見出し画像

飲み会と育児 前準備と帰りのモヤモヤ

「終電までに帰らないと」

六本木に向かう電車の中で、終電を調べる。

まだ着いてもいないのに、帰りのことを考えるのは、子どもができてからの癖になっている。

 今日は、大学時代のゼミの先生や同級生たちとの久しぶりの飲み会。卒業して以来、約13年ぶり。

「飲み会にいく」
その1つの予定を実現するには前準備が大切だ。

まず子どものお迎えはだれがいくのか、夫がいけるのか。
夫がいけないなら私の母に頼もうか、それでも無理なら私がお迎えして家に連れて買ってきてから出かけるか。

 私が夕飯~寝かしつけまでいないなら、母でもわかるように夕飯の準備をしておく、お風呂の準備も。

仕事も絶対に残業はしないで終わらせよう。
そもそもこの日、子どもたちの体調が万全でないといけないから、数日前から意識する(といってもできることはあまりないが…)

 飲み会が決まってから、私の脳内では色々なタスクが立ち上がる。この前準備があって、やっと「飲み会にいける」ようになる。

 飲み会当日、保育園から帰宅してぐずつく子どもたちに、とりあえずパンを食べさせる。

じっとしてくている5分の間に、よそいきの服に着替え、メイクをする。到着した母に夕飯の仕方を説明し、私がでかけることに気づいて泣き出した子どもたちにハグをして、急ぎ足で家をでる。

 やっと、行きの電車に乗れた。

 六本木に降り立つと、たくさんの人、ネオン、連なるタクシーが目に飛び込んでくる。
「これから夜が始まる」感。

 今まで私がいた世界との違いが大きくて、思考が追いつかない。
さっき5分でメイクした私の顔と服装、浮いていないかな?
居心地の悪さを感じながら、足早にお店に向かう。

 楽しい時間はあっという間で、時計をみるとあと20分で終電だ。飲み会メンバーは、子どもがいる人は少なかった。男性は、子どもがいても、帰る理由にあげることはない。

 「もう一軒いこうか」
お酒も入り、高揚とした表情で連なって歩くメンバーに、「終電なので・・・」と断りをいれる。この調子だと朝までコースなんだろうな、とぼんやりと思う。
「またね~」と言われる顔が、少し同情の色がある気がするのは気のせいだろうか。

 楽しい、けど帰らないと。
流石に六本木から横浜までタクシーで帰る金銭的な余裕もないし、かといって朝帰りの許可は夫にもらっていないし、明日は子どもとプールに一緒に入らないといけないから寝ないとつらいし…。言い訳が、頭の中で浮かんでは消える。

 本当は、帰りをきにせず人たちが羨ましい。
まだまだ話したいこともたくさんあったのに。
独身か子どももいないときだったら、私もいけたのかなあ。
それとも子ども置いて飲み会にくることに罪悪感がなかったら、振り切れたのかな?
飲み会も、育児も、どちらもなんだか中途半端な気がする。

 横浜までの終電に乗りながら、心に鉛のような塊ができた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?