【食|酒】バーの楽しみ方10 バーでsingin'する男の日常
バーの風景の一つとして、素敵な女性がカクテルグラスを口元へ運ぶ姿はとてもよいものである。
年の頃は30歳くらいだろうか。胸の形のよく分かるピタッとした品のいいハイゲージニットに、女性らしい腰の曲線を強調するタイトスカート。その先に伸びるスラリとしていながら程よい肉置きの御御足。おそらく普段ハイヒールのみで鍛えられた形のよいふくらはぎを、今日は低めのパンプスで優しく労る。
彼女はボクのゲイズ(ガン見)にちょっと居心地を悪くしたように、ダミエのシガレットケースから細身のタバコを取り出して、白魚のような人差指と中指の間に挟んで二三口。ちょっとモノ想いに耽るように煙を目で追ってから、その吸い口がほんのり紅色に染まった淫靡なモノを2/3ほど残して、物憂げに灰皿に押し付け、またカクテルを一口。
彼女も今では素敵なレディだけど、昔は酔って見知らぬ男と目覚めた朝があっただろうか。淑女感溢れる素敵な所作は一朝一夕には身に付かない。もちろん生い立ちの違いはあるけれど、トライ&エラーの繰り返しで皆大きくなるのである。
今夜、そんな過ちが起きはしないか。
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ボクはその時相変わらずシングルモルトを相手に絶え間なくタバコをふかしていて、彼女の素敵な人生を想像しながら、ボクの幸せとの対比によって、また悪い妄念にとりつかれ行く。
彼女の持つオーラは、媚びではなく、気取りもなく、おそらく今の自分を愛せる者のそれなのだろう。対してボクは最近自分がますます感じられなくなって来ていることを自覚していて。急激に劣等感や悔恨の念に捕らわれてしまう。
かつては毎日がこれから明かされるべき謎や不思議の連続で、その扉の一つ一つを開いては一喜一憂し、心も身体も常に目まぐるしく動き回っていた。
いま、例えばどんなに高級な飲食店だろうと臆することなく好きなモノを好きなだけ飲み食いできるようになっても、初任給を握り締めてドキドキしながら食べたあの寿司の味ほどの心の浮揚はないのである。
そしてそれが贅沢への慣れでも経験によるものでもなく、ただ変化や喪失からの逃げに起因していることも解っている。
そうやって心内に引き込もって呻吟するボクの状態をよそに、彼女は平静を装いながらも先ほどと何かが違うことを察知して、ふと悋気にも似た小さな心のさざ波を感じ、それとなくボクに関心を持ち始める。
その後はボクと肩を並べて飲んでいるかもしれないし。そうはならないかもしれない。バーとボクの付き合い方は、いつもこんな程度のモノである。
皆様も素敵なバーライフを。
おわり
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