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【連載小説】 父をたずねて三千里⑦ 〜父の父〜


22時になった。
高橋さんは、21:30をラストオーダーにして、22時にはきっちり店を閉めた。

「店、手伝ってくれてありがとな。助かったよ。」
高橋さんは優しい笑みを浮かべて言う。

私は、料理を運んだり、注文を聞いたりというような雑用をしていたのだ。
何もすることがなかったので、少しでも高橋さんを手伝えて嬉しい。
高校のときバイトやっててよかったぁ。

「あんた、お腹空いたろ。昼と晩ラーメンはキツイから、うーん。チャーハンとかなら作れるが、どうだ?」

「え、いいんですか?」
さっきから私はいいんですか?しか言ってない気がする。

「働いてくれた賄いだよ。俺も腹減ったし、食べようぜ。」

高橋さんは、フライパンを持ち早速作る準備にとりかかった。

15分もすると、美味しそうなチャーハンが2枚のお皿に取り分けらた。

「うわぁ。美味しそう。」

「ハハハ。美味しそうってたってただのチャーハンだぜ?
あんたは、食べるときの反応がいいから作ってて楽しいなぁ。」

私と高橋さんは、厨房の前にあるカウンターに2人並んで一緒に食べた。

私は、美味しい美味しい言いながら (だって、ほんとに美味しいんだもん)、チャーハンを食べた。

「あんたは、文ちゃんによく似てるよ、ほんと。
ちょっとしたときの仕草とか反応とか。文ちゃんそっくりだ。」
ふと、高橋さんは言った。

へぇ?そうなのかな?
私は今まで、母に似ているとはあまり言われたことがなかったので、なんか新鮮だ。

「文ちゃん、元気か?」

「はい。……あ。最近お母さん再婚したんです。相手もいい人そうで幸せそうですよ。」

「そうかそうか。よかったなぁ。」

「はい……。お父さんのこと、もう色々吹っ切れたのかなって思うと安心です。正直。」

「そうか。」

「……」

と、ここで私はチャーハンを食べ終えた。
ゴクリと水を飲む。


「…………あの、父はどんな人でしたか?」

「ああ、どんな人…か。うーん。」
高橋さんは、考え込むように腕を組む。

「…真面目かな。とにかく真面目な人。すっげーストイックだな。意外とね。」

「ストイック……」

「中学でも高校でも割と成績はよくて、グレてる見た目はしてたけど、勉強とかはしっかりやってた。」

そうなのか。偉いじゃないか、圭介。

「あと、友達も多かったなぁ。いい奴だからさ。自然と周りに人がやってくるんだよ。俺は、あんときやっぱりグレてたから、いつも圭介に嫉妬してなんか喧嘩売ってたけど…笑」

「ふーん。」

母の話を聞いて、美智子さんに会って、父の日記を見て、そして高橋さんの話を聞いてると、今まで私が積み重ねてきた父の偶像がいかに嘘だったのかを思い知らされる。

父に会いたいなぁ。
なんてことを、思ってしまうほどに。

「けど……」
高橋さんの顔は急に険しくなった。


「真面目すぎた。アイツは、自分を追い詰めすぎた。」

「え?」

「ほんと、馬鹿な奴だよ。許せねぇ。」


ふと、母が墓参りの時に言ってたことを思い出す。

父は、私のために働いて、過労で死んだ、と。
母に暴力も振ったし、タバコも吸いすぎていたし、女も作っていたけど、
私を愛していた、と。


「父が過労で心臓発作を起こして、バイクで事故って死んだって本当なんですか?」

「…………ああ。本当だよ。」

「馬鹿だよなぁ、アイツ。1人で抱え込みすぎたんだ。いろいろ。」

1人で抱え込みすぎていた??
なにを?

「抱え込みすぎていた…というのは、どういうことですか?」
私は思い切って聞いてみた。

「あ……そっか。、あんたは知らないのか。」

「??」

高橋さんは、すぅと息を吸い込む。

大きくその息を吐くのと同時に、声をもらした。


「圭介の父、つまりあんたの祖父は
 犯罪者だったんだ。」


息がとまる。

犯罪者……?私の祖父が??


「俺が中学んとき、誰が流したのか分かんないが、噂になったんだ。圭介の親父、犯罪者らしいぞ、とな。」

「もちろん、俺は耳を疑ったが、一応圭介に聞いてみたんだ。冗談だろうと思って。
だが、圭介はその噂は本当だと言うんだよ。
そして、教えてもらったんだ。」


高橋さんが長く息を吐く。


「…圭介の家族は貧乏だった。圭介の親父は、圭介と圭介の母の美智子おばさんにどうしても十分な生活をさせてあげたかったそうだ。でも、学歴のない圭介の親父は小さな工場で微々たる給料しかもらえなかった。」

「そこで、犯罪に手を染めるようになったんだとよ。詐欺とか盗みとか。……けど、結局それは明るみになって、圭介の親父は捕まり、美智子おばさんは離婚を決めたんだ。」

「圭介がまだ7歳の頃だよ。」


胸が詰まる。

父親が犯罪者というのは、どんな感覚なんだろう。
父は…父は、祖父に対して何を思っていたんだろう。


「だからさ、文ちゃんが産むと決めたときに、『俺はあんなふうにはならない。ちゃんと真っ当に稼いで、養うんだ。』って俺に向かって言ったことがあったんだ。」

「でも、バイトを掛け持ちでやるようになってからは、もうずっとずっと働いてて…ほんと、寝てないんじゃないかってほどにな。」

「俺もそんな圭介のなにか助けになりたいと思って…」

「父の誕生日のときに10万円を渡したんですね。」
私は口を挟んだ。

「ああ。知ってたのか。大した金額でもねぇんだけど、当時の俺の全財産だったんだ。俺も高一からバイトやってたから、それなりに貯まってはいたんだが。しかも、そのお金さ、あんたが産まれてちょっとしたときに、『あんときの返し』って言って渡してきたんだよ、10万円を。」

「律儀なやつだよ。」

「ええ。」
なんと返したらいいのか分からず、変な相槌を打ってしまった。

「で、あんたが産まれてからも圭介は前にも増して働いてた。
でもある晩、圭介がここに酔ってやってきたんだ。そんなことは初めてだったよ。……。どうしたんだと聞くと、圭介が高校卒業してから働いてた会社が倒産したと言うことがわかったんだ。」

高橋さんは、まるで自分が倒産したかのように苦しそうに言った。

「圭介みたいな働き者に限って、そういう…不幸なことが当たるんだ。神様はひでぇ奴だよ。」


私は、何も言えなかった。
何を口にしたらいいのかわからなかった。

「結局、倒産してからも圭介は別の会社で働いてたみたいだったけど、限界だったんだ、きっと。」

「だから、だから、仕事の帰りに過労で突然心臓発作起こして、そのままバイクで事故して亡くなったんだ。」


「馬鹿だよ、馬鹿な奴だよ…アイツは。」

高橋さんは多分、泣いてた。


祖父のようにはならないと自分を追い詰め、働いて働いて死んだ父。


それは、とても……とても、、孤独だ。

可哀想だ。とても。


私の気持ちはぐるぐると回り、何を思ったらいいのか、泣いてる高橋さんをどうすればいいのかもわからない。


ぐちゃぐちゃの感情をどうにかして吐き出したくて、私は気づいたら泣いていた。

赤ん坊のように、声を上げながら、泣いていた。
泣いてしまった。


父にたまらなく会いたかった。無性に会いたかった。
会って、抱きしめてほしかった。

抱きしめたかった。




続きます。
残り3話。



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