暮らしの礎

暮らしの礎。

おととい、別居していた奥さんが帰ってきた。

同居に戻ったわけではなく、僕の家に泊まりに来ただけなのだけれど、そこには長い旅から「帰ってきた」という実感があった。うれしかった。

そうして一緒に過ごしてみて、気が付いたことがある。

僕たちは別居後も頻繁に会っていたし、仲良くもしていた。
けれど、心のどこかはやっぱり「離れて」いたらしく、その間に枯渇していったものが四つあった。

ごはん、スキンシップ、リスペクト、笑うこと。この四つだ。

ごはん

ごはんはわかりやすい。
それまで奥さんがつくってくれていた料理を食べられなくなり、僕は自炊を余儀なくされた。

これはかなりきつかった。
料理はしたこともない上に、作業は退屈だった。
さらに、しばしばつくった料理を腐らせて絶望的な気分になった。

なにより、つくったものを一人で食べるのはわびしかった。
結果、僕は工程が少ないメニュー数品しかつくらず、それを変えないまま一年過ごした。つらかったけれど、新しいメニューを増やして、手間を増やす気にはなれなかった。

けれど昨晩、仕事帰りの奥さんのためにスープをつくったとき、はじめて料理が楽しいと感じた。おいしいと思ってもらえるようにつくる料理は、こんなに楽しいものかと驚いた。

そして、二人で食べる食事は、やっぱりうれしかった。
おいしいものが、ちゃんとおいしいと感じられる気がした。

スキンシップ

同居していた頃、僕たちはスキンシップの多い夫婦だった。
別居してからも手をつないで歩いたりはしていたけれど、いっしょにいる時間が激減したぶん、スキンシップも減った。

会ってもいたし、コミュニケーションが足りないときにはビデオ通話などで会話していたけれど、スキンシップの温もりには及ばない。

ここ数日、いっしょに暮らしてみて、肌を通して相手の存在が感じられることの心強さを感じている。触れていなくても、ただ同じ空間にいるだけでも伝わってくる安心感があった。

リスペクト

不安に駆られたり感情にのまれたりすると、僕たちはお互いを批判し合うことがある。

離れて暮らしているから、直接言い合うことはできず、しばしば、LINEでそれをすることになった。延々と、時には数日にわたってそれが続いた。

オンラインでのコミュニケーションの弱点は、自分を切り離し、感情を感じにくくできることかもしれない。相手を批判しつづけることはできるけれど、解消できないイライラは募っていき、互いに対するリスペクトを失っていった。

それは、言葉や態度に示していなくても伝わってくる。
奥さんが帰ってくる直前、僕は生きていることに意味を感じられないくらい落ち込んでいたけれど、奥さんに仕事を褒められて、その気分は一気に霧散した。

奥さんに認められている。
ただそれだけのことで、人生の質感がまるで変わってしまうのだと驚いた。

笑うこと

ここ数日、暮らしてみて、僕らは実によく笑うなあと思った。
会話の中にひょいひょいとおかしみが入ってきては、笑っているのだ。

「この先、人生をどうするか」という真剣な話し合いをしているとき、それは出て来ない。このテーマは、僕らにとって喫緊の課題だったから、会うたびその話ばかりしていた。そのくらい、活路を見出したかった。

そうしているうちに、他愛もない会話をする時間が減った。
その結果、笑うことも激減していたのだと、昨日、笑いながら気が付いた。

本当にくだらない、何にも役に立たないようなことを話すこと。
それがこんなにも大事だなんて気がつかなかった。


これらのことは、ここ数日、いっしょに暮らしてみて分かったことだ。以前、同居していたときに、これらが「暮らしの礎」となって、関係や生活を支えてくれていたことが、いまは分かる。

昨晩、台所で歌っている自分に気が付いた。
このところ、歌う気にも作曲する気にもなれなかったのだけれど、奥さんがいるだけで、歌は自然と僕の口からあふれてきた。

一人の人の存在が、こんなにも自分に影響を与え、心境を変えてしまう。
それは人として弱くなっているような気がしないでもないけれど、それだけ自分にとって大事な存在なんだなあと思った。

「たとえば、君がいるだけで心が強くなれること」と、カールスモーキー石井は歌ったけれど、本当にいるだけで、こんなにも違う。

そして、いるだけで起きている大事なことを、僕たちは簡単に見落としてしまう。

もしかしたら、こういうことは僕たちだけでなく、他のパートナーシップでも起きているのかもしれない。

へその尾か玉の緒がつながっていて、一緒にいないとうまくエネルギーが回っていかず、いのちが循環しない関係。そういうものがこの世にはあるんじゃないかな。

依存と言われてしまうかもしれないけれど、個人的にはもっと大事なもののような気がしている。

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