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【小説】デズモンドランドの秘密㉒

※前回はこちら。

仲間の危機

 話は少し前の修治に移ります。
急に目の前がミルク色の霧に包まれたかと思うと、暗く赤い色の空が広がる荒野にぽつんと座っていました。目の前にデズモンドの銅像があります。
(もう時間がきたのか)
 流花と何もいわずに別れてしまったことに少し後悔しましたが、仕方ありません。
 辺りに連中の姿はないので、座ったまま迎えを待ちます。
 流花には強がってみせましたが、今の修治は猛烈にお腹を空かせていました。連中でもいいから早く再開して、食べ物をもらいたいと思っていました。

二時間ほど経ってこのまま餓死するのではないかと不安になってきたころ、土の小山の向こうから深緑色のトラックが走ってきました。前のよりもふた回りほど大きくなっています。どう見ても連中のトラックでしたが、それでも修治はほっとしました。
「えっ、何ぼさっと突っ立ってんの? おいてかれたいの?」
 トラックから、苦しげなエンジン音に交じってヤマの声が聞こえてきました。
 修治はだまって荷台に乗りこみます。
「早く動けってんだクソトラックが! アクセル踏んでるんだから進めってんだよ!」
 トラックの後ろから、臭くて黒い排気ガスがもうもうとわいて出てきました。
「ああもう、クソが! これだから車は嫌なんだよ! どうせ車使うんならハッピーラビットの野郎がいきゃいいのに何で自分が――」
(このトラックも、もう長くはなさそうだ)
手持ちぶさたな修治は、だまってトラックが動くのを待ちました。

トラックは二回ほどエンストしながらも、アジトまでがんばってくれました。
ただ、とまる時にブレーキが効かなくて建物の壁に突っこんでしまい、ボンネット部分がつぶれて火をふいていたのでもう走るのは無理そうでした。
 トラックに向かってわめいているヤマを尻目に、修治はアジトに入ります。ヤマが落ちつくのを待ってから道案内を頼むより、自力で探した方がいいと思ったのです。
 左、右、階段をおりて左、といったところでデノセッドに出くわしました。
「貴様を連れていた奴はどこへいった?」
「ヤマさんです。トラックを壊してさけんでいたので、ここまで一人で帰ってきました」
「あいつか」
 デノセッドは舌打ちしました。
「右右直進、階段おりてドアを開けて、左右、エレベーターで二階上にいって左左、右直進だ。さっさといけ」

今回も、修治は迷うことなく自分の独房にたどりつきました。
ドアを開けると、ゴーストが「わっ」とさけびながら飛び出してきます。
「お帰り。びっくりした?」
「ゴーストだったら、もっと子どもだましじゃないおどろかせ方をしてみたらどうだ」
 修治は、自分の入る鳥かごの中にナップサックを投げ入れました。
「つまんないなあ」
 ゴーストはいじけた声を出したあと、「いや、おどかすためにここにいるわけじゃないんだよ」といいました。
「昨日決まったことなんだけどね、明日から君は、無断での外出は禁止ね」
「はっ?」
冗談ではありません。修治はあからさまに嫌な顔をしてみせます。
「こんなところに閉じこもってろっていうのか?」
「ぼくに文句いってもむだだよ、みんなで相談して決めたんだから」
「何かあったのか?」
「秘密だよ、秘密。君は玉座だけ探していればいいの。また二日以内にあっちの世界にいってもらうからよろしくね」
修治はうなずきました。ここはさっさとゴーストを帰らせて、自由に動ける今日のうちにメアリーと話しておこうと思ったのです。
「そうだ、何か食べ物をくれないか? あっちの世界にいく時、妙に缶づめが少なくて死にそうになったんだ」
「自分で倉庫に取りにいくんだね、そういう約束だったでしょ? もっとも、明日からは持ってきてあげるけどね」
 ゴーストはそういうと、ウインクを一つ残して去っていきました。

「やっと帰ってきたの」
 三日ぶりに会ったメアリーは、何だかとても退屈そうに見えました。
「そりゃあ、こんなところにいて面白いわけもないでしょ。あなたと違ってうろうろできないんだから。私も何か口実つけて出してもらおうかしら」
 久しぶりに話し相手がきてうれしいのか、メアリーはいつも以上に饒舌でした。
「そういえばあなた、玉座を探させられてたわね。その時のこと聞かせなさいよ」
 修治は玉座の世界で会ったことをかいつまんで説明したあと、さっそく気になっていたことを訊ねます。
「ファットチキンさんたちのことは、信用してもいいんですか?」
「分からないわ」
 メアリーは即答しました。
「彼らはたまにこの世界にくるけど、映画に出演したこともないし本当の意味での『自分の住んでいる世界』も持っていないから、今一つつかみどころがないのよね。悪い人には見えないけどよく分からない、それが私の認識よ。あなたも直接会ったことがあるのだから、自分で判断したらどう?」
 確かにその通りかもしれません。
「それと、さっきゴーストから、無断での外出をしないようにいわれたんで、もうこれないかもしれないです」
「ほんと? せっかくの情報源だったのに」
 メアリーは舌打ちします。
「でも、どうして今さらそんなこといいだしたのかしら。ここにきていきなり無断で外出するなっていうのには、わけがあるはずよ」
「今みたいに、メアリーさんたちと情報交換しすぎたせいですかね?」
「連中はそんなこと恐れてないわ。私たちが何を知ろうと、できることは何もないもの」
「でも、ルーシーさんを使って外部に助けを求めましたよね?」
「正直、今となっては後悔してるのよ」
メアリーはうつむいて顔をそらし、いいにくそうに切りだしました。
「ルーシーはどっちの味方でもないし連中のことなんてこれっぽちも恐れてないけど、お馬鹿だから連中のいうことを聞いちゃうのよ。そんな子に頼みごとをしたのは、失敗だったかもしれないわ」
「味方といえば」
 修治はここで、大切なことを思いだしました。
「玉座の世界で俺の友達から聞いたんですけど、エメラルダさんとマサソイトさんたちが捕まってるらしいんです。あと、たぶんタヴァスさんとツボックも」
「タヴァスが?」
メアリーはあっさりと他の仲間を無視しました。
「あなた、もっといろいろかぎ回って私に報告してくれる? 今日中に頼むわ」

修治は、まずルーシーの部屋をたずねることにしました。
ノックをしましたが、返事はありません。
(また自分の世界にこもっているのかもしれない)
 ドアを開けてみましたが、そこにルーシーの姿はありませんでした。鳥かごには大量のつるがからみつき、うねうねと動いています。
(移動させられたのか? 俺がたずねすぎたのがいけないのかもしれない)
とはいえ、あまり自由に捜し回るわけにもいきませんでした。修治はあくまで「世話するのが面倒だから外出していいよ」といわれたのであって、あまりあからさまに連中の腹の中を探るような真似をしたら、間違いなく目をつけられます。
缶づめの倉庫がどこにあるのか忘れたふりをしながら、廊下を歩いていきます。歩いているヘイハチの背中を見つけたので一度引き返した以外は、連中と出くわさずに進んでいくことができました。
 どう歩いてきたのか、歩きだしてからどれくらい経ったのか分からなくなってきたころ(不安になって腕時計を見てみたら、三〇分はさ迷っていました)、ついに目あてのものを見つけました。
 鉄の扉に「L」とチョークで書かれています。そして、扉の周りを二匹の蝶と小鳥が舞っていました。
しめたと思った、その時です。
小鳥が修治の顔目がけて突っこんできました。後ろに倒れてこんで避けます。あやうく失明するところでした。
続いて蝶が飛んできたかと思うと、青いりんぷんをまき散らし始めます。みるみるのどが痛くなって、手と足の先がしびれ始めます。
修治は起きあがって、蝶を手ではねのけました。そのまま転がるように逃げだします。
追ってくる気はないらしく、小鳥たちは扉の前で威嚇するように飛び回っていました。
 修治は別の仲間を探すことにします。
(何で攻撃されなくちゃいけないんだ。あの人なら気まぐれでこれくらいやりそうだけど)
 十字路を左に曲がると、今度はデノセッドが向こうから歩いてくるのが見えました。
 すぐに後ろにさがって曲がり角の影に身を隠しましたが、正面からはち合わせしてばれないわけがありません。
「貴様、何をしている」
 デノセッドはもともとしわだらけの眉間にさらにしわを寄せ、早足でせまってきました。背が高いのもあって、近寄られるとものすごい威圧感を感じます。
「缶づめの倉庫を探しているんです」
「直進右左左二つ下の階、扉を開けて上の階、右右左、エレベーターで最上階、右右左、エレベーターで三つ下の階だ」
 今回も一度で覚えられました。
「缶づめくらい、一度にたくさん持っていけば倉庫にいくのは数日に一度ですむだろう。毎回倉庫へいっていると、何かたくらんでいると思われても仕方ないと思わないか?」
 デノセッドはひとにらみして曲がり角の向こうへ消えていきました。
 修治は次の十字路を右に曲がります。もちろん、直進なんかしません。
 
 次の独房は、それほど苦労せずに見つかりました。
今度は扉に「GABOE」と書かれています。
(ローマ字通りに読むと、ガボエか?)
 修治は、すでにガボエの話を流花から聞いていました。
(ガボエは藤山を連中に売ろうとしたって話だけど)
このまま通りすぎるのもおしいので、何も知らないふりをして会ってみることにします。
 ノックしてドアを開けると、そこにはぼろぼろのフードを羽織った白髪の老婆がいました。鳥かごの中央で死んだようにうずくまっています。
「ガボエさんですか?」
 少し気圧されながら訊ねます。見た目の異様さなら、ルーシーにも負けていません。
「そうさね」
 ガボエが顔をあげました。どんよりとすわっている目がこちらをとらえます。
「あんたは誰さね?」
「俺は、デズモンドランドで遊んでいたらここに連れ去られたんです」
 念のため、名前は出さないでおきます。
「そうか、それはまた気の毒に。まあ、下手なことしなければすぐ帰れるさね。あんたは、この世界のことは知ってるさね?」
「ここの人からいろいろ聞きました。ガボエさんは、どうして捕まっているんですか?」
 取りあえず、彼女がここで捕まっている理由と、彼女が敵なのか味方なのかを突きとめることにしました。
「話すと長くなるさね」
「この世界には、俺以外にデズモンドワールドの住人はいないんですか?」
 何かをいいよどんでいる様子なので、ゆさぶりをかけてみることにしました。
「いるさね、ちょうどあんたくらいの年の、あんたみたいなアジア人の女の子が。知り合いじゃあないのさね?」
 これは流花のことでしょう。
「知らないです、俺は一人で遊んでいたんで」
 一人できたというのは本当です。
「その子は今どこにいるんですか? ガボエさんは会ったことがあるんですか?」
「さあ、何とも……」
 彼女は歯切れ悪くもごもごつぶやきました。
「結局、ガボエさんはどうして捕まっているんですか?」
流花のことを話す気はないのだろうと判断した修治は、質問を一番知りたいことにしぼりました。理由によっては、味方にできる余地があるかもしれません。
「説明すると長いが、簡単にいうと連中に協力するようせまられているさね。あたしは見ての通り魔女だ。デノセッドやルーシーみたいな連中とくらべても遜色ないくらい魔法を使える。その力を連中に利用されそうになっているさね」
ルーシーが魔法を使えるというのが少し意外でした。
「断ったら捕まったってことですか?」
「半分くらいはそうさね。あとは、あたしが連中にとって不都合なことをしないようにってのもある」
「じゃあ、ガボエさんは連中に協力する気はないし、何とかして一矢報いてやりたいって思ってるんですね?」
 修治は、ガボエの表情を注意深く観察しながら訊ねます。
「できることならそうしたいさね」
 ガボエはうつむいたまま、表情を変えることなく答えました。
「魔法で鳥かごを開けるとか、できないんですか?」
「連中もそれくらいは想定しているさね」
 修治はいいことを思いつきました。
「それなら、俺を連中の姿に変えてくれませんか?」
「何する気さね?」
 ガボエは顔をあげ、にごった目を丸くしました。
「俺が連中に変身して、鍵を探してきます。みんなで逃げましょう」
「……逃げる? 逃げてどうする? 連中がいる限りあんたはまた捕まるさね、元の世界に逃げても――」
その時です。
「君って一匹狼タイプに見えるけど、意外と誰とでも打ち解けられるよね」
音もなく、ゴーストが部屋に入ってきました。
「そうでもない。メアリーには逆に『友だちいないだろう』といわれた」
 修治は、おどろいたのを隠そうと冗談めかして答えました。
「君の『友だちがいない』とぼくの『友だちがいない』はだいぶ違うんだけどなあ」
 ゴーストはそういって、修治とガボエの間に割りこみました。
「ガボエさん、何を話してたの?」
「あんたが邪魔するから忘れたさね」
 ガボエは顔をしかめ、しらばっくれました。
「またまたあ」
 ゴーストは鳥かごの周りをゆっくりと回り始めました。
「そうだガボエさん、ルーシーさんの代わりに仕事やってくれないかって話あったでしょ、どうかな、やってくれないかなあ?」
「あたしは年寄りだからね、あんたらの役に立てるような力も体力も残っていないさね」
 ガボエはうるさそうに顔をそむけます。
「またまたあ」
 ゴーストはねちっこい口調でそういったあと、こちらを向きました。
「ところで何で君はここにいるの?」
「缶づめ倉庫を探してたら迷ったんだ、久しぶりだから」
 修治もしらばっくれます。
「君たちってなかなか目を見て話してくれないね。まあいいや、ぼくはね修治君、君を探してたんだ。君にお客さんだよ」
「お客さん?」
 最初に頭の中に思い浮かんだのは、もちろん流花でした。
「藤山が帰ってきたのか?」
「違うよ、ピンクキャットさんって知ってるよね、あっちでお世話になったそうじゃない」
「ピンクキャットさんが?」
「そのおどろく顔を、さっきおどかした時見せてほしかったよ。ぼくはガボエさんと話すことあるから、いっといで。外にヤマさんが待ってるから」
ゴーストの声に応えるように、扉を蹴飛ばす音と「いつまで待たせやがるんだタコが!」という怒号が聞こえました。

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