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1本50万円のほうきは、「神様」から生まれる ーヒトとモノのはなし 1人目ー

「作り手と使い手が出会う場所」を目指してお店づくりをしてきた日本百貨店。店頭だけでは伝えきれない、日本百貨店が愛する「ヒト」が生んだ「モノ」のはなし。

今回、お話を伺ったのは、岩手県九戸村で作られる南部箒(なんぶほうき)職人、高倉工芸代表取締役の高倉清勝さん。箒作りと実演販売に25年を捧げてきた高倉さんに、南部箒の魅力を聞いた。

「やませ」と手作業が生み出す最高級の箒

「穂先を、よーく見てください」

高倉さんにそう言われて手渡された箒の先を見ると、強いくせ毛のように縮れている。人々が「箒」と聞いて思い浮かべるまっすぐな箒とは違う、この縮れた穂先が南部箒の一番の特徴なのだ。

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縮れを作り出しているのは「やませ」と呼ばれる冷たい風。春から夏にかけて、北日本の太平洋側に吹く冷たく湿った風が、この地方で作られる箒の原材料、ホウキモロコシを特別なものにする。

「7月頃にやませが来ると、気温が20度くらいまで一気に下がる。突然の寒さに、ホウキモロコシの成長が一度止まっちゃうんだよね。そして7月末から、また一気に30度を超えるほど暑くなって、ホウキモロコシが一ヶ月で2メートルくらい伸びる。そうやってこの縮れが、自然とできていく」

独特の天候によってできる縮れの強さは変わる。縮れの強さごとにホウキモロコシを15段階に分け、箒を作っていく。縮れが強ければ強いほどホコリがよく取れる、いい箒になるそうだ。最も縮れが強いホウキモロコシだけを3年かかって集めた最高級の箒は、なんと100万円!

栽培、収穫、箒づくりまで、すべてが手作業。たった6人の職人が作業を分担しながら、一本一本、丁寧に編み上げる箒は、まさに最高級品と呼ぶにふさわしい一品だろう。


高倉工芸が、箒に振り切った理由

九戸村でおこなわれていた箒づくりは、もともと農家の冬のあいだの副収入源。それに「南部箒」と名付け、ひとつの産業として本格的に取り組み始めたのが高倉工芸だ。

代々農家としてお米や野菜の栽培、養豚業を営んでいた高倉さん一家。しかし、企業の参入により小規模な農家が野菜づくりや養豚をやっていくのが難しくなったのを機に、それまで副業だった箒作りに事業を切り替えること。

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高倉さんのお父さん、先代社長・高倉徳三郎さんが持っていたのは「伝統の技と文化は継承していかないと消えてしまう」という思い。これから手仕事が減り、さらに貴重なものになっていくと考えた末の決断だった。

平成5年(1993年)に有限会社高倉工芸を立ち上げ、その昔、岩手県を治めていた殿様の名字、南部から「南部箒」と名付けた。

高倉さんご自身は高校と短大は豚を勉強し、研修を経て家に戻ってきたのが、箒に切り替えるおよそ1年半前。26歳のとき。

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「小さい頃から箒作りを見てはいたけど、ものづくりに興味があるわけじゃなかった。最初はしょうがないなって思いながらやってましたよ」

そう笑う高倉さんだが、今ではホウキモロコシの栽培をメインで担当し、箒作りも全行程を把握、販売までをこなす。なかでも力を入れているのが、お客様の目の前で箒を作って見せる「実演販売」だ。


見せるだけじゃない、伝える実演販売

「うちの箒は値段が高いので、説明しなきゃわからない。ただ3千円と3万円の箒が並んでいたら、どっちが買いやすいかなんて明らかだよね」

高倉さんが実際に見せてくれたのは、箒の持ち手部分の編み込み作業。昔から変わらないという特徴的な編み方に、想像していたよりも時間がかかることがわかる。「この箒は手作りだ」と知っていても、そこにかけられた時間と技術を目の当たりにする場面は、なかなかない。

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「実演販売で考えているのは、どうすればお客様に『伝わる』か。箒自体の良さはもちろんだけど、作っている私たちの思いも、うちの箒ならではの使い方も、ちゃんと伝えたい。特に苦労するのは、やっぱり使い方の部分だね」

そう言うと、高倉さんが出してきたのは実演販売で持ち歩いている絨毯。そしてその上に、ゴミをぱらぱらと乗せていく。

「ゴミも商売道具だよ。ほら、掃いてみて」

店頭にある一番高い50万円の長柄箒で絨毯を掃いてみると、ゴミが取れる、取れる! その場で高倉さんに教わったとおりに軽く絨毯を撫でるだけで、ばらまいたゴミが掻き出されて、おもしろいくらい集まってくるのだ。

「南部箒は、軽く撫でて使うのがいいんです。でもお客様は、これまで使ってきた箒の癖なのか、どうしても力を入れて掃いてしまう。だから、この場でしっかりと伝えて、マスターしていってもらいたい」

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なかでも必ず使い方をしっかりと伝えたいというのが「和洋服箒」。豚毛が主流となっている洋服ブラシの代わりに、小さな南部箒でササッとセーターを撫でると手品のように毛羽立ちが消える、高倉工芸のイチオシ商品だ。

「魔法みたいに見えるけど、箒で毛羽立ちをほどいているだけ」

高倉さんがそう言いながら、撫でるたびにセーターの毛羽立ちが消えていくのは、本当に魔法のよう。毛羽立ちは放っておくと毛玉になってしまうから、その前にお手入れすることが大切なんだそうだ。銀座の洋服店でも使われているほど、洋服を傷めずに毛羽立ちを解く。

「体験してもらうと、和洋服箒も、ほとんどのお客様が力を入れすぎています。店頭で見せて『すごい!』と価値を実感しても、家で使い方を間違えば、思ったよりも毛羽立ちが取れない。そうすると『なんで取れないの?』って。だから見せるだけではだめなんです。実演販売で、きちっと伝えることが、私たちにとってもお客様にとっても大切なことなんですよ」


新商品のヒントは、お客様から

高倉さんは、伝統的な箒に新たな特徴を持たせることで、オリジナル商品を開発してきた。持ち手を革製にした箒、クルミやサルナシの木の皮を柄の先まで編み上げた箒、漆塗(かんしつぬり)や津軽塗などの装飾を施した箒など、他では見ることのないようなものばかり。

展示されている大小さまざまな箒のなかでも、特に小さいものは、なんとパソコンのキーボード用の箒。隙間のホコリを掻き出すこの箒は、今の時代ならではの商品だと言える。

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人気商品のひとつ、「オーガニック箒」は原材料にもこだわった商品。土作りから農薬不使用のホウキモロコシを、藍染、柿渋染、紅花染の天然素材で編んだものだ。この商品を作るきっかけとなったのは、あるお客様からの声だった。

「化学物質過敏症の方から『私でも使える箒を作ってもらえませんか』と連絡をもらったんです。人によっては、箒を編む糸を染める化学染料だけで、肌が痒くなったり具合が悪くなってしまう。そういう方にも使っていただけるように、絹糸を天然素材で染めるオーガニック箒を作りました」

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さらに、新商品「癒やし箒『なでねこ』」も、お客様の声から生まれた商品のひとつ。

「お客さんがね、『おたくの箒で猫を撫でるとひっころぶんだよ』って言ったんです。本当に?って驚きました」

自身は猫を飼っていないため、そんなこと思いつきもしなかったという高倉さん。お客さんが送ってくれたという、箒で撫でられて気持ちよさそうに寝転んでいる猫や犬の写真を見せてくれた。

「猫や犬を飼っている人たちに、ペット用ブラシとして箒を使ってみてもらったんです。そうしたら犬や猫が喜ぶ上に、毛並みまで良くなっちゃった」

猫を飼っている人からは、猫が毛を舐めて毛玉を吐くことも減るんじゃないかと言われた。猫が喜び、毛並みが良くなり、その姿を見た人間まで癒やされる。そんな新商品が、お客様の声から誕生したのだ。

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絨毯もキーボードもペットブラシも、昔の日本にはなかったもの。高倉工芸が残したかった「伝統の技と文化」は、現代の暮らしに合わせて形を変えながら、しっかりと継承されている。

「箒は掃くだけじゃないんだってわかったのは、お客様のおかげですね。実演販売でいろいろなお客様と会話をしていくうちに『こんな使い方しているよ』とか『こんなものは作れないか』と教えてもらっているんです。そうしたら次はそれを作ってみる。たくさんのことを教えてくれる『お客様は神様だ』よね。

日本百貨店は、日本文化や工芸が好きなお客様がふらっと入って来られる空間。これから、どんなお客様と出会うことができるのか、楽しみ」

見せる、伝える、教えてもらう。実演販売は、ただの売り買いではなく、高倉さんにとってお客様との出会いと交流の場だ。


ヒトとモノに会いにいく:日本百貨店 總本店Instagram  Twitter


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