町に潜む異空間
アスファルトで固められた道路が網の目のようにはりめぐらされ、電線によりどこでも電気が使えるようになった現代の日本。
町のすべては効率化され、よほど歴史的に価値がない限り、古く不便なものは壊され、排除されていく。
そんな効率化され尽くした町の中に潜む、ちょっとした異空間が好きだ。そこだけ外界から切り離され、時がとまってしまっているような――
いや、長いわりにうすっぺらくて意味のない文章をいつまでも書いていても仕方ないので、まずは具体例を紹介する。その方が分かりやすいだろう。
東京都の人形町。中小企業の入るビルや飲食店が建ち並び、人が仕事と食事を効率的にできるように作られている印象を受ける。
そんな人形町のとあるビル下の駐輪場に、赤い旗が立っている。
駐輪場を抜けると、壊れた洗濯機と非常階段、ビルの裏口があった。そしてその奥に鳥居が建っている。
ここは出世稲荷神社。京都の伏見稲荷から分霊された。初代市川団十郎が毎日参拝するほど信仰し、多くの芸能関係者や商人たちを成功に導いたといわれる。
江戸城含め江戸のほとんどを焼き尽くした振袖火事(1657年)、安政の大地震(1854年~1855年)、1873年の大地震、関東を大混乱に陥れた1923年の関東大震災、そして太平洋戦争でも本尊が消失しなかったという逸話が残る。
今では四方をビルに囲まれて外から見ることはできなくなり、ビルの駐輪場を経由してしか参拝できなくなっている。
だが神殿は真新しく、ビルの隙間にも関わらず辺りにはゴミひとつ落ちていない。神殿には賽銭を入れられるようになっているのだが、小銭だけでなく、千円札も入っていた。
周囲の建物がすべて壊され、四方をビルに囲まれても、出世稲荷神社は今なお多くの人に愛され信仰されているのだろう。
……話はもどるが、こういうそこだけ時がとまって異空間っぽくなっている場所が好きなのである。
せっかくなのでもう1つ例をあげる。
千葉県・本八幡の八幡の藪知らず。本八幡駅から徒歩5分ほどの交通量の多い道路わきに、その藪はある。
町中に突如現れる、深い深い藪。
ここはいわゆる禁足地であり、立ち入りが禁じられている。
江戸時代には全国的に名が知られており、当時の紀行文や地誌にも記録が残っている。水戸黄門が入ってしまい危うく出られなくなるところだったという伝説も残っている。
なぜ入ってはいけないのかは分かっていない。かつて葛飾八幡宮を分霊した場所だったから、日本武尊の陣所跡だから、貴人の古墳だったからなど神聖な土地であることを理由とする説、毒ガスが発生しているから、平貞盛が妖術で死門(あの世への門)を開き、それが今でも残っているから、平将門の家臣6人が泥人形と化した場所だからなど恐ろしい説も残っている。
今となってはなぜ入ってはいけないのか誰も知らないが、入っても良いことはないのは確かだ。
まもなく平成が終わろうとしているが、今でも出世稲荷神社はビルの谷間に潜んで多くの人の信仰を集めているし、八幡の藪知らずは禁足地となった理由を知る者が誰もいなくなってしまったのに、町中に堂々と鎮座し、人々から恐れられている。
こういう、便利さを追求して効率的に開発された町の中にぽつんと残る異空間に、どうしても私はひかれてしまうのである。
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