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ワインとリハビリ

 膝の手術をした。

 三年前の成人の日、動き出したバスの車内で大荷物を抱えた私は、座席に座ろうとして左足を軸に回転したら、膝が通常とは逆の方向に曲がった。膝に強烈な痛みと不安定さを感じていたが、その日はワイン会が2件とチーズプロフェッショナル協会のイベントが入っていて、スケジュールをこなすために休日でも営業している接骨院に駆け込み、とりあえず歩けるようにしてもらった。
 その接骨院へは半年ほど通った。膝の不安定さはあったものの、痛みもなくなり、サポーターをすれば普通に歩けるようになった。

 それから三年が経った今年の六月、自宅キッチンの床が濡れていて右足が滑った。不安を抱えていた左足で踏ん張る形になり、電気のような痛みが走った。
「ちゃんと整形外科で診てもらった方がいいよ」というリアル彼氏の言葉に、一度は接骨院に予約を入れたものの思い直し、吉祥寺駅近くのクリニックに行くことにした。

 余談だが、医療機関には「病院」と「診療所(クリニック)」の分類があり、その違いは入院患者用のベッドが20床以上あるかないかとのこと。私のような患者にとっては、規模の大小にかかわらず「病院」は「病院」だと思うのだが、ワイン仲間の一人である医師は「病院」と「診療所(クリニック)」を区別しているようだ。イタリア料理店における「リストランテ」と「トラットリア」の違いのようなものかもしれない。

 クリニックを受診して、MRI画像を撮った。整形外科医の診断は「左膝前十字靭帯断裂、左膝内側側副靱帯損傷」。何?その、スポーツ選手のケガみたいなの。
「このまま放置しておくと、変形性関節症に進行しかねない。変形性関節症になったら治ることはない」という医師の言葉に即手術を決意、手術可能な近隣の病院を紹介してもらった。

 入院に際し、隠れて飲むためにこっそりワインを持ち込もうと考えていたがやめた。休肝日なしに毎日飲んでいたワインだが、入院中は不思議なもので、少しも飲みたいとは思わなかった。ワインはTPOが重要。元気じゃないと楽しめないのかもしれない。

 手術は全身麻酔で眠っている間に終わり、翌日からリハビリが始まった。術後14日間は手術をした左足を地面につけることができず、まずは、車椅子でトイレに行く練習をする。片足で立つのに生まれたての仔馬のようにプルプルしたが、それもなんとかクリアし、トイレに行く自由を手に入れた。排泄の自由は人間にとって尊厳を意味する。ちなみに、手術の翌々朝までは尿道カテーテルとおむつなので、VIO脱毛をしておくと快適に過ごせる。病院で最期を迎えるつもりの方は今のうちに検討しておくといいかも。

 次は松葉杖の練習。10年前より体重が10キロ以上重くなり、ほぼ全ての筋肉が衰えているなまりきった55歳にとってはとても過酷なもので、全身筋肉痛。日常生活全てがリハビリかつ筋トレである。

 術後21日を経て、ようやく体重の3分の1をかける許可が下りた。両松葉杖と右足だけの不安定さから解放され、手術をした左足で第一歩を踏んだ時の不安と安堵が入り混じったあの不思議な感覚は、いつの日かフランス・ボルドーのぶどう畑をワインを飲みながら仮装して走る、メドックマラソンを完走したとしても忘れられないような気がする。                  

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