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おもてなし文化の残る島・伊是名島が選んだ「自分たちらしさ」ーニッポンのヒャッカ 沖縄編2ー

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「うちの商品は、良さを分かってくれる人に買ってもらえればそれでいいんです」

そう語るのは、沖縄の伊是名島で、島の素材を使った商品開発を行う「島の元気研究所」の代表・納戸(のと)義彦さん。はじめ、あまのじゃくにも聞こえたこの発言は、のちに、伊是名島の人々にとって重要な意味を持つ言葉だと知ることになる。

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伊是名島は、那覇から車で2時間ほど北上し、本部半島にある「運天港」からフェリーに乗り換え、1時間、波に揺られた先にある。

車で回ると20分もかからない、人口1,400人ほどの小さな島だ。

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「イヒャジューテー」という独特のおもてなし文化が残っており、各家庭の縁側には、急須に湯呑み、お茶請けなどのお茶セットが置いてある。訪問者は、それが村の人でも観光客でも、自由に飲み食いしていいという。

そんな慣習が続けられるほどに島の治安は良く、人々はおおらかだ。

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(photo by 砺波周平)

「この島に移住してきたばかりのころ、早朝、まだ暗い時間にドンドンドン! って戸を叩く音がするからなにかと思って出てみると、近所の人が『これ食べなさい、採れすぎたから』って、野菜をドサっと玄関に置いていくんですよ。そのあとも続々と、『あんたちゃんとご飯食べてるの?』と人がやってきては、食べ物や生活に必要なものを世話してくれました」

納戸さんが伊是名島での生活を始めたのは、今から24年前の1996年。もとは福岡の出身だが、20代のころから日本各地を移動しながら暮らすようになり、42歳のとき、この島のおおらかな空気に惹かれて住み着いたという。

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▲伊是名の海。透明度の高いエメラルドグリーンの海と白い砂浜のコントラストが美しい

もともとダイビング事業を生業としていた納戸さんが現在の事業を始めることになったのは、島に移住して10年ほど経ったころのこと。きっかけは、日本各地を渡り歩いてきた彼を頼ってやってくるようになった、島の若者たちからの相談だった。

その内容は主に、「島の暮らしを守りたい」というもの。

日本のほかの地域と同じように、伊是名島にも過疎化のあおりがきていた。
失われていく島の暮らしを守るため、行政が打ち出したのは「島の観光地化」。その第一歩として、旅行エージェントを招いた協議会が開催され、そこに、島の一事業者として納戸さんも参加していた。

「この島にたくさんの観光客を送り込んでほしい」と懇願する行政に対し、旅行エージェント各社が求めたのは「変化」だった。施設や設備、仕組みを整え、リゾート地としての新たな価値を作り上げるべきだというのだ。

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しかし、前述の島の若者たちの相談に対する納戸さんの答えは、そんな旅行エージェントの目論見とは180度違うものだった。

これまで納戸さんは、ほかの地域のやり方に追随して魅力を失っていく地域を、たくさん見聞きしてきた。この島の良さは、皆がお互いを信用して暮らしているところにある。安易な観光地化をすれば、代用可能な商品として島を消費する人々が押し寄せ、暮らしは守られるどころか損なわれていくはずだ——。

「観光客を増やすことが、島のメリットになるとは思えません」

変化を求める旅行エージェント各社に対し、納戸さんはそう申し立てた。その発言は大論争に発展し、怒った旅行エージェントはプロジェクトから撤退。納戸さんが島の仲間と共に島おこし事業に着手したのは、そのすぐあとのことだった。

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▲納戸さんが再生した古民家の、再生前と後

はじめに着手したのは、古民家再生事業。使われなくなった古民家をリフォームし、島に訪れた人が、島の暮らしを体験しながら滞在できる宿とした。最新式の設備や派手な装飾はなく、分かりやすい宣伝もしなかったけれど、純粋に島の暮らしに惹かれる人たちの間で知られるようになり、10年も経ったころには、ハイシーズンには予約がとれないほど人気の宿となった。

その次のステップとして取り組んだのが、島の素材を使った特産品の開発だ。島の人たちが誇れるものを作ることと、新たな雇用を生み出すことを目指した。

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伊是名島の西側、港から車で7分ほどの場所に、1軒の食堂がある。
納戸さんが仲間たちと一から手作りした「太陽食堂」だ。

ここで食べられるのは、納戸さんが開発した「太陽麺」を使った料理の数々。
ジャージャー麺や塩辛を使ったペペロンチーノ、とろろと温玉を乗せた冷麺など、和洋中さまざまなアレンジが楽しめる。

太陽麺は、うどんに似た味わいで、どんな味付けとも相性が良い。もちもちした歯応えはパスタのようでもあるが、パスタよりもぷりぷりと弾ける感覚が面白い。この不思議な麺は、一体なにからできているのだろうか?

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「商品開発をはじめようとなったとき、まず、島の中で無駄になっているものはないか調べたんです。そこで分かったのが、粒が小さかったり割れたりして売り物にならないお米が、年間2〜3トンくらい余っているという事実でした」

そう。太陽麺の素材は、「お米」。太陽食堂では、太陽麺のほかにも、米粉を使ったワッフルやシフォンケーキなどのデザートも提供している。伊是名港にある物産観光センターでは、同じく納戸さんたちが開発した、お米のぷりんやあられ、玄米アイスなどが販売されている。

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▲左上から、お米のわっふる、玄米アイス、お米のぷりん、島米あられ

それらすべてに共通するのは、「身体に優しい素材」で作られていること。

アレルギーの元になりやすい小麦や牛乳、卵は一切使われていない。さらに、玄米アイスの甘味には、人口甘味料の代わりに甘酒を使い、牛乳の代わりに豆乳を使っている。その原材料も輸入大豆ではなく、国産大豆であることにこだわる徹底ぶりだ。

なかでも、「太陽麺」をはじめとした麺製品の開発は難しかった、と納戸さんは振り返る。

「なんとかして、グルテンや増粘剤を使わず作りたかった。でも、米粉と水だけでではお団子になってしまって、麺の形が作れない。どうしようかと困り果てていたところ、テレビで偶然、本土にある大手の製粉業者のことを知ったんです」

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その会社は、米穀紛業界でもっとも細かい粒の粉を作れる技術を持っていた。

「この技術があれば、グルテンフリーの米麺が作れるかもしれない」

そう考えた納戸さんは、すぐにその会社にコンタクトを取り、会いにいった。話を聞いてみると、狙い通り「うちの技術ならできるだろう」とのこと。しかし、素材になる米粉は2〜3トン。そんな少量ではビジネスにならない。はじめは難色を示したが、島の状況や想いを語ったところ、一転。「そういうことなら、社会貢献事業としてやりしょう」と合意に至ったという。

機材を揃えるためにも、多くの費用がかかった。
「本当に大変でしたよ」と納戸さんは笑う。

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なぜそこまで苦労してまで、天然素材にこだわるのだろうか。

「売上をあげるには、添加物をいっぱい入れて、本当は1ヶ月しか持たない賞味期限を半年間に伸ばせばいい。原価を圧縮するには、輸入農産物を使えばいい。でも、私たちが売っているのはモノではなく、この島の“想い”なんです」

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▲そんな想いを込めて作られた、島の元気研究所の米製品のメインビジュアルとコピー

商品を通じて伊是名の人々が得ようとしているものは、売上ではなく、島の想いに共感してくれる人を増やすことなのだ。ただ観光客を増やせばいいのではなく、島の豊かな暮らしを守り、続けることが、本来の願いであるのと同じように。

だから、と納戸さんは続ける。

「うちの商品は、良さを分かってくれる人に買ってもらえればそれでいいんです」と。

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