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【1分で読める】超短編小説「猫チョコ」

彼は「愛」に飢えていた―。












現在、独身。会社員。
親はいないため、一人暮らし。
友達も少ない。

夜遅くまで仕事をした後は、コンビニでご飯を買う。
アパートに帰宅。食事やお風呂を済ませたらすぐ就寝。
朝には起きて、また仕事。
流行に疎く、没頭できる趣味も娯楽もない。
その繰り返し。


そんなモノクロの日々に辟易しながら人生を過ごす。
ルーティン化した1日をこなすだけの人生。





















「ただいま~」


















当然、返事はない―。





















そんな彼は今日もいつも通りご飯を買いに行った。
いつも行くコンビニではなく、スーパーへ向かった。


なぜ、そうしたのか。
それは、誰にも神にも本人にもわからない。
何か、明確な意図があったわけではない。
強いて言うなら、きっと「気分」というやつだろう。














「バレンタインデーでーす!!チョコのセールやってまーす!!」

店員さんの声を聴き、思い出す。









「そうか、今日は2月14日、バレンタインか。」

女子が気になる男子へチョコを送りあうイベント。
ただ、最近では男子から送ることもあるようである。
あるいは、同性間で「友チョコ」なるものを送りあったりもするそうだが。








いずれにせよ、彼にとっては無縁な話である。








「くだらない。」









一言。本音が漏れる。



















「ニャ~!!!」











「!!!!!!!!!!!!!」














ふと、下を見ると彼の足元には猫がいた。




茶色い毛並み。クリンとした瞳でこちらを見つめる。
かと思えば、頬を足へすり寄せてくる。
一言でいうと、とにかくかわいらしかった。




彼は今まで生物にも懐かれることはなかった。
犬の散歩に遭遇すれば吠えられる。
動物園を歩けば阿鼻叫喚。



そんな彼にとってこんなことは初めての経験だった。
















「これは運命だっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」












その猫には「ココア」と名付けた。
茶色い毛並、彼自身の好きな飲み物が由来である。






彼は即座に買い物を済ませ、猫を家に連れて帰った―。




















それからの彼の日々は彩られていった。
今日も仕事を終えて「ただいま~」と一言。


「ニャ~!!!」



こちらに向かってきてくれるココアを抱きかかえる。
この瞬間だけは楽しい。嬉しい。
今は4月。新シーズンに突入し忙しい日々だ。
だが、そんなことはココアと一緒に過ごす間は忘れられる。


辛くても、頑張れる。
いつも元気をもらっている。



間違いなくココアは彼に「愛」をくれている。



彼にとってココアは唯一の友達であった―。










一方でココアにおかしい点がいくつか見られた。





終始餌も食べず水も飲まずで食欲がない。
家の中で冷蔵庫にたびたび入ろうとするなど涼しいところを好む。
活発に家の中を動くのに、散歩は決して好まない。




そして、明らかに。





以前よりも小さくなっている気がする―。













ある夏の日。
朝起きるととにかく暑かった。


どうやらエアコンのボタンを押してしまったらしく冷房が切れていた。

まあ、よくあることだ。



ふと横を見る。

そこには茶色い液体が広がっていた。














「なんだこれ。」








まあ、いいか。















そしていつも通り、仕事に向けて支度をする。

今日はやけに静かだ。


そういえば。





「ココア~!!おーい!!!」








名前を呼ぶが反応がない。
















「あれ???」













「ココアー!!!!!!!おーい!!!!!!!!!!!」



















なんとなく、ついていたテレビから、音声が聞こえる。



「猫チョコ。最近すごい流行ってますよね。」
「チョコであること以外はすべて本物!」
「実際に意志もあるし、動く。」
「本物そっくりに動く食べられる猫、まさに技術の進歩ですよね~」












涙ながらにココアを食べた。その味はほろ苦く、口の中で溶けていった。








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