見出し画像

大男~また、あいつが犯しにやってくる【3/5】

前回【 2/5 】はこちら
初回【1/5】はこちら

「……それから……つまり、あなたはその『大男』に……いわゆる“クニリングス”を受けた、ということですか?……逆さ吊りになったままで?」

 今度、テーブルはなかった。
 わたしとその女カウンセラー……歳は五〇すぎくらいだろうか?……は、向かい合う形で一人掛け用のソファに座っていた。

 部屋にはブラインドが掛かっていて、壁紙は薄いグリーンだ。

 壁にはちょっとモダンアート入ったかんじの、小さな女の子と羊の絵が掛かっている。
 窓辺には花もあった。

 ブルーのあじさい。
 部屋にはかすかに、オルゴールのビートルズが流れている。
 「ヘイ・ジュード」から、今さっき「ノルウェイの森」に曲が変わった。

「……まあ……その……」わたしは座り心地のいいソファの上で身をよじった。「そうですね。そうそう……いわゆるクニリングス。はい、ひらたく言って、クンニです」

「ふうん……」女は温和な顔をして、太っている。「クンニ、ねえ……」

 黒いレギンスに白いシャツをオーバースタイルで着ているが、シャツの中はぱんぱんになっている。
 髪は白髪で、(おそらく)天然パーマ。

 わたしはその女が、に見えて仕方がなかった。

「あの、続けていいですか? ……とっとと言っちゃいたいんです」

 わたしはまた、いらいらしていた。

「ああ、どうぞ」

 亀男の診療所を飛び出してきて4年後、わたしは別のカウンセリングルームを訪れていた。

 なぜなら昨日、またあの『大男』が現れたからだ。

 わたしは大学を卒業して、今は会社員。
 まあまあ大きな物流会社で営業をしている。

 昨日、あの『大男』が、わたしが通っているスポーツグジムに現れて……
シャワー室で……いや、この話は後回しにしよう。

 とにかく、わたしは再びカウンセリングを受ける気になった。

 今この羊女のカウンセラーに話しているのは、16歳のときにあの大男に公園で犯されたときの話 だった。
 さっき、12歳のときのことを語り終えて、新たな話に入ったところ。
 
 またも……
 ああ、カウンセリングになんか来なけりゃよかった、と思い初めて いる。
 だって、また一から話さなきゃならないんだから。

「……とにかく、そいつは……その『大男』は……そのまま、わたしのあそこを……ものすごい勢いでなめ続けました……ときどき、じゅるるっ、と男がわたし のあそこに口をつけて……吸い上げたんです」

「何を?」

 羊女が首をかしげる。
 ええい、いちいち言わなきゃなんないのか。

「その……あれですよアレ。女のあそこから、あふれてくるアレ」

「バルトリン腺液? ……いわゆる、愛液? ……その……ラブジュース?」

「ええそうです。ラブジュースです」

 そうだよ。まん汁だよ。本気汁だよ。

 16歳だったわたしは、逆さづりのまま、男にあそこを舐められまくった。

 もちろん、そんなことをされたのはあの日が初めてだった。
 当時にはまだ彼氏もいなかった。

 しかし彼氏がいたって……16歳で、あんなにしつこく、はげしく、 あそこを舐めまくられたことのある女の子なんて、この日本でわたし一人だろう。

 しかも、逆さづりになった状態で。
 そんなの、世界でわたしたった一人に違いない。

 ……気持ちよかったか、って?
 そんな言葉では、とても表現できない。

 男の舌は熱かった。
 ぶ厚かった。
 そして長かった。

 直接目にしたわけじゃないけれど、自分のあそこでその舌の執拗かつ敏捷で、それに……狡猾な舌の 動きを受け止めなければならなかった。
 
 逆さ吊りで、脚はがっちりと肩に抱え上げられ、どこにも逃げ場所はない。

 男の舌先、はウミウシのように収縮したり、大きく なったりする。

 細くすぼまっては、うすい皮の、ひだのすきまを掃除でもするかのように這い回る。

 そして、感覚の核心を覆う皮をまくりあげては、その敏感な表 面に直接触れるか触れないかの微妙な接触で、わたしの反射的な快感をたくみに探り当て、掘り起こし、晒し、いたぶる。

  わたしはそのたびに、『大男』が技巧……そんなふうに言うのは、まったく不本意だけど、そう言うほかはない……を凝らすたびに、わたしはしゃくりあげ、腹 筋を使って上半身を起こそうとしたり、あるいは頭の裏側に男の固く、熱く、湿った腹の感触を感じながら、背中を弓なりにしてのけぞった。

 さらに、舌はぎゅっ、と太くなっては、一気にわたしの中心部から太もものつけ根あたりをびらん、びらん、と舐め上げる。

 そうされるとわたしの身体ははぐらかさられて、意思や理性をまったく無視して、太腿で男の丸太のような首を締め上げた。
 
 
 ……うん、もちろん、恥ずかしすぎる反応だったと、今でも思っている。

 
 でも、そんな体験をした人、ほかにいる?

 このことがあったずっと後に、トマス・ハリスの『羊たちの沈黙』を読んだ。

 ハンニバル・レクター博士が登場する、あの有名なサイコ・サスペンスだ。
 その中で、レクター博士がFBI研修生のクラリス・スターリングにいろいろとアドバイスをする。
 
 クラリスは、女性を殺した後にその皮をはぐ、“バッ ファロー・ビル”という殺人犯の意図がわからない。

 レクターは“バッファロー・ビル”はサディストではないと推理する。
 なぜなら、その連続殺人犯は女性を殺してから皮を剥いでいるからだ。
 そして、クラリスにこんなことを言う。

“彼がサディストなら、被害者を生かしたままで皮を剥ぐだろう。逆さ吊りにして、ゆっくり皮を剥ぐんだよ。そうすれば、脳に血液が絶え間なく供給されるので、被害者は最後まで意識を失うことはない。しっかり被害者の苦痛を楽しめるからね”

 ……ぞっとるす話でしょ?

 でも、わたしがそのときに味わったのは、それに近い感覚だった。

「んんんっっ! ……くっ……はっ……あ、あ、あああっ……ああああああっっ!」

 わたしの口の端からは、涎が垂れていた。
 涙も、鼻水も垂れて、おでこで合流 する。
 ひどい状態だった。

 「……い、いやっ……い、いやいやいやいやっ……もういやっ! ……ゆ、ゆ、ゆるし……っ……ってっ………うっ、あっ……うあああああっっ!」

 許してくれなかった。
 わたしが息も絶え絶えになって、泣いて、許しを乞うほど、『大男』の舌は激しくなる一方だ。

 わたしは、全身のつっぱらせて、腹 筋で体を支えて、何度も、何度も、イった。

 ああ、はっきり言うよ……イッて、イッて、イきまくったよ。
 もう、いったい何分、何十分そんなことをされてたのかわからない。

 ひょっとしたら、数時間絶っていたのかも知れない。

 でも、最後のほうは……ほとんどイきっぱなしだった。

 『大男』は、わたしを一瞬も休ませてくれなかった。
 逆さづりのせいで、意識を失うこともできない。

 それどころか、頭に血がいきっぱなしなので、たぶんふつうよりもずっと意識ははっきりしていた。

 その拷問のような快感から逃れようと思っても、どこにも たどり着くことができない……まるで溺れているみたいだった。

「溺れてるみたい?」

 羊女が、突然口を挟んだ。

「え?」わたしは、不意を突かれた。調子よくしゃべっていたのに。「何ですか?」

「さっき、“溺れているみたい”と、おっしゃいましたよね?」

「はあ……」

 羊女は自分の手元のリング式メモ帳に目を落としながら、ふん、ふん、ふん、と鼻をヒクつかせた。
 ほんとうに羊に見えてきた。

「……きのう、あなたがその……『大男』に……レイプされたのは、確か、“スポーツジムのシャワー室”でしたよね?」

「はあ……ええと……」その話は後で詳しくする、つってるだろ。「それが何か?」

「あなたは、スポーツジムでどんな運動をされてたんでしたっけ?」

「ええと……」

「水泳」羊女が上目遣いにわたしを見る。「水泳、でしたよね」

「はあ……スイミングです。中学のときから、水泳部でしたから……」

「ふうん……」

 女は何か言いたげだ。

「あの……続けていいですか?」

「はい、どうぞ」

 わたしは咳払いをして、高校時代の体験をまた語りはじめた。

 そう、わたしは何度も何度も……ほんとに、認めたくないけれども……狂ってしまいそうな激しい快楽の反応の渦潮うずしおに巻き込まれ、狂乱状態にあった。

 最後には、『大男』がわたしの太腿をしっかり肩に抱えている必要はなかったかもしれない。
 ほとんどわたしが……『大男』の首を太腿で締め上げてぶら下がっている状態だったからだ。

 ぴたりと、舌の動きが止んだ。

「ああああんっっっっ……」

 あのとき、あんなふうに……まるで猫が甘えるみたいな声を出したわたし自身を、わたしは今、殺してしまいたい。

 腹筋で起きて、なんとか男の顔を見ようとしたとき……わたしがどんなにもの欲しげで、呆けた顔をしていたのか想像するだけで、頭をかきむしって、自分の髪を引きちぎりたくなる。

 男の顔は、かなり近くにあったはずなのに、それでも見えなかった。

 たぶん男は、わたしのそんな幼い媚態を見て、ニヤついていたんだろう。
 結局は見ることができなかったが。

「あっ……」男が自分の首に巻きついていたわたしの両脚をほどく。「ひゃあっ?」

 まるでバトンのように軽く、わたしの身体が反転した。
 抱きしめられる……そう、一二歳のときとまったく同じ、あの獣じみた匂いのする、象の背中のようなざらざらした胸板。

 そこに、抱きすくめられるということはつまり……あのときとまったく同じ運命が、わたしを待ち受けている、ということだ。

 自分と男の身体の隙間から下を覗く……濡れて光った、お地蔵さんの頭のような『大男』のアレの先端が、そこでわたしが降りてくるのを待ちわびている。

「い、いやっ……」わたしの声はもうか細かった。「も、もう……こ、これで……これで……許してっ……」

 許されるはずがなかった。

 ぐん、とわたしの身体が下降する。
 ぎゅっ、と入り口に押し付けられる、まるい先端。

「んんっ! ……んんんあああああああっっっ!」

 男の胸をかきむしり、声のかぎり叫んだ。
 信じられないけど、男の巨大な性器の外側を、スムーズにわたしの肉がどんどんすべっていく。

 身体を下に、下に落 とされれれば落とすほど、いったいどこから出てくるんだろう、と思えるくらいに、あとからあとから蜜が溢れ出した。

「ぐうっっ! ………んっ………は、はあっっ!」

 一番奥に、男の先端が到達した。
 その瞬間、わたしはあえなく、また絶頂を迎えた。

 そして、男がまたわたしのお尻を……一二歳のころにくらべて、少しは丸みを帯びて柔らかくなったお尻を、撫で回しながら、ゆっくり揺すり始めた。

「それで……また、オルガスムスに達してしまった、と?」羊女が口を挟む。「『渦潮うずしおのような』快楽に、飲み込まれて、まるで『溺れる』みたいに?」

「え?……わたし、“カイラクのウズシオ”とか、言いましたっけ?」

「はい、おっしゃいました。さっきの……ええと……」女がまた手元のメモに目をやる。「その『大男』に、逆さ吊りにされて、クニリングスを受けているとき に、『まるで、渦潮のような快楽』と仰ってました」

「はあ……」何なの、いったい。「それが、何か?」

「あなたは、水泳部だった……そうですね? ……あと、きのう……その大男が現れたのは、あなたがスポーツジムのプールで泳いだ後です……その日も、夏だったということで、当然、部活はありましたよね?……そうではないですか?」

 羊女は……わたしの反応をちらちらと伺っている。ほんとうに草食の家畜のようだ。

「はい……確か……ええ、ぜったい。そうです」

「なぜ水泳を始めたのですか? ええと……」女がまたメモを見る。「確か、水泳を始めたのは、その『大男』がはじめて現れた……そうそう、小学校6年生のと き……なぜ、水泳をやろうと思ったんです?」

 はあ?……何でそんなこと、いま聞かれなきゃないわけ?
 理由?

 そんなこと、聞かないとわかんないの? このヒツジ。

「上手く泳げるようになりたかった……んですけど」

「それまでは……上手く泳げなかった?」

「……うん……はい……まあ……」確かに。「そうです……か……ね……?」

「では、どこかで上手く泳げなかった……溺れたことがある……ということはないですか?」

「…………」

 わたしはその瞬間、この羊女もダメだ、と思った。

 羊女が何かしゃべっている。

 わたしの見る『大男』は抑圧された性のメタファーであって、かつ泳げなかったことを母に咎められ、それを克服しようとする過剰な義務感がわたしを抑圧し……うんぬん。

 ……当時 通っていた塾の先生にわたしが『肩に手を置かれた』ことから類推するに、その先生にむけられていたその頃のわたしの“性的欲求”が抑圧されて幻覚を呼び起 こしたとか……うんぬん。

 もしくはその塾の先生に実際に性的ないたずらをされた事実を、わたしがショックのあまり、無意識のフォルダに綴じ込み、それを 『大男』の幻想に転嫁しているだの……うんぬん。

 仮説、推論、こじつけ、羊女の勝手な妄想……
 わたしはほとんど、羊女の話を聞いていなかった。

 アザラシ が水に潜るときに鼻の穴を閉じるように、わたしは耳に見えない蓋をして、えんえんとたわごとを並べ続ける羊女の口の動きばかりを見つめていた。

 そして、意識は昨日に飛んでいた。

 あのスポーツジムのシャワー室で、あの『大男』に大学の喫煙所の時以来、4年ぶりに犯された、14時間ほど前に。
 
 わたしはその日、とても疲れていた。

 大嫌いな課長に、またしつこく飲みに行こうと誘われたからだ。
 それも二人きりで。

 あの太った猪みたいに毛深い男。昔は男前だった、という話だ。
 ええとこのボンボンだ、という噂も聞いた。

 なんらかのコネで会社に入り、わたしなんか足元 にも及ばないくらい結構有力なコネだったらしいが、昇進は課長どまり。

 でもまあ、いつもいい服を着ている。
 でも趣味はよくない。

 オレンジのストライプのシャツ。クールビズだというので、ボタンを上二つ開けていたので、胸毛が見えていた。そして、薄いグレーのパンツ。

 そいつは単身赴任で、わたしの職場にいる。

 期限付きの単身赴任だということなので、その間、できるだけ今の職場の女の子を食いまくっておこう、という魂胆なのだろう。

 実際、何人かの女の子では上 手くいったとか、いかなかったとか。

 まあ、お金あるしね。
 あとまあ、背は高い。
 お腹も出てないので、顔を除けば、見てくれは悪くない。
 
 でも、わたしはそいつのことが大嫌いだった。

「ねえ君……この前も、その前も、“忙しい”って断ったじゃん? ……そんなにアフターファイブが忙しいの? ……前も言ったけどさあ……ちょっといいスペイン 料理の店があるんだよねえ……ほんと、ほんと、フィデウアがおいしいの……ぜひ君と一緒に一度、食べに行きたいんだけど……ねえ、君、彼氏いるんでしょ? ……じゃあ今度、彼氏と一緒に行けばいいじゃん……ほんと、気に入るよ……いいお店なんだから……」

 ようするに、わたしに彼氏がいるという前提のうえで、今晩一発どう?……と言っているわけだ。

 このイノシシ野郎は。

 おぞましい。ああおぞましい。やだやだ

 彼氏なんていないけど、それでもあんなイノシシとご飯食べるなんて……それで、なんか、そそのかされて無理矢理、強いお酒を飲まされて……フラフラになったところを、ホテルに連れ込まれ て……酔ってうまく抵抗できないのをいいことに服を脱がされて……って、わたし一体何考えているんだろう、と、更衣室で服を脱ぎながら思った。

 場所は、社会人になって2年目から通い始めたスポーツジム。

 中・高と水泳部だったわたしにとって、週何回かはこのジムのプールで1キロくらい泳ぐのが、せめてものリフレッシュになっていた。

 時間は結構遅かったので、更衣 室にいるのはわたし一人。
 いつも、この時間は空いていて、こんな調子だ。

 と、鏡に自分の全裸が映っているのが見えた。

 わたしの身体は引き締まっている。
 また最近、水泳をはじめてからは特に。

 不思議なことに、大学生の時期にも少し背が伸びて、今は170センチくらい。

  おっぱいはそれなり。
 自慢なのは腰からお尻にかけてのラインと、伸びやかな脚だ。

 肌は白く、そのせいで鏡の中に浮かび上がっている股間の茂みが、くっきり としていた。

 確かに、エロい感じなのかも知れない……
 あのイノシシが、しつこく誘ってくるのもわかる。

 ……ってわたし、何バカなことを考えているんだろう。

 濃紺で脇にうすいグレーのラインが入ったの競泳水着を着て、キャップと水中メガネを取り、ロッカーに鍵をかけてプールに向かう。

 入場するときのシャワー で、ちょうど頭が冷えた。

 毎回、目標にしているのは、合計1キロ泳ぐこと。
 300メートルを平泳ぎで泳ぎ、400メートルをクロールで、残り300メートルを背泳ぎで泳いだ。

 プールから上がる頃には身体はぐったりしているけれど、ただ宿便のように蓄積して日に日に増していく会社の疲れを、心地 よい疲れに浄化するための儀式のようなものだった。

 泳いだ後は、クラブの終業時間ぎりぎりまで採温室で身体を温めて、その後にシャワーを浴びることにしている。

 脱いでしまった水着をシャワーの仕切りに添えつけられたフックに掛けて、全身に、熱いお湯を浴びる。

 もう更衣室に人はほとんどいない……
 いつものことで、わたしはこの静寂が好きだった。

 そして、壁のかなり高い位置に備え付けられたシャワーヘッドのある壁面に腕を伸ばして手をつき、腰を後ろに突き出して、大きく脚を広げ、背中にお湯を浴びる。

 よくアメリカ映画なんかで、警官に銃を突きつけられた犯人が壁の前で取らされているポーズだ。

 そうして、水泳でたまった心地いい疲れを充分に落として、そのあとに仕事で溜まった鈍痛のような疲れも排水口に流していく……最後までうまくいくことは、ほとんどない。

……ていうか……わたし、今、ものすごーくエッチなポーズなんじゃないだろうか。

 わたしは自分のきれいな背中には自信がある。

 背中からきゅっと締まった腰のライン、そして、ボリューム控えめのアスリートっぽいかっこいいお尻にも自信 がある。

 こういう姿をしているわたしを見たら、男の人たちはどう思うんだろうか。

 ぞっとする考えだったけど……なぜそのときのわたしに、そんな考えが浮かんだのかもわからない……わたしに対して下心アリアリの、あのいやらしいイノシシ課長とかが。

 あいつはたぶん、わたしをその『お気に入りのお店』に連れて行き、お酒を飲ませて気分 をよくして、さらに数件バーをはしごして、ラブホテルに連れ込むつもりだったんだろう。

 で、ラブホテルのベッドでわたしの服を剥いで、丸裸にした後、あの手のホテル特有の、珍妙な形の椅子が置いてあったりする、やたら広いお風呂場にわたし を連れ込んで……

 たぶん、そのホテルのお風呂には、わたしの全身が写るくらいの大きな鏡があったりして……わたしはその鏡の前に立たされ、タイルの壁に手 をつかされて、脚を広げさせられて、お尻を突き出さされて……

 って、ああもう、わたしはなんておぞましいことを考えてるんだろう。

 全身に鳥肌が立った。

 シャワーのお湯のせいで、身体はかなり熱くなっているはずなのに。
 でも、頭はぼうっとしていた。
 おぞましい、おぞましすぎる妄想をしているのに、なぜか気分がいやらしく昂ぶっ てきた。

 と、その瞬間。
 景色が暗くなる。

 
 シャワーの仕切りの中にあの……あの、獣のような体臭が充満する。

「……えっ……」
 
 わたしは前を見上げた。

 わたしの背よりずっと高い位置にあるシャワーヘッドのさらに50センチほど上に、野球のグローブくらいある二つの大きな手が張り付いている。

 その手から、アーチのように太い腕がそれぞれ一本ずつ生えている。

 わたしは壁に手をついた姿勢のまま、肩ごしに上を見上げた……はるか彼方、シャ ワー室の天井ぎりぎりのところに、シャワーの湯気に隠された大きな顔がった。

 ぞわっ、とさっきよりはっきりと、全身が泡立つ。

「い、いやっ! …………あっ!」

 一瞬だった。
 壁に張り付いていた男の右手が、ずずずっ、と壁を滑り降りてきて、壁に手をついていたわたしの左右の手首をあっという間に捕らえてしまった。

 と同時に、腰を掴まれた。

 大男の手なら、わたしの胴周りを片手で握ることができるかもしれない。
 その力強い手……馴染み深い、手触りまで使い古し た野球グローブのような手……で両手を壁に押し付けられ、腰を後ろに引き寄せられる。

 まるで猫が伸びをしているような格好に。

「や、やめてよっ!」わたしの声が シャワールームの壁に反響する。「……もう、いいかげんんいしてよっ!」

 返事もないし、そんな言葉が何の意味も果たさないことは知っている。
 男の身体が、どしり、とわたしの背中に雪崩のようにのしかかってきた。

「いやあっ!」わたしは叫んだ。「もう、絶対やだっ!!」

 なんとか振り向いて、『大男』を睨みつけ、拒絶の意思を示してやろうとした。

 もうわたしは、あんたなんかに好き勝手におもちゃにされる、小娘なんかじゃないのよ……。

 もうオトナで、大学も卒業してて、ちゃんと働いてて、自分の意思でやりたいことはやる、したくないことはしない、それをちゃんと決められる一個の個人なんだから……

 今日も あのイノシシ野郎の明け透けな誘いを、自分の意思できっぱりと断って、そうしてここで自分のペースを乱されずにいつものように泳いだんだから……そういう意 思を伝えてやるつもりだった。

 たとえ、最終的にはこれまでどおりに、組み伏せられて、結局はヤやれちゃうことになったとしても……。

 しかし、肩越しに見上げても……やはり『大男』の顔は見えない。

 それどころか、シャワーの湯気のせいで、男の顔はまるで高い山の頂上のように霞んで、ますます見えにくい。

 何なの、一体。
 

  わたしは恐ろしいことに気づ いた。
 
 『大男』は、これまでに現れたときよりもずっと、さらに大きくなっている……

 この前、わたしが大学生だった頃にあの真っ暗な喫煙所に現れたときよりも、 ずっと巨大になっている。

 はじめて現れたとき……わたしが小学生だったときに寝室に現れたときから、その次……高校生のときに公園で現れたとき、大学生の とき、そして今……この男は、現れるたびに、大きくなっている。

 このシャワールームの天井は高い。

 男はその天井になんとか背をかがめ、わたしを壁に押し付けている。

 ざわっ、と大アリの大群のように、恐怖が襲ってきた。
 そして、そのあとに『大男』はわたしに、これまでとは比べ物にならない、屈辱を与えた。

【4/5】はこちら


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?