーパールーパーの水換えをする時や、彼の糞を処理する時、どれだけ私が手袋をしようと、手を石鹸で沢山洗おうと、ウーパールーパーが持つ菌やウイルスは私の中に確実に入っているように思えた。ふと、これを体の中にある菌を互いが交換し合う行為だと考えれば、キスとかセックスと何が違うのだろうか?と思うようになった。

世間では、人間同士の接触を控えましょう、と言われている。そんな中で、私は鳥がついばんだであろうサクランボを口にした。
そのサクランボをついばんだ鳥のくちばしをサクランボを通じて感じる。鋭利にむしり取られた果肉を舌の感触で味わいながら、私はその残りの果肉を食べる。甘いサクランボの味。こうして私は鳥とキスをし、また世界と交じり合う。

私がサクランボを口にした瞬間、風が吹いた。風も私たちを見ているのかもしれない。どうですかね?こんな世界。お似合いでしょうか?世界に向かって世界について聞いてみる。今なら何か反応してくれるかもしれない。きっとお似合いじゃなかったら今晩お腹が痛くなるのかもしれない。

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