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【食|酒】バーの楽しみ方1

モダンジャズの流れる薄暗い店内と、棚に輝く無数の酒瓶。黒光りするマホガニーのカウンターの前には無言でグラスを磨くバーテンダー。

奥のソファ席から聴こえるカップルのボソボソと低いトーンの会話。カウンターには琥珀の液体を片手に中空を眺めながらタバコを燻らす中年男性。

あくまで謙虚、沈着、静謐に時が流れる風景の、そんな一部に違和感なく溶け込みたい。キミがバーに求めるのは、そんな所じゃないだろうか。

しかしキミのような若くて経験も浅い、バー初心者にとっての常なる悩みが、この「違和感なく」なのではないか。

おそらく声や所作、匂いがうるさくなければ、またはキミが過剰に美男子や美女でもない限り、キミの事に誰も気を向けはしない。

それでも初心者は自意識過剰になりがちで、場違いな注文をしたら馬鹿にされるんじゃないか?周りから浮いてないか?そんな些末なことに次第に落ち着きがなくなり、せっかく勇気をだして一人で入店したのに、スマホに目線を落としてせっせと外部と繋がって安心感を得ようともがく。

それなら最初からそいつらと居酒屋に行けばよい。


オーセンティックなバーを占有する空気感というのは基本的にダンディズムである。ダンディズムはイケテる己を包み隠しながら醸し出すという、自己陶酔の世界であって、迷惑をかけない限りで周囲を顧みず、自分が楽しまなければ成り立ちはしない。

ちょっと思い出して欲しい。社会人最初のボーナスで買った高めのネクタイやパンプス。たとえ一点豪華主義的で誉められたモノじゃないにしても、また誰からも気付いてもらえなくても、それらを着用すると通勤や仕事中に誇らしい気持ちで颯爽と歩けたはずである。そして次第に資金力が付いて安定的にそういったモノ共を購入、着用できるようになると、気付いた時にはお洒落な大人に仕上がっているのである。

バーへの慣れも同じことで、最初は、こんなオトナなバーで飲んじゃうオレってイケテる!  程度の気持ちでも、それが楽しいならばいい。

それが歳を経るに従い、次第に社会のしがらみや仕事の重圧に疲れた時の癒しの場になり、またある時は店の雰囲気と酒を通して素敵な異性を余裕で口説き落としたりする場になる。

要するに経験とともに馴染み、バーというひとつの風景の一部に溶け込んでゆくのである。

つづく

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