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【小説】デズモンドランドの秘密㉔

※前回はこちら。


 修治は飛んでいく小鳥を追っていきます。こっちのことなんて待たずに、扉のちょっとした隙間をすり抜けながらどんどん進んでしまうので、見失わないのがやっとでした。
(さすがルーシーさんのペットだ)
 ついていくのに必死でどこを通ったのかまったく覚えていませんでしたが、修治は鍵のある部屋にたどりつきました。廊下の突きあたりの、廊下をそのまま壁で区切ったような細長い造りです。壁には、鍵が何十列にも渡ってかかっています。
「どれが正解なんだ?」
 肩にとまっている小鳥に訊ねますが、そっぽを向かれてしまいました。
(鳥かごが金製だから、鍵もたぶん金製だ。金製のを片っ端から持っていくしかないか。それだけでも何百個あるんだろう)
 取りあえず、金色の鍵を持てるだけ持って出ます(ヒッチコックの服にはたくさんポケットがついていたので、入れる場所には困りませんでした)。
「帰ろう、案内してくれ」
 小鳥はまた、こっちのことを考えていないスピードでもどっていきます。
 修治は、鍵で重くなった服を引きずるようにして追いかけます。ルーシーの部屋にもどるころにはすっかり疲労困憊していました。
「遅いわ」
 鳥かごの中の茂みから、ルーシーの非難する声が聞こえてきました。いい合いをしてもむだなので、修治はだまって鍵を取り出します。
「ずいぶん持っているのね」
「分からなかったんです、どれが正しい鍵だったのか」
「正しい鍵だけ持ってくればここでどれが正しいか迷わずすんだのに」
 修治は無視して、片っ端から鍵を試していきます。
 開かなかった鍵は、捨てずにポケットにもどしておきます。他の鳥かごが開くかも知れないからです。
「ヒッチコックさん、こんなとこにいたんだ」
 背後からあの声が聞こえてきました。
 ゴーストです。
「何の用だ――用なのです?」
「実はさ、困ったことになってね」
 ゴーストは体の後ろで手を組んで、ルーシーの鳥かごの周りをゆっくり回り始めます。
「この植物のこと――なのですか?」
「それもだけどさ、もっと面倒なのがきたよ。ユーリさんだ」
「えっ、ユーリってあの映画の主人公の?」
「映画の主人公の、だね」
 ヒッチコックにしては不自然な返事に引っかかったのか、ゴーストは笑いながら首を傾げました。
「どうしたのその服。じゃらじゃらいってるよ」
 ゴーストが近づいてきます。
「……大丈夫なのです」
 修治は生きた心地がしませんでした。
「ふーん」
 ゴーストは修治の周りをゆっくりと回り始めます。
「ヒッチコックさんさ、お願いがあるんだけど」
「何なのです?」
「ユーリさんの応対してよ。本当は門前払いしたかったんだけど、すごい剣幕でぼくじゃあとめきれなかったから入れちゃった。適当にあしらって追い返しといてくれないかな? ぼくはルーシーさんと話があるから」
「……分かったのです」
「ヒッチコックさん、応接室までの道分かる?」
「え?」
 応接室にはさっき一度いきましたが、その時はただヤマについていっただけです。もちろん、道順なんて覚えていませんでした。
「普通覚えてるよね、ここで働いているんだから。でもど忘れすることだってあるよね。ルーシーさんのペットに道案内を頼んだ方がいいんじゃないかな」
(やっぱりばれてるのか?)
 ルーシーは無言で小鳥を飛ばしました。青い軌跡を残して部屋の外へ飛んでいきます。
「おいてかれるよ」
 ゴーストはほほえみました。

応接室の戸を開けると、テーブルの前に一人の女性が立っていました。
 年齢は修治よりやや上――二〇歳に届かないくらいでしょうか。顔立ちはやや幼いものの、邪魔にならないように結わえた金色のポニーテールと赤い口紅が、大人びている印象を与えます。質素な白いドレスの上に鎖かたびらを着こんで腰に細身の剣を差していました。あまり友好的ではなさそうです。
「私の部下を返してもらいにきたわ」
 修治がドアを閉める前に、ユーリはきつい口調で先制攻撃をしかけてきました。
「やっぱりそう――なのですか」
 修治はいすを指差して座るようにうながしますが、無視されます。
「エメラルダとゴアは何の容疑でここに捕まってるんだっけ? この世界を乱した罪だったわよね? いつ二人がそんなことしたの? 証拠なんてないわよね。あなたたちが私のことを嫌ってるのは知ってる。でも、だからってこういうひきょうなことはしてはいけないと思う。二人を拘束するなら、せめて明確な証拠を出してほしいものね」
「取りあえず、落ちつくのです」
 ヒッチコックの金切り声をなるべく再現しながらなだめました。
「私は落ちついているわ。ずっと、ずーっと落ちついて、我慢してきたわ。私はね、あなたたちに一目おいているの。自分よりずっと昔の黎明期のデズモンドを支えてきたあなたたちを尊敬してる。他のみんなだって、そうだと思う。でも、あまり虐げられると、『そろそろたもとを分かつ時なのかな』って思うこともあるのよ。我慢にも限界があるものね。そうそう、マサソイトも捕まったそうじゃない。最近、名作の主役だろうとおかまいなく拘束するのね。デズモンドランドのパレードに支障が出るかもしれないのに」
 ユーリは、静かな威圧感を放ちながら話し続けます。
「最近ね、思うのよ。次は私たちだろうなって。私はあなたたちに反抗的だったから。でも捕まるなら、せめて一太刀でも浴びせてやりたいって思うのよ。冤罪で捕まるよりはね」
 ユーリは剣に手をかけました。
「……取りあえず、本当に落ちついてください」
 ヒッチコックのまねも忘れて、素でしゃべってしまいました。
「早く二人を解放するか、そうでなかったら二人が有罪だっていう明確な証拠を出して」
 ユーリはテーブルに飛び乗りました。剣を抜き、修治の喉元に突きつけます。
「もし証拠がないのなら、冤罪ってことよね。もしそうなら、捕まった二人を解放して」
 アニメキャラのヒッチコックなら、斬られても「痛い」ですむでしょう。でも、デズモンドワールドの住人だと命に関わります。
「あなたたち、何かたくらんでない?」
 ユーリが疑わしそうな目を向けてきます。
「何でさっきからだまっているの? いい? 私は不当に捕えられた部下を引き取りにきたの。あなたたちが部下を拘束する十分な理由を示してくれれば、私は大人しく引きさがるわ」
 本当に斬られかねない雰囲気になってきたので、修治は声を落としていいました。
「……誰にもいわないでくださいよ、実は俺、ヒッチコックじゃないんです」
「はあ、何をいっているの?」
 すごんだつもりなのかもしれませんが、思いがけない言葉に混乱したのか、イントネーションが学校でよく聞く「はあ、次の時間テストなの?」みたいになっていました。
「ガボエさんに姿を変えてもらっただけで、本当はデズモンドワールドの住人なんです」
「……ほんと?」
 普通の女の子みたいにユーリは訊ねました。
「本当ですけど、証明できるものがないです。持ち物は全部独房においてあるんで」
 ユーリはこちらを見ながら慎重に剣を収めます。
「もし本当なら、私を中に入れてくれるようにしてもらえない? ゴアとエメラルダを助けたいの」
「そんなことして大丈夫ですか?」
「二人が悪いことした証拠がないんだもの、大丈夫よ。そうしたらあなたもかくまってあげる。どうせ連中に捕まってここにきて、玉座を探させられてるんでしょう? 最近分かったんだけど、連中はあなたたちを玉座が見つかるまで帰すつもりはないし、もし見つかっても玉座のコントロールのために死ぬまで捕まえておくつもりなのよ」
「全部知っています。メアリーさんとかからもいろいろ聞きました」
「メアリーもここにいるの? 連中もめちゃくちゃするわね。……せっかくだから、でっちあげで捕まった人をまとめて逃がすのもありかもね。他には誰がいるの?」
「マサソイトさんの他にタヴァスさんとツボックもいるみたいです」
「なかなか豪華な顔ぶれね。いいわ、まとめて助けてあげる」

 修治とユーリは廊下に出ました。
 ルーシーの小鳥は、もういませんでした。
「俺、ここのこと全然分からないですよ。迷路みたいになってるから」
「そうでしょうね。むしろ、迷いなく歩いてたら後ろから一突きにしてたわ」
 ユーリは平然といいました。
「そうだ、連中の誰かに会ったら俺が『ユーリが部下と面会したいっていうから案内してさしあげるのです』っていうのはどうですか? そうすれば、エメラルダさんたちの場所へいけますよ」
「連中が私のそんな要求を聞いてくれるかは微妙だけど、悪くないわね」
 ユーリはうなずきます。
 五分ほど独房を歩いていると、向こうからデノセッドが走ってきました。
「まあ、連中の中では話せる方ね。一番厄介な奴でもあるけど」
 ユーリは小さい声でつぶやきました。
「デノセッド殿、実はユーリが――」
 ヒッチコックの声色をまねながらユーリの案内をさせようとしましたが、
「何の用事かは知らないがそれどころではない。ルーシーがいなくなった」
「ルーシーが!」
 修治とユーリは同時にいいました。
「さすがに消されるともなると、あのルーシーでもだまってはいないということだろう」
「消されるって、何それ?」
「お前には関係のないことだ、なぜここにいる?」
 デノセッドはユーリをにらみつけました。
「とにかくヒッチコックもあいつを捜せ。ヘイハチとヤマは今トミー・パピーの元へ向かっている。我々だけで何とかするのだ」
「了解なのです」
 修治はうなずきました。

「案内させられなかったわね」
 ユーリは「それより」と続けました。
「ルーシーが消されるって何の話? トミー・パピーがどうのこうのとか」
「話すと長くなるんですけど――」
 修治は歩きながら、玉座が見つかった話と、連中がトミー・パピーを拘束しようとしている話、そしてルーシーが消されそうになっている話をしました。
「ここにきて本当によかったわ。もし城にいたら、何も知らずに連中に世界をのっとられるところだったわ」
 ユーリは皮肉っぽくいったあと「私とあなただけでやれるかしら。アルノーもいてくれたらよかったのに」と、少し心細そうにつぶやきました。

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