見出し画像

処刑少女の考察道:それがサハラの「生きる道」~左手を残した理由~

「計画の穴」や「欠けているもの」を見ていたはずが、気が付けば彼女の魅力について語ってしまっている。
『処刑少女の生きる道バージンロード』に登場する修道女サハラとは、そういう人物なのかもしれません。

 彼女と他の登場人物たちとの違い。そしてそれがどこからきているのかを理解するために、まず親との別れから処刑人としての訓練時代までを振り返りました。「サハラの計画には穴が必要だった
 更にメノウと再会するまでの半生を振り返っていくと、一貫して欠けている存在が見えてきました。それは小説3巻で彼女の辿る命運のように、悲しく、やりきれない設定でもありました。「サハラに常に欠けていたもの
 しかし小説7巻までで明かされていく情報によって印象が変わっていくことから、彼女の自己評価がとても低いことを前提として回想を捉え直してきました。「サハラの自己評価が低すぎてツラい

 今回は、いよいよ小説7巻時点までの情報を全て踏まえた上で考えてみましょう。
 穴や綻びのある生きる道が、どうして間違っていないと表現されているのかを。

 もちろん、登場人物の設定や物語に込められたメッセージなどについて、これが唯一の解釈と断定するものでは決してありません。
 どうぞ『処刑少女の生きる道』本編を読んで抱いた印象こそを大事にしていただきたいと思います。
 あなたの精神が感じ、あなたの魂に定着したサハラという人物。その手を取って歩く道こそが、あなただけの純粋で大切な物語のはずですから。

本記事のネタバレ警告

 この記事では、小説7巻までの内容を踏まえて考察しています。そこまでの展開についてのネタバレになります。

 現在、本編を読み進めている方。あるいは、情報はまず本編から得て楽しみたいという方。
 まずは本編を存分にお楽しみいただいてから、この記事に帰ってきてください。

 コミカライズやアニメにおいて港町リベールまでの展開をご存じで、その先をそれぞれの媒体で待っているという方も、まずは本編でのサハラの登場を待っていただくことをお勧めします。


サハラの決めた道

 小説3巻の結末から4巻にかけて、サハラは肉体のあり様を変えていきます。

 サハラを取り込んだ三原色の魔導兵は、メノウの姿になりました。

 サハラは、きっとメノウになりたかった。
(中略)
 別人になりたい。メノウじゃなくてもいい。
『だから自分を、捨てろ。己というバグを消せ』
 ただ、いまの自分を捨てたい。

小説3巻5章より著:佐藤真登/イラスト:ニリツ GA文庫/SBクリエイティブ刊

 リボンを着けていないことなどから、魔導兵はサハラの内面にあるメノウ像が出力されたものと思われます。

 教典の立像をサハラの意思で変えることができたかどうかは、ちょっと分からないので置いておきましょう。
「等身大の立像フィギュア」発売を待ってます。

 少なくとももう一度、彼女には自分のなりたい姿を選べる機会があったはずです。

 肉体を失ってしまったサハラへ、万魔殿パンデモニウムは邪気のない笑みを向けてささやく。
「いまのあなたが欲しいものを、言ってみて?」
 誰かに、なりたかった。

小説4巻3章より

 教典に入ってしまった後、温泉街で万魔殿に出会い、サハラは肉体を復活させられます。
 しかしこの時、彼女は敢えてサハラの姿を選んだのではないでしょうか。

 前述の通り、サハラの内面には、魔導兵として立体化できるくらい具体的なメノウの姿が描かれています。その時と同じようにメノウの姿で復活することもできたと思うのです。

 けれども彼女は、大嫌いな自分自身の姿を選びました。

コミカライズ2巻 第10話よりⒸMato Sato/SB Creative Corp.
「誰のようになりたいか」ということは幾人もの立場で繰り返し描かれる。
サハラは、かつては『陽炎』のように、次はメノウのように、そして……

 メノウの姿をした魔導兵になってから万魔殿に復活させられるまでの間にあったことといえば、メノウに執着する心の全てまで【憑依】に伴って知られたことが挙げられます。
 繰り返しになりますが、メノウはサハラの行動や感情を知った上で全く否定をしません。

 全てをメノウに「聴いてもらえた」ことが、元の姿を選択したことに繋がったのかもしれません。

(肉体を失ったことで『絡繰からく』に絡まれた状態から解放されていたのかもしれませんし、万魔殿に触れられたことで、原罪概念が原色概念の浸食をなくしたのかもしれませんが)

 かつて『陽炎フレア』の修道院からは移ることを選びました。
 同期の同じポジションに規格外のスーパープレイヤーがいるというのに、意地になってその競技をそのチームで続けるのは、良策であるとは限りません。ましてやまだ幼少期です。
「使い捨てられる」役割よりも、司祭・司教・大司教といった神官の正道にある階位を目指すことは、いたって健全で賢明な選択です。

コミカライズ2巻 第11話より
純粋な強さにおいても、地位や待遇においても、表側の方が上を目指せる。

『絡繰り世』防衛線に志願することを周囲は止めたようですが、結果として充分に通用しています。
 その戦線から脱出してメノウに接触することを選んだ結果、生き延びることができました。

 マノンが「流されるままに生きてきた」という儚さを抱えている(だがそれがいい)のに対し、サハラは自分で選んでいく姿が描かれています。
 積極的に「手を伸ばす」という意味が、もしかしたらあるのかもしれません。

 そのように自分で道を選んでいった結果、彼女はどうなっていったでしょうか。


特別になった

 小説7巻では「総督」サハラの評判が独り歩きしていく様子がコメディ要素として描かれており、それが本文を楽しく読ませてくれます。

 しかし彼女の評価の全てが誇張や誤解であるわけではありません。
 コミカルな勘違いと、正しい評価や事実。これらを分けていくと、サハラの魅力が改めて見えてきます。

「大人気だね。殿下が君を手放したがらないのもよくわかるというものだ」
(中略)
「君の人気ぶりは才能だよ。

小説7巻3章より、カガルマの台詞

なぜかメノウは、グリザリカ国内での功績をサハラにすべて押し付けてきたのだ。
(中略)
 ――え? だってサハラ、特別になりたいんでしょう?

同章よりサハラ視点での地の文とメノウの台詞

 サハラの自己評価は特に低く、彼女視点で述べられている事実をちゃんと確認すると実は凄かったという前科があります。
『絡繰り世』との停戦とか、どう考えても彼女が要でしょう。
 そうでなければ、強くて美しいものが好きなアーシュナに気に入られるとも思えません。

コミカライズ1巻 第6話より
アーシュナ本人は小説7巻では登場しない。
半年間もモモと離れてしまって大丈夫か。
安否が気になる。

 そして、メノウがサハラを「特別になりたいんでしょう?」と言って一定の役割を任せている点は、小説3巻で再会した時点からの大きな変化です。

 メノウは、自分のことを目の敵にしていた幼少期のサハラを、そのままで「普通の人」だと考え、わが身を犠牲にして守る対象に含めていました。
 それは称賛されるべき生き方かもしれません。しかし同時に完全な「上から目線」であり、相手を信頼して役割を任せるような対象とは見ていないと言えます。(おそらく『陽炎』の生き方を見習ったのだと思います……)

 だから小説3巻時点では、成長したサハラのギャップにメノウは「意味不明」だと悩んでいます。敢えて直球な表現をすれば「べつに昔のような普通の人のままでも、私は守ってあげるのに」ということだったと思われます。

(このあたりは「サハラの自己評価が低すぎてツラい」で詳しく引用しています)

 それが小説7巻時点では、サハラを「特別になりたい人」と認めているのです。もう「普通の人」にしておくつもりはないようです。
 そしておそらく、同情や悪ふざけで功績を押し付けているのではないでしょう。メノウが担当するわけにはいかない危険な役割を、サハラならばと頼って任せているはずです。

 ソファでグダグダしているサハラの室内には【盟主】、階下にはエクスペリオンが配置されています。
 お気付きでしょうか? 拠点を離れているメノウや【防人】に狙われているはずのアーシュナを差し置いて、この警備体制が敷かれている意味に。
 そのソファが一番ヤバいんだよ気付こうよサハラ……。

「私じゃ無理だけど、メノウなら、きっとマヤを必要としてくれるわ」

小説7巻5章よりサハラの台詞

 たった一人で全ての人を守りたいと思っていた頃のメノウを知るサハラが、このように言います。
 サハラ自身がメノウに必要とされるようになった自覚があるからでしょう。

 メノウに頼られ、アーシュナに評価され、【使徒エルダー】と最強の騎士に守られ、町ができる規模の人間が集まってきています。
 三原色の魔導兵アビィは何かよく分かりませんが助けてくれます。四大人災ヒューマンエラーにも下僕……懐かれています。

 そうそうたる面子の中心部に座るサハラを、小説3巻の結末から予想できたでしょうか。

 能力面でも大変なことになっています。
 まだよく分からない要素なので具体的には考察しませんが、『絡繰り世』の原色概念に浸食された後に万魔殿の原罪概念で肉体を復活させたためか、何かが循環してしまっているようです。

 彼女は特別になりました。


生きる道バージンロードの歩き方

 風雪で巨大な岩石から落ちこぼれ、黒く錆びつき川の底に沈むしかない鉄砂のような自分が、嫌で、嫌で、大嫌いでたまらなかった。

小説3巻5章よりサハラの回想

 錆びるというのは、他のものと結びつく現象です。もろくはなるかもしれませんが、砂を更に人の手で砕くことは難しいですし、檻に閉じ込めることもできません。
 彼女が獲得していく関係性や不死性、そして『第四フォース』としての地位も、実は小説3巻の時点で暗示されていたのかもしれません。

 そして、本作はバージンロードの物語だと「サハラに常に欠けていたもの」で確認しました。だから、エスコートしてくれる存在がおらず、引いてもらう右腕も失ってしまったサハラは、真っ直ぐに美しくは歩けないはずだと。
 どうして、そんな彼女が、多くのものを手に入れて特別になっているのでしょうか?

 真っ直ぐに歩かなかったから、たくさんのものと出会うことができたのです。
 真っ直ぐに美しくエスコートされることが唯一の正しい姿であるとは、作者はいっていないのです。

 バージンロードでエスコートする側が差し出すのは、左腕です。

 小説3巻の終盤でサハラの情念を全て受け取ったことで、メノウは「普通のままで守られているだけでは、幸せとはいえない場合があるんだ」と学んだのかもしれません。それが、処刑人としての生き方から変わる意識を後押ししたかもしれません。
 更に具体的にいえば、小説5巻で『陽炎』に負けて生きる道がわからなくなったメノウに肩を貸し、解決の発想へと導いたのもサハラでした。
 小説7巻で足が止まってしまったマヤの背中を押したのも彼女でした。

 人を導くこと。それがこの物語で彼女が果たす役割だと考えます。


サハラは負けない

 マヤを守るために戦う際、サハラは次のような言葉をかけます。

「ん、大丈夫。私は、負けない」

小説7巻5章より

 修道院ではメノウに負けモモに負け、東部未開拓領域ではゲノムに負け、砂漠ではまたメノウに、聖地の前でもモモに負けました。

 幾度も負けた経験を持ち、その痛みや「みじめさ」も知っている人が、「大丈夫」と言ってまた挑んでいく。
 その姿こそが、自分自身の弱さを知っているマヤの背中を押した場面だと思います。

 もっとも、聖地崩壊の際に塩の大地に潜入し、『陽炎』に見付かっても引き返さず、空が降ってくる中でメノウを助け出したサハラの活躍を、マヤは影の向こうから見ています。
 映画好きの彼女にとってはヒーローのように見えていることでしょう。
 サハラの側には自覚はないでしょう。自己評価が低いので。

コミカライズ4巻 第26話より
「主人公になれなかったモブ修道女、復活したら平和に暮らしたいのに幼女が離してくれない」
はマヤ監督のお気に召しただろうか。

 かつて一瞬で母親から引き離され地獄へ突き落された経験のあるマヤは、次の瞬間には何がどうなっているかなど分からないという意識を持っているはずです。
 本気で格下と見下している相手を「下僕」と呼んで構っている時間など彼女には多分ありません。
 何でもしてくれた母親や、自分を見付けてくれた妹のように、「下僕」に甘えられる時間こそを大切にしていると思われます。
(だから「あなたを必要とすることはない」とか言われると涙が出ちゃうんですね)
 まったく、幅広い形態のカップリングをカバーしてくれる、とんでもない作品です。

 サハラはメノウのことが嫌いだ。あんなに綺麗なメノウのことを嫌いになるしかない、みじめな思考回路をしている自分がもっと嫌いだ。
 けれども不思議なことに、いまなら、メノウのことを嫌いな自分を許せる気がした。

小説7巻5章より

 この時、マヤの背中を押して戦いに残った時に、おそらくサハラは自分の中にあった過去の『陽炎』の姿、かつての自分の理想を超えたと思われます。
『陽炎』は戦って幼いサハラを助けてはくれたものの、導いてはくれなかった。対してサハラは幼いマヤを導き、そしてマヤのために戦ったからです。

 まぁ、今の理想メノウは更に格好良くマヤを助けたりしちゃうんですけどね……。そこも彼女たちらしいです。

 負けて、何度も負けて、理想に届かない自分の格好悪さに苦しんで、綻びだらけの道を独りで遠回りしてきた彼女。
 だからこそ多くのものを手にして、結局は人のために戦うことで理想を超えた彼女。

 ここまでやった人物こそが、人の手を引き、人の背中を押す言葉を口にする。
『処刑少女の生きる道』とは、そういう物語なんですね。

「だから、あなたも頑張って」

同章より

 お読みいただき、ありがとうございました。

『処刑少女の考察道オタロード』では本編から材料を拾い上げて、登場人物たちの設定や作中の表現についてより深く楽しむきっかけになれるような考察をしていきたいと思います。
 それによって『処刑少女の生きる道』の魅力がより多くの方々に伝わることを目的としています。
 更新はTwitterでもおしらせします。

イラスト素材:七三ゆきのアトリエ 様(https://nanamiyuki.com/)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?