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【小説】デズモンドランドの秘密㉗

※前回はこちら。

 ツボックに乗った修治とタヴァスとメアリー、そしてマサソイトはルーシーの小鳥を追いかけながら逃げ続けます。
「そういやお前さん、お嬢さんの彼氏さんだったな、お嬢さんはご無事かい、ゴーストの奴に助けられた時に聞いたんだけど、まだ玉座の世界にいるんだろう?」
 タヴァスが陽気に訊ねてきました。
「元気そうだったけど、心配です。あと二日でこっちの世界にもどされるんですけど、その時迎えにいけませんか?」
「助けにいったら間違いなく連中とはち合わせするわね」
「まあな、俺だって捕まりたくないから無理はしたくないけど、このまま人質にされるのもつまらないな。その時間ぴったりにツボックでそこに飛んでいって、お嬢さんをかっさらってさっさと逃げられればいいんだが」
「他の奴らに協力はさせないのか」
 マサソイトが口をはさみました。
「味方に連絡を取って、あの小娘を保護するように頼むのはどうだろうか」
「味方ねえ」
 タヴァスは首をひねります。
「あそこまでいって帰ってこれるような奴っていうと、うちのツボックくらいしか俺は思いつかないね。とにかく、デズモンドワールドの住人を見捨てることはしないから安心してくれよ。ここの住人と違って放っておいたら死んじまうからな」
「それにしても、連中が追ってこないわね」
「ヤマとヘイハチはトミー・パピーを捕まえにいってるみたいです」
 ここで修治は、大事なことを思いだしました。
「そうだ、藤山も大切なんですけど、トミー・パピーを保護しないと。もしトミー・パピーが捕まったら玉座を機能させる準備が整って、藤山が死ぬまで玉座の世界から出してもらえなくなります」
「味方が少なすぎるな」
 舌打ちするタヴァスに、マサソイトがいいました。
「デノセッドが追いかけてこないということは、ユーリやゴーストたちがそれなりに暴れてくれているのだろう。だが、本当に我々が逃げてしまう危険があるのなら、何らかの対策を打つはずだ。それがないということは、デノセッドは我々がここを出られないと思っているのかもしれない」
「例えば道に迷うからってこと? ルーシーの小鳥がいるから問題ないわ。あの子を信用できるかどうかは別として」
「まだある。貴様も知っているだろう、ここの出入り口の門は連中が動かしている。つまり、勝手に出入りはできないのだ」
「門を動かしている場所がどこだか知らないけど、そこにいって門を開けなくちゃいけないってこと?」
「そうだ。だが、その場所が分からない。ルーシーの小鳥がどこに向かっているのか知らないが、もし直接門に向かっているのなら、門を動かしている場所を知るすべがない」

「最初から期待なんかしてなかったわよ」
 かたく閉じられた門の前で、メアリーははき捨てるようにいいました。
「さあて、ここからどうやってここの門を動かしているとこまでいくかだ」
 タヴァスも横で腕を組みます。
 小鳥は閉ざされた門の前で地面におりたち、くちばしで羽を掃除していました。
 どうにかしてここを開けないと、逃げられません。
「片づけてきた」
 ここでマサソイトがもどってきました。
 実は、本物のヒッチコックが門の前で待ち伏せしていたのです。
 ですがマサソイトにはかなうはずもなく、えり首をつかまれてどこかに連れていかれました。
「どうしたんだ?」
「近くの倉庫に放りこんで、ドアをふさいでおいた。自力では出られないはずだ」
「そうだ、ヒッチコックにいってここを開けさせられないかしら?」
「一応訊いたが断られた」
 ここでマサソイトは、ちらりと修治に目をやりました。
「ここがデズモンドワールなら、おどせば開けてくれたのかもしれないな。誰でも命はおしいだろう」
すずしい顔をして恐ろしいことをいう人です。
「他に何か話しましたか?」
「『門の制御室に武装しているヘイハチがいるから、もし制御室までたどりついてもお前たちは決して門を開けることはできないのです』といっていた」
「ヘイハチってトミー・パピーを捕まえにいったんじゃなかったんですか?」
 なぜか、デノセッドの話と食い違っているようです。
「いずれにしても絶望的だわ。連中が、この門を動かすための部屋にまで待ちかまえているなんて」
「ここで待っても、いつかデノセッドがきちまうぞ。一か八か制御室を探して乗りこむか、他の出口を探すしかないんじゃないか」
 タヴァスがそういった時、ツボックがくちばしを天井に向けて、甲高い声で鳴きました。
「どうした――うわっ」
 地響きがしたかと思うと、目の前で信じられないことが起こりました。
「どういうことだ、門が開いているぞ」
 マサソイトのいう通り、鉄の門がシャッターのように上へあがり、赤黒い空と荒れ果てた大地が姿を現していました。
「罠かなのか?」
「罠なんてはる必要ないだろ、放っておいても俺たちは出られないんだから」
「ええ、大丈夫なの?」
迷っている三人に、修治はいいました。
「いきましょう、ここにいても捕まるのは時間の問題です」
「よくいった」
 タヴァスはうなずきました。
「それでこそ男ってもんだ、お坊ちゃん」
 
一同は連中のアジトの外へ出ました。
赤い空には黒い雲がうずをまいていて、乾いた土には枯れ果てた木が数本立っているだけでした。
マサソイトが空をあおぎます。
「俺は飛ぶことができない。貴様らは小僧を連れて先へいけ」
「何だって?」
「あなたは大丈夫なの?」
 タヴァスとメアリーが、信じられないという顔をして訊ねました。
「貴様らが俺に合わせていて捕まったり、トミー・パピーが手遅れになる方が問題だ。俺は自力で逃げられる。さっさと逃げてトミー・パピーのところまでいけ」
 そういうと、マサソイトはツボックをぽんとたたきました。
「トミー・パピーが奴らに渡ったら、俺も貴様らもまとめていなかったことになるからな」
 
 ネズミ二匹とデズモンドワールドの住人一人を乗せたツボックは、荒野の上を静かに飛んでいきます。
「おいお坊ちゃん、後ろ見といてくれ、誰か追ってきてるか?」
「いや、誰も。マサソイトさんも見えなくなりました」
「そうか」
 後ろには、赤黒い雲とももやともつかないものがうずまいているだけでした。はるか前方には、今にも沈みそうな太陽と、照らされて赤くなった樹海が広がっています。
「この時間だと、トミー・パピーはどこにいるかしらね」
「ここが日没ってことは、時間としてはイギリスのデズモンドランドでオープンパレードに参加しているな――いや、そっちはもう出番が終わっているか。日本のナイトパレードで捕まえよう」
「デズモンドワールドにいくってこと?」
「連中はさっきトミー・パピーを捕まえに出発したんだろ? この時間だと、イギリスでのパレードを終えて日本で出番のために待機しているころだ。連中がどこでトミー・パピーを待ち伏せているかは分からないが、俺たちは日本のデズモンドランドで捕まえよう」

やがて、樹海の中にぽつんと開けた空間が現れました。テントとやぐらがいくつか建っているだけの、小さな集落です。
「あれが『メタコメット』の舞台だな、着陸を許可する」
ツボックは高度をさげ、集落の真ん中におりたちます。
流花の話の通り、集落にはテントがぽつぽつと建っていて、その周りには収穫した野菜や解体しかけの動物が転がっていました。
「ここの出入り口は一番奥のテントだっけか」
 タヴァスはツボックの頭に乗って辺りを見回します。
「たぶんあれだな」
「私たちの世界でもそうだけど――たぶん連中のカメラがしかけられてるでしょうね」
「そうだな、でもここしかない」
テントの前までくると、垂れ幕が独りでにあがりました。テントの中に、薄暗い石畳の廊下が見えます。
垂れ幕の影にカメラがついていました。今、連中はこの光景を見ているのでしょうか。
タヴァスはカメラに向かって舌を突き出したあといいました。
「さあ、いってこいお坊ちゃん」
「タヴァスさんたちはいかないんですか?」
「トミー・パピーみたいな着ぐるみっぽいキャラクターならいいが、俺たちみたいな小さいキャラクターは見つかった時いいわけできない。ツボックならかろうじて着ぐるみだといいはれそうだが、見た目によらず小心者だから、何かあってパニックになられても困るからな」
「分かりました」
 修治はタヴァスたちの方を向いて一礼しました。
「必ず、トミー・パピーに知らせてきます」

修治はアメリカのデズモンドランドの隠しレストランを経由して、日本の隠しレストランに移動しました。厨房や個室の扉の向こうから人の気配はしたものの、幸い誰にも会わずにすみました。
レストランの戸を開けると、懐かしい空気を感じました。日本に帰ってきたのです。すっかり日は沈んでいます。
目の前を家族連れが笑いながら歩いていきます、一瞬にして現実に引きもどされた気持ちになりました。
 腕時計は六時五五分を差していました。あと五分でパレードが始まってしまいます。早くいって、トミー・パピーを見つけなくてはいけません。
(パレードってどこでやるんだ?)
 その時、おどけた動作でひょこひょこ歩いているデニスとクリスを見つけました。二人とも人間と同じ大きさです。つまり、中に人間が入っている着ぐるみということです。
「パレードってどこでやるんですか?」
偽者のデニスとクリスは、おどけた動作で向こうに見える大通りの方を指差しました。
 修治は大通りへ走ります。
 大通りの手前まできた時、また見覚えのあるキャラクターを発見しました。
『黒い塔のカナリア』のシンとイーリンです。丁寧に作られた服や優雅な立ちふるまいを見る限り、外国人のキャストが演じている偽者ではなくて、本人のようです。
子どもたちに囲まれて笑顔を振りまいていた二人は、こちらに気がついて怪訝な表情をしたあと、顔を見合わせました。
(そうか、この格好は味方に誤解されるかもしれない)
 修治は、今の自分が子どもの姿ではないことを思いだしました。
(そもそもこのままじゃ目立ちすぎる)
 ヒッチコックはアメリカの警官の姿をしていて身長が二メートル近くある代わりに、体は針金のようにがりがりです。五〇キロもないかもしれません。アニメなら問題ありませんが、そんな人間がこの世界にいたら目立って当然です。
 何より、この格好でいると間違いなくトミー・パピーに警戒されます。
(元の格好にもどれないのか)
 修治は、公衆トイレ(古びた馬小屋のような外見をしていて、園内の風景にマッチしていました)の個室に入って、「もどれ」と強く念じてみました。
 一瞬浮遊感を感じたかとおもうと、みるみるうちに手足がちぢんでいきました。鮮やかな青色だった警察の制服も、地味な灰色のパーカーになっています。
(よし、急がないと)
 修治は、手洗い場の鏡で自分の姿を確認してからまた走りだしました。
 大通りではすでにパレードが始まっていました。豪華な電飾に身を包んだパレードカーが次々と流れていきます。
(トミー・パピーはどこだ?)
 大通りはものすごい人だかりで、パレードカーの上の部分しか見えません。
(トミー・パピーなら大きなパレードカーの一番上に乗ってるはずだから、ここからでも見えるか。問題は、どうやってトミー・パピーに知らせるかだ)
 修治は、ポケットからゴーストからもらった実を出しました。
(これを食べればものすごい身体能力を発揮できると聞いたたけど――)
 これを食べて、人垣をかき分けて一気にパレードカーによじ登り、トミー・パピーに近づくのが一番かもしれません。知らせたら、そのまま効果がきれる前に逃げてしまえばいいのです。
 目の前の崖の形をしたパレードカーの上では、等身大のメアリーとタヴァスが踊っていました。
(トミー・パピーはまだなのか?)
 次に、黒い塔の形をしたパレードカーが現れました。
 しかし、そこには誰もいません。
 その時、美しい着物を着た男女が頭上を飛び越えて、パレードカーの上に着地しました。
 さっきまで子どもと楽しそうに接していたシンとイーリンです。
(間違いない、彼らは本物だ)
 人混みをジャンプで飛び越えてパレードカーに着地するなんて芸当、デズモンドワールドの住人ができるはずがありません。
 でも、修治にとって重要なのはシンたちではありません。ねらいはトミー・パピーです。
「パレードの中に乱入してトミー・パピーを連れ出すつもりかな?」
「それは感心できないな。パレードを台なしにするなんてね」
 ポケットの中から声が聞こえました。
「えっ?」
 いつの間にか、中に本物のデニスとクリスが入っていました。
「君を飛び越える時、シンたちが入れていったのさ」
「君を見つけてね」
「どういうことだ?」
「君はね、トミー・パピーを馬鹿にしすぎだよ」
「トミー・パピーにはお見通しさ」
「トミー・パピーは連中のことも仲間だと思ってる」
「でも仲間だからって完全に信用できるわけじゃない」
「トミー・パピーがデズモンドワールドで仕事をしてる時に緊急事態が起こっても大丈夫なように、ぼくたちはトミー・パピーの伝令役をしてるんだ」
「ぼくたちは仲間の服の中に隠れて、いつものように、異常がないか辺りをうかがってたんだ」
「今日はシンの服の中にいたんだ。そしたらヒッチコックが園内にいたから、無線で周りのみんなに知らせた」
「そしたらびっくり、しばらくしてトミー・パピー本人から『それは偽者で正体は修治君だよ』って返事がきたんだ」
「トミー・パピーが知らないことはないんだよ」
「パレードに乱入なんて許さないよ。ここは夢の国、パレードの失敗なんてありえないからね」
「さあ、要件を話してごらん」
「パレードが終わったら、ぼくたちがトミー・パピーに取り次いであげよう」
「急ぎなんだ」
 修治は小声でいいました。
「玉座が見つかった。藤山もそこにいる。玉座を動かすために連中がトミー・パピーを捕まえようとしてるんだ」
「えっ」
 二匹の顔からおどけた表情が消えました。お互いに顔を見合せます。
「冗談でしょ?」
「ありえない」
「こんなくだらないうそつかない。頼む」
 二匹は、顔をすり合わせるようにしてしばらくごにょごにょ相談していました。
 やがて同時に顔をあげます。
「分かった、パレードが終わりしだい知らせるよ」
「あのトミー・パピーがそんな大変なこと知らないわけないと思うけどね」
「万が一知らなかった時のために、一応伝えてあげるよ。一大事だしね」
「まあ、あのトミー・パピーを捕まえられる人なんているわけないけどね」
 パレードの列で剣の舞を披露していたシンとイーリンが、また観客を飛び越え、パレードの列から脱出しました。
 デニスとクリスも、ポケットから飛び出て修治の頭に乗ります。
 シンとイーリンは空中で一回転しながら、手を伸ばして頭の上のデニスとクリスをつかんでいきました。細い通りを走っていって、建物のかげに消えます。
 目の前ではスインガとベラニ、カカを乗せたパレードカーがゆっくりと進んでいましたが、遠目なので、本物なのかどうか分かりませんでした。
 やがて、観客の歓声がひときわ大きくなったかと思うと、園内にあるお城を模したパレードカーに乗ってトミー・パピーが姿を現しました。笑顔で踊りながら、時おり観客に手を振っています。
(このトミー・パピーは本物だ)
 修治はすぐに気がつきました。こんな時なのに、パレードを見て気持ちがうきうきしてきたからです。
 デズモンドランドがどうして他の遊園地と別格あつかいされるのか。それは、キャラクターたちが本当に実在する、別世界の住人だからだと今さらながら気がつきました。
 特にトミー・パピーは、姿を見つけただけで楽しい気分にさせられました。
(だけど今はそれどころじゃない。トミー・パピーを見失わないようにしないと)
 修治は、トミー・パピーのパレードカーを追いかけようとしました。
 ですが、人が多くて思うように進むことができません。
 パレードが終わって解散していく人混みの中をかき分けるようにして進んでいきますが、どんどん離されていきます。
 パレードカーは、ゆるやかな左カーブの向こうに消えていきました。
(だめか……)
 その時です。
「みんな、今日は遊びにきてくれてありがとう。迷子のお知らせだよ」
 スピーカーから、トミー・パピーの声が聞こえてきました。
 デズモンドランドは、迷子の放送にも細心の注意を払っています。
 本来、夢の国であるデズモンドランドに、迷子なんてよくない出来事があってはいけません。そこで、デズモンドランドでは迷子になるとキャラクターの誰かがお知らせの放送をしてくれて、迷子を保護した場合は保護者がくるまで一緒にいてくれるというサービスがあるのです。修治は昔から「映画の声優がここにいるわけでもないのに、どうやって放送しているのだろう」と思っていましたが、謎が解けました。全員本人だったのです。
「東京都からお越しの佐伯修治君、佐伯修治君、トミー・パピーハウスまできてくれるかな? じゃあ、待ってるよ、うふふ」

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