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【小説】デズモンドランドの秘密㉓

※前回はこちら。

「突然悪いわね」
ピンクキャットは、応接室(廊下と何ら変わりない鉄さびだらけの小部屋でした)のいすに座って頬杖をついていました。
「ねえ、お茶くらい出しなさいよ」
部屋の隅に陽炎のように立っていた長細い警察官(流花の話では、確かヒッチコックという名前でした)に、文句をいいます。
「普通なら門前払いにするのです、入れてやっただけありがたいと思うのです!」
「うええ」
ピンクキャットは変な声で抗議したあと、修治の方を向いて、「どうぞ」とまるで自分の家のように目の前のいすを進めました。修治はいわれたままに腰かけます。
「よくここに入れましたね」
「玉座について教えるっていったら入れてくれたの」
ピンクキャットはこともなげにいいました。
(ここで話して大丈夫なのか、そんな話)
ヒッチコックがいるので声には出しませんでしたが、修治はにわかに不安になりました。
「伝えることといってもただ一言だけなんだけど、玉座のありかが分かったわよ」
「えっ」
修治は耳を疑いました。
「何ですと!」
ヒッチコックが机の上にかけあがり、ピンクキャットの前に立ってふんぞりかえります。
「くわしく聞かせるのです!」
「私はこの子と話してるんだけど」
ピンクキャットはうるさそうにいって、前足でヒッチコックを払い落としました。
「ところで、あなたたちってまたこの世界の住人を拘束したりしてるの? デズモンドワールドの二人から聞いたわよ。ルーシーとかメアリーとかエメラルダとかマサソイトとか、わりと有名な人たち捕まえてるじゃない。パレードに支障ないの? 何かさ、もっとすごい人捕まえるって噂もあるんだけど」
「よけいなお世話なのです!」
 ヒッチコックは起きあがっていい返しました。
ピンクキャットは彼を無視して席を立ちます。
「帰るわ。ねえおまわりさん、案内してよ、ここぐちゃぐちゃで、どこがどこだか全然分からないわ」
「もっとくわしく聞かせるのです!」
「これで全部よ。玉座が見つかった、十分でしょ」
部屋を出ていくピンクキャットを、ヒッチコックはあわてて追いかけていきました。
修治は一人取り残されます。

 廊下に出ても、そこには誰もいませんでした。ヤマすらいません。
修治はもう一度仲間を探すことにしました。独房に帰ろうとしたら道に迷った――十分な理由です。
(玉座の世界の住人は本当に味方なんだろうか。あんなことを連中の前でいったら、俺たちデズモンドワールドの住人が大変なことになるのは分かってるはずなのに。もし連中とつながってたら、藤山が危ない。玉座の話が本当なら、俺は帰れても、今あっちの世界にいる藤山が死ぬまでここで働かされることになる)
それでも修治は、ピンクキャットたちのことを疑いきれませんでした。
(ピンクキャットさんたちがいなかったら、俺はあの世界で水がなくてかわき死にしてたかもしれない。缶づめと引き換えとはいえ、助けてもらったことに変わりはない。それと、彼女の話には気になるところもあった)
 ピンクキャットは、こういっていました。
「ところであなたたちってまたこの世界の住人を拘束したりしてるの? デズモンドワールドの二人から聞いたわよ。ルーシーとかメアリーとかエメラルダとかマサソイトとか、結構有名な人たち捕まえてるじゃない。パレードに支障ないの? 何かさ、もっとすごい人捕まえるって噂もあるんだけど」
 もっとすごい人とは、誰のことでしょうか。
 メアリーは誰もが知っている名作の主人公です。彼女よりすごい人といったら、「デズモンドの顔」となっているキャラクターしか考えられませんでした。
(もしかしてトミー・パピーのことか?)

 一〇分ほど歩き続け、修治は「GORE」と書かれたドアを見つけました。
(これは、あたりかもしれない)
 ノックしてから、ゆっくりドアを押し開きます。
「お前は誰だ」
 ドアを開けきるより前に、低い男の声が飛んできました。
鳥かごの中に老人がたたずんでいます。ごま塩頭であごひげを短く生やし、丸眼鏡をかけ、長身を紺色のガウンで包んでいました。
「デズモンドワールドの住人の佐伯修治です」
 修治はこの老人に見覚えがありました。ゴア――デズモンドの映画『ユーリ』の中ではかなり重要なキャラクターです。
「連中に捕まったのか? もしそうならばなぜ自由に動ける?」
 ゴアは疑わしそうな顔でこちらを見てきます。
「連中が俺の世話するの面倒臭がって、放ったらかしにしてるんです。いろいろなところにいってたら目をつけられたのか、明日からは勝手に外出できなくなりましたけど」
「今日中にどうにかしないといけない、ということか」
 ゴアはあごに手をあて、修治につめ寄ります。
「まずは情報だ、知っていることを教えてほしい」
「メアリーさんとかマサソイトさんとか――あと、エメラルダさんも捕まっています」
 修治は、ゴアと一番関係のある彼女の名前をあげました。
「奴もか、ユーリ様の国はどうなっている?」
「分かりません。ただ、エメラルダさんはゴアさんのことで混乱しているそうです」
 修治は、流花から聞いたエメラルダの話を伝えました。
「エメラルダめ、そうも簡単にだまされるとはあきれたものだ。とはいえ、私もエメラルダと同じく『この世界の安定を壊した』という理由でこに入れられている。連中はユーリ様と折り合いが悪いから、どうせ私やエメラルダを人質にしておどして、無力化してやろうとしているのだろう、そうに違いない」
 ゴアは鳥かごの中を回りながら、独りでしゃべりだしました。
「連中があからさまに我々を虐げることは今までなかった。メアリーやマサソイトも捕まったとなるとこれは一大事だ。我々が従わないからついにしびれを切らして実力行使に出たか、きっとそうだ。他には?」
「さっきピンクキャットさんがきて、『玉座が見つかった』といっていました。連中も聞いています」
「ああ、何ということだ」
 ゴアは立ちどまり、修治を指差します。
「玉座に座った者はこの世界を好きにできるとか、トミー・パピーが王と認めないと効力がないとか、玉座が見つかったら死ぬまで連中に働かされて帰れないって話なら知ってます」
 修治は先回りして答えました。
「そうか」
 ゴアはまた回り始めます。
「脱出だ、ここから出られる手はないか?」
「脱出?」
「君の話が本当ならばこうしている場合ではないだろう。動けるのは君しかいないのだ。何か、ここにくるまでに逃げるのに使えそうなものとかはなかっただろうか?」
 一つだけ心あたりがありました。

 修治はだいぶ迷ってガボエの部屋にたどりつきました。
「またあんたさね」
 ガボエはそういいながらも、嫌そうな顔は見せませんでした。
「ガボエさん、やっぱり俺を連中に変身させてくれませんか?」
「またその話かい、そもそも、もしばれたらあたしが疑われるさね」
「それは分かってます。でも、ガボエさんは連中にいいようにされてもいいんですか?」
「……何がさね」
 修治は、ガボエがたじろぐのを見逃しませんでした。
「俺、藤山の友だちなんですよ。彼女からガボエさんの話も聞いてるんです」
 ぽかんと口を開けるガボエに、修治はたたみかけるように話し続けます。
「別に責めるつもりはないです。誰だって捕まるのは怖いし、むしろ俺は、表立って連中に反抗している人たちの方がどうかしてると思います。でも、ガボエさんは連中への恐怖に屈してまんまと連中に利用された挙句こんなところに閉じこめられて、それでいいんですか? さっき、あっちの世界の玉座が見つかったそうなんです。このままじゃ全部連中の思いのままになるんですよ。あなたたちの世界でしょう、俺も協力しますから、一緒にこの世界を救いましょう」
 ガボエは目を泳がせ、「でも、連中は怖いさね」とふりしぼるようにつぶやきました。
「そうでしょうね、俺だって怖いです。でも、永遠に連中がこの世界を支配する方が俺は怖いです」
 その言葉が決定打となったのか、ガボエは声をおとして訊ねました。
「どいつに変身するさね?」

 修治はヒッチコックに化けることにしました。ゴーストやデノセットほど怖くはありませんし、ヤマやヘイハチと比べるとばれにくいと思ったのです。
「鍵を手に入れたら、ガボエさんも助けにきます」
「ありがたいが、無理はせんでいい。そこまでして助ける価値はないさね」
 ガボエは自嘲気味に笑いました。

 修治は、一応連中に出くわさないようにしながら廊下を歩きます。
(ゴアさん、エメラルダさん、メアリーさん、タヴァスさん、ツボック、マサソイトさんは助けておきたい。ガボエさんも目が覚めたみたいだし、協力してくれそうだ。ルーシーさんも、できればもう一回話をしておきたい)
 修治は助ける人をリストアップしていきます。
 でも、それには鍵がなければいけません。でも、この広大な建物からどうやって鍵を探せばいいのでしょうか。そして、誰に鍵のありかを訊いたらいいのでしょうか。エメラルダたちが知っているとは思えませんし、連中に訊こうものなら間違いなく怪しまれます。
 足音が聞こえてきたかと思うと、目の前の曲がり角からヘイハチが飛び出してきました。
「ヒッチコック、手は空いているか?」
「いや、俺は――私は今自分の仕事で精一杯であります」
「ルーシーの件か?」
「何だそれ――そ、そうであります」
 取りあえず話を合わせておきます。
「なら仕方ない、我々はトミー・パピーの捕獲を急がなければならない、ここは任せた」
 ヘイハチは走り去っていきました。ばれずにすんだようです。
(トミー・パピーの捕獲? ルーシーの件?)
 よく分かりませんが、裏でいろいろなことをしているようです。
(ルーシーが連中を困らせているみたいだ)
修治はルーシーに会いにいくことにしました。彼女ならペットを使って鍵のありかを見つけることができるはずです。もしまた攻撃されても、何とか説得してペットたちに取りついでもらわなくてはいけません。
ルーシーの部屋へはほとんど迷わずにいけました。探している途中、壁や床が緑色に染まっているのを見つけたので、それをたどっていったのです。壁や床をはうつたは固く、青々とした葉っぱがついていて、床をまんべんなくおおっています。何度もつまづきそうになりました。
(連中に対して抗議でもしているのか? 連中のことなんか気にしていなそうだったのに)
ルーシーの部屋の扉は外れて傾いていて、そこからつるが洪水のようにあふれ出していました。扉の前を、二羽の蝶と小鳥が舞っていました。
修治は、両手をあげて危害を加える意思がないことを示しながら近づいていきます。
蝶がりんぷんをふりまきながら近づいてきました。
「俺はヒッチコックじゃありません、佐伯修治です。ガボエさんに姿を変えてもらいました。みんなを助けたいんです、話だけでも聞いてください!」
蝶がりんぷんをふりまくのをやめ、修治の周りをくるくる回り始めます。小鳥が肩に乗ってきました。臭いをかいでいるようです。
やがて、蝶と小鳥はルーシーの独房に帰っていきました。通ってもいいようです。
「ルーシーさん?」
修治は独房の中をのぞき見ました。
ルーシーは緑のいすのようなものに座っていました。よく見ると、それは緑色のドレスが成長したものでした。元からドレスをはっていたつるのようなものが姿を変えているようです。ルーシーの全身には細かいつるがはっていて、まるで体中に緑色の血管が浮き出ているように見えます。
「大丈夫ですか、ルーシーさん?」
修治は茂みの中に呼びかけます。
「あなたの質問を聞いて答えられるくらいには、大丈夫だわ」
返事が聞こえました。
「俺が誰だか分かりますか?」
「佐伯修治ね。姿を変えたようだけど臭いは佐伯修治のままね」
「一体何があったんですか?」
「何もないわ、あるのはこれから」
「これから何があるんですか?」
「これから何があるかなんて誰にも分からないわ、未来なんて誰にも分からない」
取りあえず、いつも通りで安心しました。
「ルーシーさん、また力を貸してください。俺は友だちや仲間を助けて、連中と戦いたいんです。仲間を助けるために、独房の鍵を見つけてください」
「ずいぶんとあたしを信用するのね。あたしは連中の味方なのに」
「どういうことですか?」
「あなたたちデズモンドワールドの住人があっちの世界に変える時、記憶を消していたのはあたしよ。連中の指示通りにね」
いつもの調子でさらりというので、にわかには信じられませんでした。
「何で連中に協力なんかしたんですか?」
「協力なんかしていないわ。あたしは自分が気持ちよければそれが一番の幸せなの。デズモンドワールドの住人のここに関する記憶を消せば、この世界のことはばれないし、デズモンドワールドの住人も、今まで通りデズモンドの作品で楽しめる。みんなが幸せでしょう。みんなが幸せだとあたしもうれしくて、いい気持ちになるわ」
「じゃあ、今は俺に協力してもらえますね? このままじゃデズモンドの作品のキャラクターも、デズモンドワールドの住人も不幸になるんですよ」
「あたしは自分が一番大好きなの」
 せっかくかみ合っていたのに、また話がずれだしました。
「あたしは自分が一番大好きなの」
 ルーシーはもう一度くり返します。
「あたしは自分が大好きだから、自分が一番気持ちのいいことだけをしたいの」
 それきりだまっているので話しかけようとしたら、また話を始めました。
「あたしがなぜここを緑だらけにしたか分かる?」
「いいえ、教えてください」
 修治は首をふります。
「あたしは自分が一番大好きだからなの」
 修治は、ルーシーの声にどこか追いつめられているようなひびきがあることに気がつきました。
「連中がこの世界を自分のものにしたらまず何をしたいのか、分かる?」
「いいえ、教えてください」
「いいえ」だけだと教えてくれなそうなので、きちんと教えてくれるようにお願いします。ルーシーのあつかいに慣れてくるのを、自分でも感じました。
「邪魔なキャラクターを消してしまおうとしているの。ここに捕まっているメアリーとかマサソイトとかもきっと消されるわ。キャラクターが消えたらあなたの世界でも、そのキャラクター、作品はやがて風化し忘れ去られていくでしょうね」
「消すなんて、あなたたちは不死身なのにそんなことできるんですか?」
「玉座に座った王様はデズモンドと一緒。自分の書いた台本を処分するくらいわけないでしょう」
 修治は、ルーシーが切羽つまってこんなことをした理由がようやく分かりました。
「そうよ、あたしはただ自分の好き勝手やってただけなのに何で消されなくちゃいけないの。あたし死んだら世界が死んじゃう、あたしのいない世界なんて何の意味もないのよ。あたしのいない世界なんてなくなればいいの」
「落ちついてください」
 修治はルーシーをなだめます。
「ルーシーさんの鍵も持ってきます。一緒に逃げて、消されなくする方法を考えましょう」
「そうしてくれるとありがたいわ」
 彼女はしゃっくりあげながらいいました。
「鍵、探してくれますか?」
「もう知ってるわ。この建物のことは全部知ってる。小鳥さんについていって」


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