【小説】デズモンドランドの秘密㉘
トミー・パピーハウスは、トミー・パピーの家を訪問するというコンセプトのアトラクションです。三階建ての木造で、外観も内部もカラフルなデザインをしています。本棚に映画の原作の本が並んでいたり、テーブルクロスの模様がよく見るとトミー・パピーのシルエットだったり、ドラム式洗濯機の中で彼がパレードで着ていた海賊風の帽子やジャケットが回っていたり、そういった小ネタを探すのがだいご味のスポットです。
トミー・パピーは、リビングで小さい子と握手したり、抱きしめたりしていました。こちらに気づくと、おどるように近づいてきました。
そして、「トミー・パピーのしょさい ※みんなははいらないでね!※」と書かれた部屋を指差します。
修治はうなずいて部屋に入ります。あとからついてきたトミー・パピーが扉を閉めました。
書斎も、他の部屋と代わりない色とりどりの漫画っぽい作りでした。ピンク色の机がおかれ、黄緑色の本棚が並んでいます。床は黄色で壁は水色、天井はオレンジ色でした。
「うふふ、ぼくはトミー・パピー。久しぶりだね」
トミー・パピーは右手を差し出しました。
「どうも」
修治は握手に応じます。
「君、最近きてくれないねえ。やっぱりいそがしいのかな、大人になってくると」
「えっ」
「小さいころは年に二回くらいはきてくれたのにね。あ、でもこの前下見にきてくれたよね? デートの」
トミー・パピーは両手で口を押さえて「うふふ」と笑いました。
「おっと、むだなお話をしているひまなんてなかったよね。君のお話はデニスとクリスから聞いたよ。教えてくれてありがとう。さあ、みんなを助けにいこう!」
トミー・パピーはそういってテーブルをひっくり返しました。テーブルが床ごとぐるりと半回転して、下からエレベーターの入口のようなものが現れます。
トミー・パピーがぱちんと指を鳴らすとひとりでにドアが開きます。
「さあ、いこう!」
エレベーターは木造で、全面赤紫色のペンキが塗られていました。ボタンだけ黄緑色のガラスでできています。
「レストラン」と書かれたボタンを押すと、大きくゆれて下降を始めました。
トミー・パピーは提げていたポシェットからピンク色をした電話の受話器を取り出します。コードの先はポシェットの中に入ったままです。
「やあ、クリスかい――デニスだね、もちろん分かってたよ。……うん、というわけでぼく出れないから、着ぐるみに代わってもらって――うん、お願い、うんうん、じゃ、よろしくね」
トミー・パピーは受話器をポシェットに押しこみました。
「デズモンドランドは世界中にあるからね、さすがにぼく一人で全部のパレードやイベントには出られないんだ。だから、時には着ぐるみに仕事を代わってもらうこともあるんだ――これ内緒だよ」
「むしろ、本物がいるっていう方を内緒にすべきなんじゃないですか」
「うふふ、そうかもね」
エレベーターが大きくゆれてとまりました。
そこは赤いカーペットがしきつめられたうす暗い廊下でした。壁はつやのある黒い石でできています。
「この廊下をずうっといくとレストランの入り口につながっているんだ――やあ、スインガにベラニ。カカもいるね」
廊下の向こうに、二頭のライオンの影が見えました。
「そんなに優雅に歩いている場合じゃないわよ」
「急いでくれ、我々も連中ににらまれたくない」
スインガとベラニがトミー・パピーをたしなめました。
「パレードのあと、スインガたちにここを下見してもらったんだ。連中はいたかな?」
「はい、いました、いました!」
カカが甲高い声で答えました。
「私がこっそり飛んで確認してまいりました! アメリカのレストランに通じる扉の両わきに、ヤマとヘイハチが立っていました!」
さっき修治が通った時には誰もいませんでした。どこかでニアミスしていたのでしょう、危ないところでした。
「なるほど、日本のレストランからアメリカのレストランへ移動するための道をふさいでいるんだね? ということは、他の国のレストランからなら見つからずに帰れるってわけだ。これから香港のデズモンドランドにでもいこうかな」
「馬鹿なことをいってないで真面目な解決策を考えなさい」
ベラニにまたしかられてしまします。
「私の意見ですが!」
カカが口をはさみました。
「あちらの世界に帰らないというのはどうでしょうか! トミー・パピーを捕まえられなければ連中の計画は頓挫します! いっそのことしばらく行方をくらますことをお勧めします!」
「それはだめだよ」
トミー・パピーは首を横にふりました。
「この男の子のお友だちが人質に取られてるんだ。放っておいたら、お腹が空きすぎて死んじゃうよ。ぼくはその子を助けて、君たちと連中を仲直りさせなくちゃいけない。だからこそ、別の国のレストランから入ったらどうかなって思ったんだ。飛行機でびゅーんと別の国のデズモンドランドに飛んでいけば――」
「それでも、アメリカのレストランは絶対に経由しないといけない。香港のレストランを経由してあざむけるほど連中は間抜けではない」
「確かにあなたは有名人だけど、あなたを乗せてくれる飛行機はないと思うわ」
スインガとベラニは反論しました。
「トミー・パピー、私はお前ならすべてをいいようにしてくれると信じている。そんな面倒なことをしなくても私たちがおとりになればいい」
「そうそう、ヤマとヘイハチ程度なら、しばらくとめておけるわ。その隙にあなたはその子を連れていきなさい。もちろん私たちは捕まるだろうから、あとできっちり助けてよ。私たちだって、そこまでお人よしじゃないから」
「そりゃ、捕まったら助けるけど――しょうがないねえ」
トミー・パピーが肩をすくめます。
「なるべくなら捕まらないようにしてよ、後味悪いしね」
修治、トミー・パピー、スインガ、ベラニ、カカは静かに廊下を進んでいきます。
「先ほども申しあげたように、連中はこことアメリカのレストランをつなぐ扉の前にいます! スインガ様とベラニ様が飛びかかっている間に通ってください!」
「できたら、話し合って穏便に解決したいね」
トミー・パピーはのん気な口調でいいました。スインガとベラニは顔を見合わせます。
「絶対に捕まらないから、少し話す時間をくれるかな? ねえ、いいでしょ?」
「絶対に、だな」
スインガが念を押すようにいいました。
「いいけど、もしあなたに何かあったらすぐ飛び出すからそのつもりでいてよ」
ベラニも観念したようです。
「結局、あなたはどこまでもスインガ様とベラニ様に負担をかけるのですね!」
カカが少し非難がましくいいました。
「この先にヘイハチとヤマがいます!」
カカが小声でいいました。
一同は、アメリカの隠しレストランに続く扉の前の、曲がり角のかげに隠れていました。
「修治君はここで待ってて。ちょっと挨拶してくる」
トミー・パピーは一人で扉に近づきました。
一同はそっと様子を見守ります。扉の前には誰もいません。
「変だね、何の気配もないよ」
トミー・パピーは独り言のようにいって、そのまま扉のノブをにぎります。
「扉から音がします! さがってください!」
何かに気づいたカカがさけびました。
扉が勢いよく開いて、銃のようなものを構えたヘイハチとヤマが姿を現します。
ヘイハチがトミー・パピーに向けて銃を撃ちました。銃口から丸まった網のようなものが飛び出します。
「危ない!」
修治がさけぶより先に、スインガがトミー・パピーの前に飛び出しました。
スインガの体に黒い網が絡まり、横倒しになります。
「うわ、大丈夫? 何かこう、ぐるんって一回転して背中から落ちてたよ――」
「いいからいけ!」
危機感のないトミー・パピーに、スインガが怒鳴りました。
トミー・パピーはうなずくと、ポシェットから大きなつぎはぎだらけの傘を出しました。まるで強風にまきあげられるように、トミー・パピーの体が浮きあがります。ついさっきまでいたところに、また網のかたまりが一発放たれました。
トミー・パピーは修治の横にどすんと着地します。
「何だか話が通じる雰囲気じゃないみたいだ。逃げるからぼくにつかまって」
修治はだまってトミー・パピーに負ぶわれます。
「ベラニ、旦那さん捕まっちゃったけど大丈夫?」
「あなたがぼけっとしてるからでしょ! さっさといきなさい!」
ベラニも怒鳴って、ヘイハチの方に向かいました。
「さてと、みんなが気を引いてくれてるすきに急がないとね」
トミー・パピーの体が一気にまいあがりました。
眼下でベラニとヘイハチが格闘しているのが見えます。ベラニはどうやら口に銃をくわえているようです。武器を取られたヤマは右往左往しています。
トミー・パピーは急降下して扉をくぐりました。もうここから先は、アメリカのデズモンドランドのレストランです。
ふり返ると、カカが体で扉を押して閉めていました。
「残念だなあ、せめて話し合いだけでもできたらよかったのに」
傘にぶらさがったままトミー・パピーはつぶやきました。
修治とトミー・パピーは、アメリカのレストランからメタコメットの集落に移動します。タヴァスたちの姿はありません。どこにいったのでしょうか。
トミー・パピーは傘をたたみ、ポシェットに入れました。
「これからどうするんですか?」
トミー・パピーの背中からおりて訊ねます。
「君のお友だちを助けなくちゃいけないし、連中がこの世界を乱すことを考えているなら、それをとめなくちゃいけない。そして、連中と仲直りしなくちゃね」
トミー・パピーはすずしい顔で難しいことをいいました。
「いい考えがあるんだ、君のお友だちを助けられて、連中とも仲直りできる考えがね。ただ、それには修治君には安全なところに避難してもらわないといけないんだ」
「そんなことができるんですか? 安全なところって――」
「しっ!」
トミー・パピーは修治の口をおさえて辺りを見回しました。
「誰かの気配がする」
口を押さえていた手を、近くのテントに向けます。
確かに、テントの生地がもぞもぞと動いていました。誰かが中にいて、調べているのかもしれません。
「おーい!」
トミー・パピーはテントに向かって呼びかけました。
「何で俺をだまらせておいて呼ぶんですか!」
「うふふ、怒りんぼさんは嫌いだよ」
テントの中のもぞもぞが収まったかと思うと、
「トミー・パピー、どうしてこんなところにいるの?」
メタコメットが姿を現しました。手には大きな袋のようなものを抱えています。
「それと君は、誰?」
「藤山の友だちだ」
悪気はないのですが、少しぶっきらぼうな感じになってしまいました。
「ああ、君がね。ふうん――」
メタコメットも感づいたようで、少し意味深げに眉を動かしてみせます。
「ぼくはメタコメット、ここの集落の主人公だ。前に流花と会った話は――」
「藤山から聞いた」
「流花は元気?」
「玉座の世界にいる」
メタコメットは目を丸くしました。
「まさか、連中に人質にされてるんじゃないだろうね?」
「うふふ、そうだね。人質にされてるけど大丈夫さ」
トミー・パピーはほほえみました。
「あっちの世界にいる方がいいんだよ、連中が手出しできないしね。むしろ、連中にねらわれやすいっていう意味では、修治君の方が危険なんだ」
トミー・パピーがメタコメットの肩をたたきました。
「メタコメット君がくる前に話してたんだけどね、修治君にはちょっと安全なところに避難してもらいたいなと思ってるんだ」
「すごく面倒なことを押しつけようとしてる気がする」
メタコメットは警戒した目でトミー・パピーを見あげます。
「それは否定できないけど頼まれてよ。最初はスインガたちに頼めるかと思ったんだけど、ちょっと無理なことになってね。修治を玉座の世界まで連れていってくれないかな」
「ぼくがやらないと捕まっちゃうんでしょ、何とかするよ。流花の友だちを無下に扱うわけにいかないしね」
「そうこなくっちゃ。いいかい、とにかく君は玉座の世界を目指すんだ。そこに引きこもってれば、その間にぼくが何とかするから。もし無理なら、安全なところに隠れてくれてるだけでもいい。メタコメット君なら簡単でしょ? 勝手に集落を抜け出して、今まで完全に行方をくらましてたくらいなんだから。全部、デニスとクリスづてに聞いてるし、いつどこで隠れてたかも知ってるよ」
「いいじゃないか、見逃してよ」
メタコメットがたじろぎます。
「ちゃんと修治君を守りきったらパパにはだまっておいてあげるよ。じゃあ、ぼくは連中をとめるためにいってくるからね」
トミー・パピーは、そういい残すと傘をさしました。風に飛ばされるように地上ぎりぎりを飛んでいき、森の木々の向こうに消えていきます。
「……本当に取り残されたよ」
メタコメットはそうつぶやくと、袋の中から木の実を出して、投げてよこしました。
「食べなよ、しばらく疲れなくなって、身体能力もあがるから」
袋の中からもう一つ実を取り出して片手で割ると、口に放りこみました。
「急いでるんでしょ? さっさといくよ。あと、一体何があったのか教えてよ」
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