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【小説】デズモンドランドの秘密㉖

※前回はこちら。

「ゴア、ひどいことされなかった?」
「閉じこめられていただけでございます」
 再開したユーリとゴアが話しているところに、割りこむようにルーシーが入ってきます。手には鍵がにぎられていました。
「開けるからどいてちょうだい」
 その時です。
 一同の後ろから小鳥が飛んできました。
「お帰り」
 ルーシーは鍵をその場に落として、小鳥を出迎えます。
「ルーシー、すまないが急いでくれないか。連中に見つかってしまう」
 ゴアがやんわりと忠告します。
「そうね、小鳥さんもそういってる」
「どういうこと?」
 ユーリが訊ねました。
「デノセッドがこっちにくるみたい、あたしたちを捕まえようと探しているのね」
「いいから早くゴアを出せ」
 マサソイトがいらいら声でいいました。
「私がやるわ」
 ユーリが鍵を拾いあげ、さっさと鳥かごを開けます。
「ありがとうございます、ユーリ様」
 ゴアが外へ出てきましたが、途端にその顔がこわばります。
「きてるぞ!」
 ふり向くと、部屋の入り口にはデノセッドが立っていました。まるで黒い壁のように立ちふさがっています。
「どうなるか分かっているのだろうな、ここを逃げようとした者が」
 ユーリが、さり気なく修治の体を押してマサソイトの方に押しつけます。
「そうか、貴様はヒッチコックではないな、ガボエの仕業か」
ユーリは威圧するように、剣の柄に手をかけます。
「我輩は争うことは好きではない、お前たちもそうだろう。我輩とお前たちはもともと同じ、デズモンドに作られた仲間ではないか。お互いに手を取り合い協力せねばならない」
「そう思ってるのなら、どうしてこんなことをするの?」
剣を抜いてデノセッドに突きつけました。
「世界の秩序を乱したから、しばらくここで反省してもらうだけだ。我々はあくまでこの世界を管理しているだけなのだ。それよりも、その物騒なものを収めてくれないか。お前までここに収容しなくてはいけなくなる」
「どうせ私も帰さないつもりのくせに」
 ユーリがそういいながらも武器を収めた時、ルーシーがデノセッドに向かって走りだしました。彼女の体がみるみるうちに緑に包まれ、先ほどと同じ巨大な茂みになりました。
 デノセッドはあわてる様子を見せることもなくふところから杖を出し、ルーシーに向けて一ふりします。まるで空中に導火線でもしかれているかのように火が走り、茂みが火に包まれました。
「熱いわ、あたし燃えてる、あたしの体が焼けていく嫌な臭いがするわ」
 ルーシーが茂みを引っこめて逃げ帰ってきました。全身が火だるまになっていますが、彼女の方もあわてた様子はありませんでした。すさまじい熱気と「体が焼けていく嫌な臭い」に耐えられなくなった修治はルーシーと少し距離を取ります。
「だめだわ、あの子」
 メアリーが小声でいいました。
「あんなに大きくなったら、デノセッドを押しつぶしても部屋から出られないじゃない」
 デノセッドは杖をしまい、出口の前に立ちふさがりました。
「貴様らは全員自分の鳥かごにもどってもらおうか。部外者は今すぐ出ていけ」
 デノセッドが口を開きました。
「しばらくしたら解放されるのだ。大人しくしている方が賢明だと思わないかね」
 もちろんうそです。デズモンドワールドの住人が王様になったら、連中はデズモンドの力を使って逆らう者はみんな消してしまうはずです。
 でも、みんなだまっていました。本来ならそのことを知っているはずはないですし、それをデズモンドにいったところで、事態が好転するとはとても思えないからです。
部屋には、ルーシーが火を消そうと服や髪をたたく音だけがひびいていました。
「デノセッド殿、実はよく分からんのだ。なぜ我々が捕まったのか。どうか、我々がなぜ捕まったのか、閉じこめておくに値する理由となるものをを提示してもらえないかね。ユーリ様も、その根拠が不明確だからここまでいらっしゃったのだ。もしきちんと根拠を提示してもらえるなら、ユーリ様はお帰りになられるし、すべては丸く収まるだろう」
 ゴアが下から頼みます。
「約束しよう、約束するからお前たちは鳥かごにもどれ。そしてユーリにはお帰りいただこう」
「だめだ、根拠を示すまで我々はここを動かない」
その時、壁に体を打ちつけながらツボックが乱入してきました。デノセッドは老人とは思えない身のこなしで前転して避けます。
「タヴァスだわ!」
メアリーがさけんだ通り、ツボックの背中にはタヴァスが乗っていました。
「すっかりおそろいだな! ひょっとして俺が最後か? やっぱりヒーローは遅れてこなくちゃな!」
「遅れすぎよ!」
 メアリーが怒鳴りつけます。
「今だ、逃げるのだ!」
 一同にゴアが号令をかけました。
 デノセッドが杖をふりあげますが、ツボックの翼に打たれ、折れて飛んでいってしまいました。
 ユーリが剣を抜いてデノセッドに突きを入れます。デノセッドの目の前に青黒く光る丸い盾が現れ、剣をはじきます。
「みんなは先にいって! あたしはエメラルダを見つけないと!」
 どうやらユーリはここでお別れのようです。おいていくのは後味が悪いですが、自分がいても邪魔になるだけです、仕方ありません。
「こっちだ、乗りなお坊ちゃん!」
「俺ですか?」
 逃げだそうとしていた修治は立ちどまります。
「ツボックは人間一人でいっぱいいっぱいだ。身内よりも、デズモンドワールドからわざわざお越しくださったお客さんを大切にしないとな」
「いいからさっさと出しなさい!」
 ちゃっかり乗っているメアリーが怒鳴ります。
「あわてるなって、さあ、逃げるぞ!」
 タヴァスはこんな時なのに、少し楽しそうに号令をかけました。
 マサソイトや茂みに包まれたルーシーを追い抜いて、ツボックは疾走します。ツボックの前を、ルーシーの小鳥が飛んでいます。どうやら先導してくれているようです。ゴアは見あたりません。ユーリと共に残ったようです。
「いいんですか、俺だけ逃げて?」
「みんな逃げてるだろ? 俺たちが一番速いだけで」
「エメラルダさんは助けられないんですか?」
「あいつはまだ捕まってるのか? まあ、俺たちがいっても捕まりにいくようなもんだ。今大切なのは、デズモンドワールドの住人であるお前さんを助けるってことだ」
「エメラルダさんを見つけて、ユーリさんたちも一緒に逃がす方法はないんですか?」
 その時でした。
「修治君は本当にお人よしなんだね。理解できないよ、何の得にもならないのに」
 茂みの中から声が聞こえてきました。ルーシーの声ではありません。
「まさか」
 ツボックとマサソイトは、思わずルーシーから遠ざかります。
 茂みの中からゴーストが姿を現しました。ルーシーはどうでもよさそうに、彼を横目で見ただけでした。
「あれ、何だかすごい嫌な空気。せっかく協力してあげようって思ったのに」
「協力、お前が?」
 修治はなるべく皮肉っぽく聞こえるように訊ねました。
「そんな態度を取っていいのかな。マサソイトさんたちが逃げられたのは、みーんなぼくのおかげなのに」
「どういうことだ」
 マサソイトが訊きました。
「ルーシーちゃんが何で逃げだせたのか、何でみんなの鍵を持っていたのか不思議だと思わない? そうだよ、全部ぼくがやったんだ。ぼくが鳥かごに対応した鍵に変身してね」
 ゴーストがみるみる小さくなっていったかと思うと、金色の鍵に姿を変えました。鍵は茂みの中に落ちて消えていきます。
「あ、ぼくのこと内緒にしててよ。もう連中と縁を切るつもりだけど、ばれるよりはばれない方が気が楽だからさ」
 茂みの中から声が聞こえてきました。
「何をたくらんでるの?」
 メアリーが茂みをにらみつけます。
「大した理由じゃないんだ。ぼくね、はっきりいって君たちが大嫌いなんだ。だってぼくの出てた作品はデズモンドワールドで忘れ去られてるのに、君たちの作品はデズモンドワールド中のみんなに知られて愛されて、世界中が君たちのこと知ってるから。だから連中について君たちをいじめてた。あと、ぼくのことを忘れたデズモンドワールドの住人も嫌いだな。修治君、君のことは特に気に食わないよ。生意気で、虫唾が走るほどのお人好しで、しかもいろいろとよけいなことに気づくしね。あと流花ちゃんみたいなかわいい女の子に好かれてたりするとこも。あ、流花ちゃんは嫌いじゃないね、ああいう東洋系のエキゾチックな子は好きだよ。ちっちゃくていい匂いするし、意外と芯が強いけど、ちょっとおどかしてゆさぶると涙目になったりするところとかぞくぞくしちゃう。ほんとかわいい」
「最っ低」
 メアリーが聞こえる小声でつぶやきました。
「でね、まあ君たちをいじめてそれなりに楽しくやってたんだけど、なんかそれじゃ不満足になってきたんだよね。何ていうんだろうね、ぼくはね、連中の考え方も好きじゃないんだ。嫉妬して君たちをいじめて、そういうのってみにくいよね」
「お前さんがいうなよ」
 タヴァスも思わず突っこみました。
「どっちかっていうと君たちの方が少し嫌いじゃないかなって思ってさ、そろそろ連中から離れて君たちの方につくことにしたんだ。ほら、今ってすごい大切な時でしょ? このままじゃこの世界が連中のものになっちゃうっていう。今さ、ヤマさんたちはトミー・パピーを捕まえにいってるんだ。流花ちゃんを女王様として認めさせるためにね。だから、裏切るにはちょうどいいかなと思って。手始めにルーシーちゃんを助けて、あとはルーシーちゃんに指示してツボックとかタヴァス君とか助けたんだけど――やっぱたまらないね。悪いことして人を困らせるより、いいことして喜ばせる方が気持ちいいね、だから君たちにつくことにしたんだ」
「お前さんを信用しろってのか?」
 タヴァスはみんなを代表して訊ねました。
「すぐに信じてくれるとは思ってないよ」
 ゴーストは人間の姿になって茂みから現れ、微笑みました。
「ただ、エメラルダちゃんたちをきちんと逃がしたら、君たちも、ちょっとはぼくのこと信用してくれるかなあって思ってね」
一同は走りながら顔を見合わせます。
たぶん、みんな同じ意見でしょう。
「ユーリ、ゴア、エメラルダ、ガボエを逃がせ。そうしたら貴様への認識を少しは変えてやってもいい」
 マサソイトが命令しました。
「ふふ、ありがとう、充分すぎる返事だよ」
 ゴーストは本当にうれしそうに笑いました。
「ルーシーちゃん、手伝ってくれる?」
「あたしに引き返せっていっているの?」
 ルーシーは本当に嫌そうな声でいいました。
「引き返したらあたしが捕まるわ。あたしはあたしが一番大事なの、だから嫌だわ」
「君はそんなんだからみんなに連中と一緒くたにされるんだよ。ここはさ、エメラルダちゃんたちを助けて、連中と違うってところを見せつけてやんないと」
 ルーシーを乗せた茂みが急にとまりました。
「あたしはあたしが素敵だと知っているし周りがどう思おうとあたしは素敵だけど、周りの勘違いであたしが不当にあつかわれるのは嫌だわ」
「さすがルーシーちゃん、そうこなくっちゃ。じゃあ、ぼくらはちょっともどるよ。そうだ、修治君にこれ返しておくよ」
 ゴーストが小さい麻袋を放ってきました。中には奇妙な丸い実が入っています。
「流花ちゃんがメタコメット君からもらった実だよ。それなのに流花ちゃん落としちゃうんだものね。それを食べるとしばらく疲れないし体の限界を超えた力が出るんだ。使うなり流花ちゃんに返すなり好きにしなよ。あと、流花ちゃんを離しちゃ駄目だよ。メタコメット君やぼくに取られるからね。じゃ、またいつか会おうね、会えたらだけどね」
 ルーシーを乗せた茂みは方向転換して走りだしました。茂みとゴーストの影が小さくなっていきます。
 ルーシーの小鳥は、ルーシーについていかず一同を先導するように飛び続けています。
「私たちは二人をおいて逃げましょ」
 メアリーがいいました。
「もし本当にユーリたちを連れて帰ってきたのなら、あの子たちを受け入れてやってもいいけどね。少なくとも私は」

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