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【小説】デズモンドランドの秘密㉕

※前回はこちら。


 一〇分ほど歩き続けると、壁や床につる植物がはっている廊下にいきあたりました。
「何、これ?」
「ルーシーさんが暴れたあとみたいです」
 取りあえず、つるをたどっていくことにします。
「あの人も助けませんか、味方にはなってくれるはずです」
「連中の敵ってことは私の仲間ってことだものね、連中以上にどうかしている子ではあるけど――ちょっととまって」
ユーリに服をつかまれ、引きとめられました。
「誰か近づいてくる」
 確かに、廊下の曲がり角の向こう側から走る音が聞こえてきます。ぺたぺたという、はだしのような音です。
 身がまえていると、角から(映画で)見覚えのある顔が現れました。マサソイトです。
「あれ、あなたなんで外にいるの?」
 ユーリはほっとした顔をして訊ねました。
「よく分からないが、ルーシーが俺の鳥かごを開けた。だから出てきた。それだけだ」
「あの子、ここでさわぎを起こして、どさくさにまぎれて逃げだすつもりなのかしらね」
 修治は、マサソイトに一部始終をかいつまんで説明しました。
「つまり、先にこちらがトミー・パピーを確保してしまえばいいわけだ。そうすれば、少なくともこの世界の主導権が連中に渡ることはない」
「連中の一部はトミー・パピーを捕まえるために出ていっちゃってるし、チャンスだわ。できるだけ捕まってる人を助けて、外の人に知らせましょ」

 三人はつるをたどりながら進み続けます。
「貴様ら、メタコメットの奴は見たか? 連中が集落にくる前日にどこかに消えてしまってな、俺は連中にさらわれたのではないかと思っているのだが」
「私が知るわけないでしょ、修治は?」
「……分からないです」
 少し悩んで首を横にふりました。
 流花の話によると、メタコメットは自分から望んで集落を逃げだしています。流花やメタコメットのことを考えると、ここでマサソイトに本当のことをを伝えていいのか迷ったからです。 
 メタコメットのことを考えると、少し複雑な気持ちになりました。
流花の話では、メタコメットは彼女に好意を持っているようでした。でも、流花はそれを断り、メタコメットも納得したそうです。流花はくだらないうそをつくような子ではありませんし、「あの男の子、私のこと好きなのかも」と勘違いするほど自信過剰でもありません。むしろ根拠もないのに「みんな私のこと嫌いに違いない」と思いこむタイプです。
だからメタコメットが流花に興味を持っているのは本当でしょうし、ある意味、修治にとってライバルということになります。
でも、彼女の気持ちがどちらかといえばこちらに向いていることは間違いないですし、ライバル心を感じる一方で「見る目あるな」という、親近感のようなものを感じたのも事実でした。
 今度は、前の方から壁に何かが何度もぶつかるような音が近づいてきます。
「味方だといいが」
 マサソイトが腰を落として身がまえます。
曲がり角から転がるように飛び出してきたのは、ツボックでした。羽を羽ばたかせては壁に打ちつけています。
「すごく怒ってるみたい」
「いや、おびえているのだ」
 ユーリの言葉に、マサソイトは首をふりました。
 ツボックは壁にぶつかって横転したかと思うと、起きあがってこっちに走ってきます。
「あのツボックがおびえるとは、何があったのだ?」
「そんなことよりこっちに突っこんでくるわよ、はいお願い!」
 ユーリは背負っていた小さな盾をマサソイトに押しつけます。
「何だ?」
「私じゃ力負けするから」
 修治はユーリに腕をつかまれました。そのまま、マサソイトの背後に押しこまれます。
「私は修治を守るから、あとはよろしく」
「おい!」
 マサソイトが怒鳴りますが、ツボックはもうそこまでせまっていました。
「とまれツボック!」
 マサソイトが盾を頭上にかかげてさけびます。
 修治はユーリに頭をおさえこまれました。
硬いもの同士がぶつかり、こすれるような音がします。よろけてあとずさりするマサソイトの背中が見えました。
 ツボックは三人の頭上を飛び越え、壁にぶつかりながら走り去っていきました。
「だめだ、興奮して手がつけられない」
 マサソイトはユーリに盾を投げて返しました。
「あれだけ暴れてたら連中も手出しはできまい。タヴァスなら奴を落ちつかせられる。タヴァスを見つけるまで放っておく方がいい」
「あの子、何におびえてたのかしらね」
 ユーリの盾には三本の傷がついていて、一本は貫通して向こう側が見えていました。

 ツボックがおびえていた原因はすぐに分かりました。
 ルーシーが廊下を移動していたのです。彼女の体はとげだらけの茂みでおおわれて、ほとんど見えなくなっていました。自分の足ではなく、つる植物を足のように動かして移動しているようです。茂みの周りを、二匹の蝶が護衛するように飛び回っています。
「相変わらず化け物みたいな奴だ」
 マサソイトがつぶやきました。
 ユーリは盾をかまえます。
「話をしてくる。マサソイト、何かあったら修治をお願いね」
 役に立てないのを自覚している修治は、大人しくマサソイトの後ろに隠れます。
「ルーシー、修治から事情は聞いたわ。私たちと一緒にこない? 他の人を助けてここから逃げましょ」
 ユーリは、移動する茂みの前に立って歩きながら説得します。
 しばらくして、ユーリがもどってきました。
「少し意思の疎通が難しかったけど――要約すると、『人のいうことを聞くのは嫌いだから自分の動きたいようにさせろ』だって」
「どうしたいっていってますか?」
「ルーシーは、さわぎを起こすためにこの建物を植物だらけにしながら移動してるの。あと、もっと混乱させたいから、目についた人は片っ端から出してるみたい」
「やはり俺はルーシーに利用されただけだったのか」
 マサソイトはまたつぶやきました。
「ただ分からないのは、どうして奴が鳥かごを開けられたかということだ。俺やツボックが暴れても壊せないような鳥かごを、ルーシーは壊さず開けた。どうなっているんだ」

 三人はルーシーについていくことにしました。彼女についていけば他の味方と合流できるはずです。
 修治は、茂みにまきこまれないように気をつけながらルーシーに近づきました。
「ルーシーさん、聞こえますか?」
「あなたの声? 聞こえているわ、聞こえているからあたしは返事ができるわ」
「マサソイトさんを助けたんですよね? これから誰を助けるんですか?」
「誰を助けるとかは考えていないの。ただ、近い順に出してるだけ。ここからは、メアリーが近いわ」
「メアリーさんを助けるんですね?」
「助けない理由がないわ」
 茂みはルーシーを包みこんだまま移動を始めました。
「今は小鳥さんを偵察にいかせてるの。ここは迷いやすいから情報を集めないとあたし迷ってしまうから。二人のちょうちょさんにはあたしを守ってもらうの。あたしを消そうとする人はちょうちょさんの不思議なりんぷんでしびれさせて、茂みのとげでくし刺しにしたあと、押しつぶしてぺちゃんこにしてやるの」
 
 メアリーの部屋の前につきました。部屋の前には小鳥が座っています。ルーシーの周りの茂みが枯れていきました。
「このまま入れると便利だけど、入ろうとすると進めなくなるから入れないの。たぶん、扉が小さすぎてつかえているんだわ。扉があたしに合わせて大きくなってくれないから、あたしの方がこうして小さくなるしか入る方法はないの」
彼女の手には金色の鍵がにぎられていました。
「それ、どこで手に入れたんですか?」
「あたしの部屋」
 ルーシーは平然と答え、扉を開けて入っていきます。
「わっ、何、何なのよ!」
 突然の来訪者にあわてるメアリーの声が聞こえてきます。
「心配しなくていい、こいつは我々の味方だ」
 マサソイトが後ろから声をかけます。
「味方っていわれても」
 ユーリたちを見つけて、メアリーは少しだけほっとした顔をしました。
「これで出られるわ、早く出て、さわぎを起こしてちょうだい」
 ルーシーは鳥かごを開けて、メアリーを見おろしました。
「何をたくらんでるの?」
「もしあたしが何かたくらんでいるとしてそれをいうと思うの? あたしが正直に話してあなたはそれを信じるの?」
 ルーシーは心底不思議そうに訊ねます。
「ごもっともだわ」
 メアリーは顔をしかめてうなずきました。
 
「おい、貴様はなぜ鳥かごの鍵を持っている。他の奴らのも持っているのか?」
 近づいて訊ねるマサソイトに、ルーシーは不思議そうな声を出しました。
「あなたはもしかして、あたしが自由に鳥かごを開けられることを不思議に思っているの? そしてその理由を知りたいの? もしそうだとしたら、答えられないわ。ある人と約束したの、『自分の名前を出さなければ脱出に協力する』って。ここでその人の名前をいってもいいのだけど、もしいったらあたしは鳥かごを開けられなくなるわ。あたしはもっとたくさんの人を逃がしてここを混乱におとしれたいの。そうでもしないと、連中の目をかいくぐってここから脱出なんてできそうにないから」
「つまり、教えられないということか」
「あなたが、もっと多くの人が助かることを望んでいるのなら」
「もちろん望んでいる」
 マサソイトはしぶしぶうなずきました。
「タヴァスはもう出したの?」
 メアリーも、踏まれないように少し離れたところから訊ねました。
「鳥かごから逃がしたかってこと? もしそういう意味なら、逃がしたわ」
「どこへいったか分かる? 分からないなら調べて。あなたのペットで何とかなるでしょ」
 メアリーは少し高飛車にいい放ちました。
「人にものを頼む時って、それなりの頼み方というものがあると思うの」
 ルーシーはたしなめるでもなく、ぼんやりとした口調でいいました。
「……お願いします」
 メアリーは舌打ちしたあと低い声で答えます。
「いい子ね、そうやって丁寧にお願いすればいいの」
 茂みを守っていた小鳥が、どこかへ飛び去っていきました。
「ルーシー、私の部下はもう逃がした?」
 今度はユーリが訊ねました。
「エメラルダとゴアのこと? もしそうならこれからよ、今からいくところ。二人を助けたら、あなたたち思いきり暴れてここをめちゃくちゃにしてよ。そうしないとあたし連中から逃げれないから」
「分かった。暴れるように命令するから、二人を出してあげて。お願いよ」
 メアリーとは反対に、ユーリは素直に頭をさげました。

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