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妹 の 恋 人 【21/30】

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 ようやく公衆電話を見つけて、自分のスマホに電話を掛けた。

“お掛けの番号は、電源が入っていないか、電波の届かないところにあるため、掛かりません”

 なに? ……電源が入っていない?
 電波の届かないとこ?

 ということは、わたしのスマホを、あの佐々木が持ち歩いているという可能性が高くなったわけだ。
 ……まったく……つくづくついていない。

 もとはと言えばあの時あまりにも怒り狂っていたので、スマホを喫茶店に忘れていったわたしに落ち度があるのだけど……

 いや、もとはと言えば咲子が、あんな男にたらし込まれたのが悪い。
 いやいや、たらし込んだ佐々木がいちばん悪いんだ。

 いや、もっと言うなら咲子が佐々木と出会う前に、二度とああいうタイプの男とはつき合ってはいけないと、さらに厳しく咲子に釘を指しておいたのに、その行動をきっちり監視していなかったわたしが悪い。

 ……ってことはつまり、わたしが悪いってことじゃない?

 公衆電話(の本体)を持ち上げて、壁に叩きつけたくなる衝動に駆られた……むろん、そんなことをするほど公共心がないわけではないし、腕力があるわけでもない。

 しかし、わたしの中には、自分では飼い慣らすことの出来ない、わけのわからない暴力衝動があることは確かだ。


 

 公衆電話から立ち去りながら、わたしは南野のことを思いだしていた。


 またまた自分でも信じられないことだけど、へべれけに酔っ払って南野の部屋でローションまみれにされて辱められたあの日から……わたしはそのまま南野との関係を続けていた。

 南野の気が向いたときに部屋に呼び出され、ローションを塗られたり、へんな玩具を押しつけられたり、目かくしされたり、手首を縛られたり……などなど、いろんなことをされた。

 思い出しただけでもおぞましい

 季節は夏から秋を経て、冬になっていた。
 南野の膨れ上がった身体には、脂肪ではなく妄想が詰まっていたのだろう。

 江田島の書いたインチキ・ノンフィクション・ファンタジー小説『双子どんぶり』は、南野の身体の中で煮詰まっていた妄想に、具体的な形を与えた。

 その具体的な対象というのが、このわたしだったわけだ。

 なんでわたしは、南野の言いなりになっていたのだろう……?

 南野が怖かったわけではない。
 南野は最低最悪の変態性欲の塊で、大男だったが、暴力とはまったく無縁の男だった。

 かといって南野は、

 “こんないやらしいことをしていることを知られたくなければ……ヒッヒッヒ、判ってるよね?”

 ……と、江田島みたいな感じで、わたしを脅していたわけではない。

 わたしはまるで、催眠術に掛かったように南野の言いなりになり、その度に口にするのもおぞましいような辱めを受け続けていた。

 そして、それ以外は、それまでどおりにふつうに過ごしていた。
 以前と同じように、下宿と大学を往復して、誰とも一言も口を効かずに。

「だ、だんだん…………僕の部屋に来るのが…………た、た、愉しみになってきたんじゃないですか?」ある日、わたしの耳元で南野が囁いた。「……な、なんか、こころなし、た、貴子さん……ま、ま…………前より、り、リラックスしてません?」

「…………んっ…………んんんっ!」

 わたしは後ろ手に縛られて(またも)ビニールシートに顔をつけ、お尻だけを高く上げる、という南野お気に入りの姿勢をとらされていた。

「……そ……そんな……そんなわけないじゃんっ! ……ば、バカじゃないっ? …………う、んんっ!」

 その日もまた、わたしは目かくしをされ、全裸に剥かれて、全身にまんべんなくこってりとローションを塗りつけられている。

 南野は、そんなわたしの突き出したお尻に、細くて固くて振動する何かを押し当ててくる。

 この部屋に訪れるたびに…………南野は新しく仕入れた玩具を出してきては、それでわたしを弄んだ。

 おかげで、いろんな玩具の種類を知ることができた。
 まったくうれしくない話だが。

「ど……ど……ど、どうです、これ……あ……あ、新しい玩具ですけど…………」

「ど……」漏れそうになった嗚咽を、噛み殺して言う。「……ど、どうって………そ、そんなっ……」

「け、結構、高かったんですよ……た……貴子さん、よ……悦ぶと思って…………」

 毎回新しい攻め方でわたしを弄ぶことを、もてなしか何かだと考えているらしい。

「……く……うっ……」

 わたしは答えなかった。答えると、喘ぎ声を聞かせてしまうから。

「…………ほ……ほら」ますます強く押しつけられる。わたしの……その、前と後ろのほうの中間くらいの位置に。「ど、どうです…………?」

「…………だ、だからっ……!」わたしは腰を引こうとした。すぐ南野の手によって“定位置”に戻されたが。「ど、“どう”って……どうってことないってのっ! こ、こんなチャチなおもちゃっ! ……こ、この変態っ……」

「…………ほ、ほ、ほ、ほうれ…………」

「んっ……!」その器具を……より後ろに押し当てられる「……いっ、いやっ……やだっ!」

「…………ほ……ほ、本当に、イ……イヤなんですか」

「あ……あたりまえだろっ!」あたしは、なんとか息を吸い込んで……力を込めて叫ぶ。「こ、この変態ナメクジ野郎っっっ!」

「…………ほ、ほうれ、ほ、ほれ」

 先端が、さらにそっちの穴に近づく。

「や……やだっ……絶対やだっ…………そ、そっちはっ…………」

 いつもこうだった。

 いろんな悪戯をされる。それに対して、わたしが南野に毒づく。
 すると南野は興奮する。

 そして、もっと悪戯する。
 また毒づく。
 その繰り返し。

 じわじわ、じわじわと、南野は器具の先端を動かして、彼の頭の中にある最終到着地点を目指していく。

 やばい。
 このままではほんとうに、その、すっごく恥ずかしいところに……入れられてしまう。

 いくらなんでも、それは、それだけは……
 それだけは、許してはいけないような気がした。

 しかし、わたしは手を後ろ手に縛られて抵抗不能な状態にある。

 だから、どうしても、南野がそこを攻めたいというのであれば、実力行使でわたしにそれを拒否することは不可能だ。

 ということはつまり、後ろを攻められるというのも、直接的にはわたしの意思ではないわけだし、無理矢理されたということならば、あとで罪悪感を味わわずに済むかもしれない。

 ……そういうことにして味わってみてもいいかも……
 ……って一体、なにを考えているんだ、わたしは。

 今、まさに、その振動する器具の先端が、わたしの後ろの入り口に到達しようとするところだった。
 わたしは唇をきつく閉じ、突き出していた腰に力を入れていた。

「あ、そうだ」

 南野が不意に器具をそこから離した。

「え、……えっ!?」

 思わず、抗議するように高い声を出してしまった。

「……そ、その……た、貴子さん…………あの……僕たち、……い……い……いつも……こ……こんなことばかりしているのも何だし……そ、そ……その……け、け……健康的に……ら、来週末……ド、ド……ドライブに行きませんか?」

 ………………はあ?

「……ド、ド、ドライブ?」

 屈辱的な姿勢のまま、わたしのほうがドモってしまった。

「………え、ええ……そ、その……僕…………こ………こう見えて……そ、その、免許を持ってるんですよ……び、び、びっくりしたでしょう…………」

「……?」いったい何だ、この展開は。「……え……その……何で?」

「……た、貴子さんと、ド……ド、ドライブしたいんです……う……が……き、きれいなところ……し、知ってるんです…………も、もう……冬なんで……人もあまり来ないし……な、なかなか……いいもんですよ」

「はい? …………えっ?」

 わけがわからない。

「……い、いっしょに……ド、ドライブに行ってくれますよね?……だ、貴子さん」

「…………ん……」中断されて、お尻はムズムズしたままだった。そして小さな声で、つぶやく。「…………うん……」

 何をいまさら、よく考えてみる必要があるだろうか。
 石橋を叩いて渡るような人生態度に、一体なんの意味がある?

 結果、こんなナメクジ野郎のいいように弄ばれている、今のわたしは何なの?

 注意深く生きていても、ドツボにハマるときはハマってしまうものだ。
 だって、今わたしはドツボのど真ん中にいるじゃないか。

 ドライブ?
 行きたいってんなら行ってやるよ

 ドライブでなくてもいい。
 富士山頂でも、恐山でも、ブエノスアイレスでも、どこでも行ってやるよ。

 あんたの好きなようにしたげる。

 これ以上、わたしにとって最悪の事なんて起こり得るだろうか? 
 ……これ以下の状況に置かれている自分の姿なんて、ちっともイメージできない。

 
 ……それよりも何よりも……どうにかしてよ……この状況。
 
 
 気が付くと、わたしは、お尻を揺すっていた。

 こんなこと、改めて思い出したくもないけど。
 いや、ごまかすのはよそう。

 はいはい。
 揺すっていましたとも。

「…………ど……どうしたん……で……ですか?」

 南野がわたしの反応を見て、上擦った声を出す。

「うっ……」高い声を出していた。「ど……ど、どうしたもこうしたもっ……ない……でしょっ!?」

「つ……つ……つ、続きを…………し、し……してほしいんですか?」

 わたしは首を縦に振っていた。
 そして、続きをしてもらった。

 想像以上だった。

 ええ、はっきり言っちゃいますよ。そうですよ。
 イっちゃいましたとも。



 

 その次の週末……南野はレンタカー(青い軽自動車だった)で、わたしの下宿まで迎えに来てくれた。

 助手席で揺られながら……わたしは、一体、どこでどう、何を間違ったんだろう、と、そればかり考えていた。

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