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【小説】デズモンドランドの秘密㉑

※前回はこちら。

「さっき他の仲間っていってましたけど、ここにはどれくらいの人が住んでいるんですか?」
 二人と一羽は修治の泊まっていた部屋に移動して、向かい合うように座りました。
「さあな。この穴に住んでいるのはおいら、ピンクキャット、ビッグノーズ、マダムオイスター――数えたことはないが五〇匹くらいだと思うよ。この穴はとにかく広いし、ここ以外にも穴はいくつかあるし、全部合わせたら数百匹はいるだろな。知らないし興味もないけど」
 どうでもいい質問には缶づめなしで答えてくれるようです。
「私と佐伯君、どっちかの日にちをずらして一緒に帰る方法はあるんですか?」
「おうおう、できるけどあまり勧めないな。そんなことしたら連中に怒られるよ」
「どうやってやるんですか?」
 修治が訊ねます。
「あんたら手首にリングをつけてるだろ? それがなくても、出入り口にいけば出入りはできるんだ。リングを外せば勝手にもどることはなくなるし、逆に出入り口までいけば好きな時にもどれる。ただ、ここから歩いて半日はかかるし、あんたらじゃ迷うよ。あんたら二人とも、おいらの案内がなかったらここにくることさえできなかっただろ? もちろん、案内したらおいらはあんたらから缶づめをいただくし、そんな勝手なまねしたら連中も怒るし、あんたらにメリットなんてないさ。大人しくリングの力でもどっておいた方がいい」
「じゃあ――」
 流花は前から少し気になっていたことを訊ねました。
「連中は『この世界の玉座に座った者が世界の王になる』っていっていましたけど、具体的にどうなるんですか?」
「おう、デズモンドが王様だった時は地形を作り変えたり建物を一瞬で建てたりしてたな、そういうことができるようになるんだろう。おいらたち、ずっとこの世界に住んでるだろ? 実はたまにデズモンドに会ってたんだ。『もうすぐ君の出る作品の台本が完成するんだ』っていってたけど、死んじまってそれきりさ。ここにいるのはみんな、理由は違えど作品になり損なった奴らばかりさ」
「作品に出たかったんですか?」
「そりゃあそのために生まれてきたからな。ただ、ここにいれば連中の支配もないから悪い気はしないさ。外に遊びにいくこともできるしな」
「出られたんですか?」
 修治が驚いた声を出しました。
「缶づめが貴重っていってたから出られないと思っていました」
「あっちの世界のものはなるべく持ち帰らないようにしてるんだ。ほら、ものの移動ってのは世界観の崩壊につながるし、何よりあっちの世界のものをこっちに持ってくると、あっちの世界のものが少なくなるだろ? ここは作品になれなかった者が住む何の価値もない世界だ。そんな世界より、あっちの世界にあった方がものも価値を発揮できる」
 後ろ向きな内容とは裏腹に、ファットチキンの口調はおどけていました。
「価値がないってのもそれはそれでいい。あっちの世界のキャラクターはイメージってのがあるから下手なことはできない。常にキャラを意識しなくちゃいけないんだ。おいらたちは気軽なもんさ」
「玉座ってのは、座るだけでいいんですか?」
 これは修治の質問です。
「座るだけじゃあだめだ。ところで、デズモンドのキャラクターの中で一番偉いリーダー格、王様にあたるのは誰だか分かるか?」
「トミー・パピー?」
 流花と修治は同時に答えました。
「おう、そうだ。実はあっちの世界にも玉座があってな。そこにトミー・パピーが座って、トミー・パピーが新しい王様を認めないといけないんだ。どうしようもない奴に王様になられても困るからな」
「でも、トミー・パピーは連中に協力しないんじゃないですか?」
 修治がもっともな質問をします。
「おう、だから連中がいろいろ圧力をかけてるだろ。あんたらを誘拐して『玉座を見つけるまで帰さない』とかいいだしたり、逆らう奴らを捕まえたりとかな。つまりあんたらは人質なんだよ、トミー・パピーにいうことを聞かせるための。トミー・パピーとしては連中も元は仲間だから、すべてが丸くおさまるようにしたいらしい。あいつは優しすぎるんだよな。トミー・パピーがいつ圧力に屈するかってのが問題だ」

「藤山はどう思う?」
 ファットチキンが帰ったあと、二人はひそひそ相談しました。
「どう思うって?」
「ファットチキンさんのことだ」
「信用できないってこと?」
「そこまではいってないけど、少し妙に思ったんだ。こんな何もない場所で暮らしているのに、連中のこととか、世界のことにくわしすぎる気がするんだ」
「どこでその情報を知ったのか分からないのが怪しいってこと?」
 確かに、彼はいろいろなことを知りすぎているかもしれません。
「でも、それを私たちに教えてくれるっていうのは善意だと思うよ」
「そうなんだよな……」
 修治は流花から顔をそむけ、頭をかきます。
「それを知りたいけど、あっちに悪意があった場合あまり突っこむのも危ないしな」
 
 流花の持っていた時計が一一時をすぎたころ、修治が突然消えてしまいました。
 二人で並んで壁に寄りかかってぎこちなく話し続け、さすがに会話がとぎれてきた時のことでした。風を切るような音がして修治が半透明になったかと思った途端、そこからいなくなったのです。突然だったので、お別れの言葉をいいそびれてしまいました。
 それでも流花と修治は、これからすべきことを相談し終えていました。
「正直、ファットチキンさんたちを信用しきるのは危険だと思うんだ。俺は先にあっちの世界にもどって、メアリーさんたちにファットチキンさんたちのことを信用していいのか訊いてみる。次に会えるのがあっちの世界か、こっちの玉座の世界なのかは分からないけど、その時にファットチキンさんたちを信用していいのかどうか教えるよ」
 あっちの世界にもどった修治が玉座の世界の住人の情報を訊くまでは、ファットチキンたちを刺激しないようにする。
 それが、流花と修治の作戦でした。
 流花は、ファットチキンのことを信じていました。修治に引き合わせてくれた張本人だし、眠るところを与えてくれて、簡単な質問ならただで答えてくれます。でも、本当にこっちのことを思っているのなら、生命線の缶づめを没収なんてしないはずです。
(信じてるけど、心から信用するかどうかは佐伯君と再開する時まで保留しておこう)
 流花は玉座を探しにいくでもなく、時々穴ぐらの住人と話したりしながら時間をつぶしました。マダムオイスター(開いているカキの殻に入っていて、中身が顔になっているおばさんでした)やビッグノーズ(鼻がやたらと大きくて、丸っこくデフォルメされた茶色いブタでした)たちとも会ってそれとなく質問してみましたが、肝心なことは缶づめがないと教えてくれないようでした。
流花は残りの二日間、ファットチキンたちから情報を引き出すことに専念することにしました。肝心なことは缶づめがないと教えてくれないものの、みんなやたらと物知りで、どうでもいいことならどんどん話してくれました。

「食事なんかしてる場合じゃないわよ」
 夜に(ここは時間の流れが分かりませんが、玉座の世界は今ごろ夜になっているはずです)流花が缶づめを食べていると、ピンクキャットがかけこんできました。
「あなたのお仲間が、ピンチになってるわよ」
「……え?」
 塩からい小魚をあわてて飲みこみました。
「佐伯君が? どうして――」
 どうしてあっちの世界のことが分かるのか、修治が今どうなっているのか、訊きたいことは山ほどありました。
「ちょっとおしいけど缶づめはいいわ。私についてきて」

 ピンクキャットは、穴の中をぐんぐん下へ進んでいきます。
「ずいぶんおりましたけど、どこにいくんですか?」
 修治のピンチと、この穴ぐらの奥深くへいくことの関連性が見えてきませんでした。
「玉座のところよ」
「玉座?」
 信じられなくて、思わず訊き返してしまいました。
「玉座はここの地下にあるの。デズモンドが死んでから、私たちは玉座をひまつぶしに使ってたのよ」
「ひまつぶし?」
「玉座はトミー・パピーの力がないと機能しないけど、彼がいなくても『監視カメラ』としては使うことができるの。座っていればあっちの世界のが手に取るように分かるわ。それを使ってあっちの世界を見てたってわけ」
 ファットチキンたちがやたらとあっちの世界にくわしい理由が、ようやく分かりました。
「佐伯君は今どうなってるんですか?」
「見てもらえば分かるわよ」
 目の前に部屋が現れました。今までの穴ぐらと同じでしたが、床にはデッサンが散乱し、壁や天上にインクの染みや絵の具が飛んでいます。黒い木製の机といすがおかれているのが目を引きました。
 いすにはファットチキンが座っていました。周りには、マダムオイスターやビッグノーズが群がっています。
「おうおうきたか、さっさとここに座るんだ」
 ファットチキンが走ってきて流花の背中を押し、いすに座らせます。
「これが、玉座?」
 背もたれすらないそのイスは、「玉座」というよりは単なる「腰かけ」という感じでした。
「あんたが捕まってた建物のことを思いだすんだ」
 ファットチキンがいいました。
「思いだす?」
「おう、頭の中にイメージを思い浮かべろってことだ、さあ早く」
 よく分かりませんが、いわれるままに連中のアジトのことを思いだしました。
 工場のようなあの外観を頭に思い浮かべた時、目の前に透明なスクリーンか何かがあるかのように、工場を俯瞰で見た図が浮かびあがりました。
「わっ、すごい」
「浮かれている場合じゃないぞ、工場の中に入っていくイメージをしろ。そして、あの少年の顔も思い浮かべるんだ」
いわれた通りに頭の中で想像してみます。目の前の映像の高度がさがり、工場が目前にせまってきました。さびた鉄の壁を貫通し、薄暗い内部に侵入していきます。
「これは、あっちの世界をリアルタイムで見られるんですか?」
「そうだ、あの少年を捜せ。顔をイメージすればすぐ見つかる」
 修治の顔を思い浮かべると、一気に映像が修治の頭上に移動しました。
 彼は巨大な茂みのようなものを追いかけて小走りで移動しています。近くにメアリーとマサソイトがいます。
 どうやら、連中のアジトの中のようです。
「マサソイトさん、無事だったんだ!」
「連中のところに捕まっている状態を無事といえるなら、無事なんだろうな」
 ファットチキンは皮肉っぽくいいました。
「これは、どういう状況なんですか?」
「おう、説明してやろう。初めにいっとくけど、あんたは仲間たちに何もしてやれないからな」


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